(1)兄と妹
第十五層の視察を終えて戻って来たミアは、くつろぎスペースで休んでいるトワと出くわした。
「あら? お兄様、こんな所でどうされたのですか?」
ミアとしては、単純に城で執務に励んでいるだろうと思っていたのでそう聞いたのだが、トワはそれをきいてため息を吐いた。
「何だい? 私もたまには休みがあってもいいだろう?」
「いえ。そういうつもりではなかったのですが・・・・・・」
トワの珍しくとがった反応に、ミアは目をぱちくりとさせた。
トワとて人なのだから、時には気分がささくれ立つこともある。
兄妹としてずっと一緒に過ごして来たのだから、ミアもそれはよくわかっている。
だが、それでも兄がこういう態度になるのはごく珍しいことだ。
「何かあったのですか?」
思わず真剣な表情になって問いかけたミアに、今度はトワが虚を突かれたような顔になった。
「いや。ゴメン。特に何かがあったというわけではないんだ」
「そうですか」
苦笑しながらそういったトワに、ミアは安心したように頷いた。
トワの顔から何か大きな事件とかが起こったわけではないとわかったのだ。
自分の隣に座って来たミアに、トワが思わずといった感じで愚痴をこぼした。
「ミアは・・・・・・管理者生活を十分楽しんでいるようだね」
「ええ。おかげさまで」
王という立場にいれば、たまには愚痴りたくなることもあるというのがわかっているミアは、トワの愚痴に付き合う事にした。
吐き出さずにとどめておくよりもよほどいい。
子供のころから王になると決まっていたトワが、こうして愚痴を吐くのを聞くのが自分の役目だというのもミアは分かっていた。
だからこそ、敢えて胸を張るように、そう答えを返す。
案の定、それを聞いたトワは苦笑した後で、ため息を吐いた。
「致し方ないとは言え、つくづくミアを処分したことは、勿体ないと思うよ」
「お陰で今は管理者生活を満喫できています」
胸を張ってそういったミアに、トワは小さく笑った。
こうして沈んでいるトワに追い打ちをかけるようなことが出来るのも、小さい時から繰り返してきているからだ。
もしトワが、今ミアに吐いているような愚痴を他でこぼしたりすれば、王としてのプレッシャーがなどなど周囲から色々言われることになる。
それは例えダニエラでも変わらない。
今のところ、トワのこうした愚痴をただの愚痴として聞くことが出来るのはミアだけなのだ。
勿論、その内その役目はダニエラに代わっていくことになるとミアも分かっている。
「いくらあの時には必要だと判断したとはいえ・・・・・・やっぱり間違っていたのかなあ」
だからこそトワもこんなきわどい台詞も簡単に吐くことが出来る。
そんなトワに対して、ミアは首を振った。
「いえ。そんなことはないでしょう。あのまま私が中途半端な立ち位置にいれば、間違いなく私を女王として擁立する者たちは増えていたはずです」
「そうだよねえ」
ミアの言葉に、トワもはっきりと頷いた。
今話しているのはあくまでも愚痴なので、本気でそう思っているわけではない。
時には口に出して言いたくなるようなことを、ミアを相手に言っているだけなのであった。
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しばらくミアと話をしていて、先程までの気分が吹っ切れたのか、トワがいつもの様子で聞いてきた。
「そう言えば、第十五層の様子はどうだい?」
「特に大きな変化はありませんね」
ため息をはきながらそういったミアに、トワは笑った。
「はっはっは。流石のミアも苦労しているわけだ」
小さいころから優秀と認められてきたミアも管理者としてはまだまだだという事になる。
流石にそれはミア自身も分かっている事なので、反論することはなく再びため息をはいた。
「本当にそうです。どうして父上は、こんなに簡単に管理することが出来たのでしょうね」
そういったミアの目には、父親である考助への敬愛の念がこもっていた。
ミアが小さい時から同じような顔を見て来たトワは、それを見て内心で笑っていた。
考助の子供たちは、五人とも考助に対して親としても神としても敬意を抱いているが、ミアはその中でも一番だとトワは考えていた。
現人神として、という事になればココロが上に来るかもしれないが、単純に一個人としてとなるとミアがやはり上になる。
もっとも、それはあくまでもトワ個人の感想で、この場にココロがいてそういう話になった時は、二人で張り合う事になるのは目に見えている。
そんなことを考えていたトワだったが、それには触れずにミアの疑問に答えることにした。
「さて、それはどうかな? 話に聞けば簡単に思えるのかもしれないけれど、案外以前は苦労されていたのかもしれないよ?」
「・・・・・・想像できませんね」
トワの台詞を聞いてしばらくなにかを思い浮かべるように上を見ていたミアだったが、すぐに首を左右に振ってそういった。
トワたちが見ている考助の姿は悠然と(?)管理をしている姿で、何かに慌てているといった様子はほとんど見たことが無い。
ついでに言えば、母親であるフローリアは考助の周りにいる女性陣の中でも一番最後に入ったので、最初の頃の苦労はあまり知らないというのもある。
勿論、成長してからは他の人からも話を聞いたりはしていたのだが、それでも考助が苦労していたという話はあまり聞いていなかった。
考助が苦労して塔を管理していたのは、彼女たちにとっても既に昔の事なので、既に過ぎ去った記憶になっていたりするのである。
もっとも、トワたちが素直に聞けばそうした話も思い出して話すこともあったかもしれないが、考助にとっては幸いなのか、子供たちがそうした話を聞きたがるという事が無かった。
結果として、考助の苦労話は子供たちにはあまり伝わっていないというのが現状なのだった。
「小さい時にはあれもやりたいこれもやりたいとか色々考えていましたが、いざやってみると難しい、出来ないこともありますし」
「ハハハ。それはそうだろうな」
頭の中で考えていたことも、いざ現実で実現しようと思っても難しいことなどいくらでもある。
それは塔を管理していくうえでもまったく同じだ。
「いっそのこと、なにか目標でも持ってみたらどうだい?」
悩ましい表情をするミアに、トワがそう提案した。
「目標ですか・・・・・・」
ミアはそう言って黙り込んでしまった。
なにかいい目標がないかどうかを考え始めたのだ。
しばらく考える様子を見せるミアだったが、首を左右に振った。
「駄目ですね。あれもやりたいこれもやりたいと色々ありすぎて、明確な目標はすぐには決められそうにありません」
「なるほどね。今度時間を取ってじっくりと考えた方が良いかもしれないな」
「そうですね」
明確な目標もなしにあれもこれも手を出すと、結果としてまとまりのないことになってしまう可能性がある。
それならば、一つの目標に絞って突き進んだ方がいい。
そう結論付けたミアは、トワの言葉に頷いた。
今の二人のように、対外的にはミアを切り捨てたことによって仲が悪くなっていると思われているが、実情はまったく違っていた。
そのことを知るのはごく一握りの人間だけであり、二人がその状態でいることを望んでいる事も分かっているので、一般に知られることは決してないのであった。
普段のトワとミアでした。
最初はミアの管理している第十五層の話を書こうと思っていたのですが、何故かこんな話に置き換わっていました。
最後の二行はいらなかったかもしれませんが、外野からはどう見られているのかを入れた方が良いのかと思ってあえて入れています。




