(3)正式稼働
職員たちの動揺が広まり、それがやがて上層部の人間にも伝わっていくのがよくわかった。
その動揺が焦りに変わり、やがて喧騒に変化した時にはこの場に集まった者たちも何が起こっているのか理解できたようだった。
中間管理職にいるようなものがさらにその部下に慌ただしく指示を出してるのがわかる。
考助の耳に聞こえてくる限りでは、正常に稼働しない原因がわかっていないようだった。
もっとも考助としては、自分を伺って来るような視線のほうが気になっている。
こういった大型の施設の場合、しかもそれは初の稼働となればこうした失敗などつきものである。
考助がそれについてどうこう言うつもりなど全くない。
ただし、この場に集まった者たちにとっては、わざわざ考助が来ているのに失敗してはいけないという思いに駆られているというのも十分に分かっていた。
いい加減トワの側近たちが何かを言いだしそうな雰囲気になった時に、考助はトワを見た。
そろそろ口を出してもいいか、という確認だ。
その考助の無言の視線を正しく受け取ったトワは、小さく頷いた。
このまま失敗と判断してしまえば、一人二人の首が飛んでもおかしくないのだ。
考助もトワもそんなことは望んでいない。
「イスナーニ」
考助がそう声を発すると、その場がシンと静まり返った。
その様子に、内心ではビビりながらも考助は、先ほどまで忙しく動いていたイスナーニを見た。
「は、はい!」
「今まで事前テストに来たことは?」
「い、いえ。申し訳ありません。ありませんでした」
頭を下げるイスナーニに考助は手を振った。
「いや。それはいいんだけどね。忙しいだろうし。それはともかく、今まで連携テストはやった?」
考助はあえて、どの部分の連携テストかは聞かなかった。
だが、それで十分イスナーニには何が言いたいのか伝わったようだ。
ハッと表情を変えたイスナーニは、近くに置いてあった資料の塊へと近づいていき、ある書類を取り出した。
その書類を上から下まで確認したイスナーニは、一つだけため息を吐いてから言った。
「・・・・・・どうやら行っていなかったようです」
「まあ、この様子を見る限りではそうだろうね」
イスナーニの返答に、考助は頷いた。
二人の会話を聞いていたトワが、口を挟んできた。
「現人神様には、動かない原因がわかっているのでしょうか?」
「ああ、まあ、多分ね」
そう答えた考助だったが、既に動かない原因は分かっていた。
イスナーニも同じだろう。
周囲で見ていた者たちの視線が、縋るようなものに変わったのが考助にも分かった。
だが、ここで考助が迂闊に動くわけにもいかない。
どうにも面倒な立場になったと心の中では考えていたが、その理由もよく理解できるので考助は意味ありげな視線でトワを見た。
今度もトワは正確にその意味を受け取ったようだった。
「では、その原因は?」
「魔法陣の構成がね。間違っているんだよ」
「・・・・・・は?」
考助の答えに、トワが思わずといった感じに問い返して来た。
「うーん。口で説明するより目で見た方が早いんだけど・・・・・・。そっちに行っていいかな?」
考助はそう言ってとある場所を示した。
考助が示したのは、この施設の全てをコントロールしている席だった。
その場所で、施設で利用している魔法陣の稼働状況を全て管理しているのだ。
「ど、どうぞ」
今までそこに座って青くなりながら確認作業をしていた職員が、サッとその場を空けた。
一応考助は、トワに確認を取ってからその場に移って作業をし始めた。
考助が作業を始めてから、ものの一分も経たずにシステムの中枢部にもぐりこんだのを見て、傍で作業を見守っていた職員が顔を白くしている。
普通ではありえない程のスピードなのだ。
ついでに言えば、かけてあるはずのブロックも難なく乗り越えての作業だ。
職員の顔色がそうなるのも当然だった。
ついでに、その職員だけではなく、他の者たちも似たような顔になっている。
そもそもこれだけの巨大な施設を動かしている魔法陣の集合体なのだ。
たった一人でその全てを把握するなど、常識的に考えれば不可能といっていい。
その不可能なはずの作業を難なくこなす考助は、彼らから見ればまさしく神の所業に見えただろう。
そんな周囲の驚愕を余所に、考助は着々と魔法陣の確認をして行った。
といってもくまなく全てを見ているわけではない。
既に動かない原因の大元に当たりを付けてあるので、その部分まで探りに行っているのだ。
「ああ、あった。これこれ」
作業をしている間に隣に来ていたイスナーニに、考助は問題の箇所を示した。
「確かに。これでは駄目でしょうね」
イスナーニもそれを確認して頷いた。
考助が示したのは、施設の中でも神力を扱っている部分と魔力を扱う部分を連携している所だ。
そもそも神力の扱いがわかっていない職員たちに、この部分のミスに気づけと言うのが無理なのだ。
前もってイスナーニ辺りがテストをしていれば、直すのは無理だとしても気付くことは出来ただろう。
後は、その部分の修正のために、こっそりと考助に来てもらえばよかったのである。
といっても、それは今更の事だ。
折角直接触れる現場に来ているので、考助はこの場で修正することにした。
「ええと・・・・・・」
そう呟いた考助は、色々と魔法陣に修正を加えていく。
一カ所だけ直せば済むわけではなく、それと繋がっている部分も直さなければいけないのだ。
普通であれば、そんなに簡単に治せるはずのない修正なのだが、考助はあっさりと直してしまった。
もしこの場でメンバーの誰かがそのことを突っ込めば、考助は「慣れだよ慣れ」と答えただろうが、この場でそのような突込みをする者はいなかった。
ただ単純に、さすが神だ、と思われただけだった。
この場にいた者で、考助が行った作業を正確に理解していたのは、隣にいたイスナーニだけで、他の者たちには早すぎてついていけなかった。
もっとも、作業そのものが何をやっているのか分かったとしても、肝心の神力の事が分からないので結局理解はできなかっただろう。
「よし・・・・・・っと。こんなもんかな?」
ある程度気になるところを直した考助は、そういってイスナーニを見た。
その視線を受けて、イスナーニも頷いたが、既に考助が行った魔法陣の改変は、魔改造といっていいほどに変わっている。
今までとは別の意味で、担当の職員が顔を青くしていたが、残念ながら考助はそれには気づかなかった。
最後にもう一度だけ確認をした考助は、トワを見て言った。
「今度は大丈夫だと思うから、起動してみて」
考助からそう言われたトワは、すぐに担当の職員へと視線を向けた。
そして、先ほどと同じように施設の起動を行っていった。
すると、今度は先ほどとは違って、正常に施設が稼働していくのが職員たちの表情を見ていて分かった。
今までの悲壮な表情とは違って、明るくなっている。
一応稼働の最後までその場で見ていた考助は、正常に動くのを確認してからその席を立って元の場所に戻った。
施設の稼働が確認された時も場内に拍手が起こっていたが、今度は考助に向けて拍手がされていた。
たった数十分で暗かった状況を変えたのだ。
もっとも、その拍手を受けていた考助はというと、内心では恥ずかしさで身もだえていた。
そんな考助の内心を見抜いたのか、トワが立ち上がって拍手を抑えるような仕草を見せた。
拍手が静まってからトワが、もともと予定されていた宣言を行う。
「これを以って、魔力供給施設の正業稼働が相成った。これからこの施設は国家にとって重要なものとなる。各々、自覚をもって業務にあたるように願う」
このトワの言葉で、クラウンと共に世界中に広がることになる魔力供給施設の記念すべき第一号基の正式稼働だった。
ちなみに、この時の考助が行ったことは、この場にいた全員に箝口令が敷かれて最高機密となるのであった。
考助大活躍! でした。
前話に続いて、ようやく神様らしいところを一般人(?)に見せました。
次話は反省会、ですw




