(3)兄と妹(姉)と弟
踏み固められた雪の上に小さめのテントが二つ設営されていた。
そのテントを使用しているのは、大きさから考えればあり得ない程の身分の持ち主たちだ。
その内の一人が、テントの前に設営された火の番をしていた。
周りは一面雪でチラリチラリと雪が降っているにも関わらず、その人物の服装はあり得ない程の薄着だった。
そのお陰でその人物が女性であることはすぐに分かる。
その女性が番をしている火の上では、ぐつぐつと鍋が音を立てていた。
それを見ながらもう少しで出来るかな、と考えていた彼女に男の声がかかった。
「おーい、姉上。まだ出来ないのか?」
「もういい加減お腹がすきましたね」
そう言った二人の周囲には、先ほど狩って来たばかりの鹿がきれいに解体されている。
その周りでは、数匹の狼たちが生肉をかじっていた。
「まだです! もう少しお待ちください! ・・・・・・全く。今の兄上の態度を見たら、家臣たちはどう思うのかしら」
呆れたようにそう言った女性の耳に、クスリという小さな笑い声が聞こえて来た。
その笑い声は、女性の前で同じように料理の番をしていたもう一人の女性である。
「・・・・・・何かしら?」
「いえ。今の貴方の様子も決して見せられるものではないかと存じます。ミア様」
「それは言わない約束ですよ、ミカゲ」
反論しようとして途中で思いとどまったミアは、視線をそらしながらミカゲにそう言うのであった。
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ミアとミカゲの他にいる男性二人は、当然というべきか、意外というべきかトワとリクの二人である。
今彼らがいるのは、ミアが管理している第十五層の一角になる。
リクはともかく、既に王の座にあるトワがなぜこんな所にいるのかといえば、それは単に休暇を取っているだけだった。
折角あいた休みなので、兄弟三人で何かできないかと考えたところ、塔の階層でキャンプを張ろうという事になった。
もっとも、最初に発案したトワも前女王であるフローリアの許可が下りないだろうと考えていたのだが、あっさりと許可されて逆に驚いた。
驚くトワに、フローリアは笑ってこう言っていた。
「王位にある者、自由に休暇を取れることなど滅多にない。ならば少しくらい楽しんでもいいだろう?」
「いえ、そうかもしれませんが、それ以前に危険であるとは考えないのですか?」
「ははっ。高階層ならいざ知らず、低階層で何か事故が起こるとでも?」
何も知らない者が聞けば、そのフローリアの台詞に真っ青になっただろう。
塔の階層は、モンスターが出てくる危険地帯だ。
普通に考えれば、事故が起こることを想定するのが当然なのだ。
もっとも、フローリアが笑い飛ばしたのにもきちんと理由がある。
「何。コウスケに頼んで、ナナ辺りに出張ってもらえばいいだけだろう?」
その答えに、トワは思いっきり納得した。
確かにそれなら、少なくともモンスターの被害と言う意味では、事故は起こらない。
そんなに簡単に貸してもらえるだろうか、と考えていたトワだったが、あっさりと考助の許可は下りた。
両親からあまりにあっさりと許可が出たので、トワとしては一瞬自分たちの事だとどうでもいいと思っているのではないか、と考えたりもしたのだが、それはすぐに否定した。
そもそもどうでもいいと思っているのであれば、ナナを貸し出すなんてことはしない。
何しろ、ナナは考助の持つ戦力の中でも三番目の強さを誇るのだから。
そんなわけで、あっさりと二親の許可を得たトワたちは、ミアの管理している第十五層でキャンプを張っているのだった。
鹿の肉をほおばっているのは、ナナと彼女が連れて来た狼仲間になる。
考助が軽く説明するだけで、それだけの準備をしたナナは、優秀というほかない。
お陰でトワたちは、安心してこの厳しい環境でキャンプを張れているというわけだった。
ちなみに、いまミアの前で作られている食事は、ミカゲが作ったという落ちではなく、きちんとミアが作った物になる。
正真正銘お嬢様育ちのミアだが、フローリアの方針で家事全般はきっちりと仕込まれているのだ。
ある程度大きくなってからミアがフローリアにその理由を聞くと、「私の時のように失敗しないためだ」と言っていたのは二人だけの秘密である。
一度鍋のふたを開けて様子を見たミアは、鹿の解体を終えて狼たちと戯れていた二人に声をかけた。
「出来ましたよ!」
そのミアの呼びかけに、トワとリクの二人が反応して火の傍まで寄って来た。
「やっとできたか!」
「やれやれ。流石に、肉の切り分けばかりは飽きました」
両者の性格が出ている答えに内心で苦笑しながら、ミアはミカゲから渡された皿に二人の分の食事をよそった。
それを受け取って早速口にした二人が思い思いの感想を口にした。
「くうー。やっぱり自然の中で食べる食事はうまいなあ!」
「そうだねえ。それに、ミアの手料理を食べるのも久しぶりだね」
「ああ、兄上はそうだろうなあ」
自分で料理ができるようにとフローリアに言われて料理を習っていたミアだが、城で過ごしていた時にはほとんど料理をすることは無かった。
ただし、リクがミアにくっついて第十五層に来ているときは、大抵ミアの手料理を口にするのが常になっている。
そのため、リクにとってはさほど珍しい物ではなくなっていた。
「何? 私の料理に何か文句でもあるのですか?」
自分に鋭い視線を向けて来たミアに、リクは勢いよく首を左右に振った。
「いやいや、まさか! いつも美味しくいただいております!」
「久しぶりに口にしたけれど、ミアの手料理はやっぱり美味しいよ」
周辺の環境のせいで寒いにも関わらず冷や汗を流しそうな顔になったリクをフォローするように、トワがそう口を挟んできた。
折角の休暇なのに、二人の姉弟げんかの仲裁は勘弁してほしいと思ってのことだ。
ミアも本気で怒っていたわけではないので、わざとらしくリクへのにらみを継続しつつすぐにトワの言葉に反応した。
「ありがとうございます」
ミアは、小さく笑ってトワに向かって頭を下げた。
そのやり取りを傍で見ていたミカゲは、三人の力関係がよくわかる一幕ね、なんてことを考えていたが、実際に口にすることは生涯なかった。
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起きているときは魔法で周辺温度を緩和しているとはいえ、寝ているときはそう言うわけにはいかない。
やろうと思えば寝ている時も使えなくはないが、やはりきっちりと休むためには魔法を使用したままというのは遠慮したい。
そこで出番となるのが、既にトワとリクの手によって設置されているテントである。
防寒対策がばっちりされたそのテントは、当然というべきか、考助作の魔道具だ。
見た目は完全にタダのテントなのだが、だからこそその高性能に驚くことになる。
もし、一般に販売されれば、間違いなく一瞬で完売してしまうだろう。
もっとも、使っている材料の関係から、このテントを世に出すつもりは考助には無い。
そう言う意味では、まさしく一品物といえる代物だった。
そんな超技術(?)で作られたテントで何事もなく一晩を過ごしたトワたちは、次の日も動物を狩ったりして過ごした。
その日をぎりぎりまで楽しんだ三人は、陽が沈む前には管理層へと戻った。
ちなみに、トワとリクの二人は管理層に戻った夜は、城に戻らずに管理層で過ごしたのであった。
三人で過ごす日常、というつもりでこの話を書きました。
ですが、書き上げるまでに非常に苦労しました><
管理層にいると親たちが入ってきてしまうので、敢えて塔の階層に出てもらいましたが、そこに無理があったんでしょうかね?
 




