(6)父と母と息子と娘
王位継承の宣誓の儀式が終わったからといって、国王となったトワのその日の仕事が終わったというわけではない。
むしろここからが本番だといってもいいだろう。
なにしろ、各国から招いている要人たちとの会議やそのあとのパーティが待っている。
そもそも他国から来ている者たちにとっては、宣誓の儀式そのものも重要だが、新しい国王となったトワとの話の方が大切なのである。
この時ばかりは、ラゼクアマミヤと仲の良い国家もそうでない国家も同じ目的を持っている。
即ち、新しく国のトップに立つことになったトワが、どういった人物であるのか直接見聞きするということだ。
会談に関しては、時間に限りがあるため主要な国家としか話すことが出来ない。
そのため、会談の予定から漏れた国の関係者は、どうにかしてトワと直接会話をしようとパーティでの接触を試みようとする。
勿論、そんなことは周囲の者たちが容易に許すはずもなく、どうにか一言二言でも会話が出来れば上出来、といった状態になっていた。
これもまた、新しくラゼクアマミヤの国王の座に着いたトワが、色んな意味で注目されているという証左なのである。
当然といえば当然だが、考助は儀式が終わった所で管理層へと引き上げた。
もし考助がパーティに出席しようものなら、間違いなく大騒ぎになっていただろう。
その分、トワやフローリアと親しい者たちは、もしかして、という前置き付きで探りを入れたりしていた。
もっともトワにしてもフローリアにしても、考助の事は隠す必要がないため聞かれた場合は素直に答えていた。
ただし、儀式に出席していた考助が普段とは全く違った姿になっていたという事は、伏せてある。
トワにしてもフローリアにしても、考助が自由に動けなくなるのは勘弁してほしいと思っているのだ。
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夜も更けて普段の管理層では、既に全員が寝静まっているはずの時間。
その日は、食堂の明かりがいまだについたままだった。
途中までは本人不在のままトワの国王就任のお祝いパーティを開いていたのだが、夜もだいぶ遅くなってから本人が乱入して来たのだ。
それからは、他の者たちが気を使ってか、考助とフローリアだけが残ってトワの相手をしていた。
そして現在、そのトワはといえば、完全に酔っぱらっていた。
「ですから~、なぜあのような真似をしたのですか~? 私は、あの後いろいろ聞かれて大変だったんですよ~?」
「だから、何回も言っている通り、あの祝福は僕も知らなかったんだって」
考助は、あからさまにため息を吐きながらそう答える。
既にこのやり取りは何度も繰り返されている。
どうやらトワの場合、酔っぱらうと同じ話をループする悪癖が出るようだった。
そんなトワをフローリアは珍しい物を見るような顔で見ている。
フローリアにしても酔っぱらったトワを見るのは初めての事だった。
王族たるもの酒が入ったからといって前後不覚になっては駄目だと口を酸っぱくして言われるからだ。
フローリア自身も王女や女王として過ごしていた間は、前後不覚になるまで飲んだことはない。
ついでに言えば、管理層に来た時のトワも普段と変わらない様子を見せていた。
明らかに酔っ払いという態度になったのは、管理層にいるメンバーたちが去ってしばらく経ってからだった。
初めて見るそのトワの様子に、フローリアは我が子を珍獣を見る思いで見ている。
酒で性格ががらりと変わる者は数多く見て来たが、まさか自分の息子もこうなるとは思ってもみなかったのだ。
おかげで、中々面白い体験が出来ていると、フローリアはじっくりと息子の様子を観察している。
幸いにして絡まれているのは自分ではなく相方の考助なので、敢えて仲裁せずに放置して楽しんでいるのである。
一方の考助はというと、フローリアからの助力は既に当てにはしていない。
というのも、彼女の雰囲気から見を決め込んでいるのはまるわかりだからだ。
ついでに言えば、敢えてトワがこうした態度を見せていることに、嬉しさを感じているというのもある。
今まで一度も見せていなかったトワの一面が見れたという、ちょっとした親ばかの心境でもある。
酔っ払いのあしらいは、慣れているというほどでもないが初めてというわけでもないので、適当にやり過ごしながら自分自身も酒を口に運んでいた。
考助がそこまで余裕を持って(?)トワを見ていたのにはもう一つ理由がある。
「そう言うわけですから~・・・・・・」
そんなことを言ったトワが、パタリとテーブルに突っ伏した。
それを見ていたフローリアは、ギョッとしたような表情になって慌ててトワの様子を見ようとしたが、考助が右手を上げてそれと止めた。
「ああ、大丈夫だよ。単に酔いつぶれただけだろうから」
「・・・・・・そうなのか?」
素人判断は駄目だというのは考助も分かっているが、急性アルコール中毒にかかったような感じではない。
考助の視線に応じて、コウヒがトワの様子を見ていたが、その考助の予想通りの答えが返って来た。
「主様のおっしゃる通り、酔いつぶれただけです。今日はこのままベッドに寝かせますか?」
「ああ、頼むよ」
考助の答えを聞いたコウヒは、メイドゴーレムの一人を呼んでトワを部屋に運ばせた。
コウヒ自身はいつものように考助の傍を離れるつもりはない。
一連の流れを黙って見ていたフローリアは、トワが運び出されるのを見たのち、考助を見て言った。
「随分と場慣れしているようだな?」
その問いかけに、考助は苦笑しながら首を振った。
「いや、別に場慣れしているわけじゃないよ。単にたまたま対処方法を知っていただけで」
過去のことを思い出すような顔になった考助に、フローリアは「そうか」とだけ返した。
考助の本質が別の世界での経験に成り立っていることは既にフローリアも知っている。
だからといって、考助のその思い出に簡単に触れていいのかどうかは管理層にいる誰にも分かっていない。
そのため、フローリアたちからは出来るだけ触れないようにするという暗黙のルールがいつの間にか出来ていた。
もっとも、考助もそのことに気付いていながらあえて話題に出していないのだから、どっちもどっちといえる。
何とも微妙な雰囲気になってしまったが、それを壊す乱入者が現れた。
「お兄様はどうされたのですか? ・・・・・・あれ? 何かありましたか?」
食堂に入って来たのは、トワが部屋に運ばれるのを見ていたミアだった。
「いや、何でもないよ。トワは酔いつぶれたから部屋に運ばせた」
「酔いつぶれたって・・・・・・お兄様が?」
考助の言葉に、ミアが目を丸くして驚いていた。
ミアにしても、そのような状態になったトワを見たことが無いのだ。
「まあ、今日はトワにとっては緊張の連続だったからな。ここに来て箍が外れたのだろう」
「へえー、あのお兄様がですか」
フローリアの言葉にうなずきつつ、ミアは考助を見た。
「それで、父上たちはまだ続けるのですか?」
「うん? まあ、まだ残っているからね。折角開けたんだから、これが無くなるまでは続けるさ」
「ああ。相変わらずうまい酒をもってくるからな。シュミットは」
考助が手にした酒瓶を見ながら、フローリアが頷く。
それを聞いたミアは、一度だけ頷いていった。
「では、今度は私がお付き合いします」
「そうか。それも楽しそうだね」
考助が楽しそうに頷くと、いつの間に用意したのか、コウヒがミアの分のグラスを手に近づいてきた。
ミアは嬉しそうにコウヒからグラスを受け取り、考助からお酒を注いで貰ってそれを口にした。
それは考助とフローリアにとっては、第二部の始まりの合図でもあった。
トワの王位継承の儀式がメインの話のはずだったんですが、いつの間にか飲み会がメインに><
当初の予定では、ちらりと考助とトワの会話が出て終わるはずだったんですけどねえ・・・・・・。




