(5)子供たちの日常
友人たちと教室の前で談笑していたリクは、廊下を歩いてくるココロを見つけて声をかけた。
「あれ? ココロ姉上。どこに行かれるのですか?」
リクがこれから受ける授業もそうだが、ここから先は戦闘系の講義を行っている教室しかない。
巫女の修業をしているココロは、ほとんど用事が無いはずなのだ。
「まあ、リク。それから皆様も。こんにちは」
そう言って一度頭を下げたココロに、リクの周囲にいた友人たちが慌てて頭を下げた。
万事穏やかで落ち着いた雰囲気のココロに頭を下げられて返礼しない者は、この学園には皆無と言って良いだろう。
学園に入ったばかりの頃は、巫女の修業をしているという特殊性から敬遠されることが多かったココロだが、成長するにつれてその偏見も収まって来た。
代わりに、母親譲りの美貌に注目が集まるようになったのである。
「ミカエル先生の講義で、訓練場に行く必要があるのです」
「あー。ミカエル先生か」
ココロの返答に、リクとその周りにいた友人たちは納得したように頷いた。
ミカエルは、戦闘系の講義で怪我をした者をその場で治癒するという荒業をやってのけている実戦派の講師なのだ。
その講義を受ける生徒たちは、必然的に現場に出向かなくてはならない。
ココロも例外なくその洗礼を受けることになったというわけだ。
「そういうわけで時間がありませんから、訓練場に行きます」
ミカエルは、遅刻などの授業の態度にも厳しい教師として知られている。
「そうした方がいいね。呼び止めてごめん」
「いいえ。いいのですよ」
リクの言葉に首を左右に振りながら、ココロは話をしている間に先に行った友人たちの元に急ぎ足で向かうのであった。
急ぎ足であるにも関わらず、優雅に見えるココロを見送っていた友人の一人が言った。
「やっぱりいいよなあ。ココロ様」
「だよなあ」
口々に姉を褒め称える友人たちを見て、リクは複雑な表情になった。
別に姉を異性として見られていることに嫌悪感があるというわけではない。
姉を褒められて嬉しいという感情はあるのだが、異性としての恋愛対象というよりも信仰の対象のように讃えられていることが気になっているのだ。
そしてそれは、ココロだけではなくもう一人いる。
「いやいや。やっぱり俺は、ミア様だね」
「同志よ!」
今度は別の者が、そんなことを言って手を取り合った。
そう。そのもう一人というのは、ミアの事だった。
ミアもココロも弟のリクから見ても全く男の影が見えないのだが、こんな周囲の反応もその原因の一つとなっているのかもしれないなんてことをリクは考えていた。
そんなリクの思いを余所に、友人たちの会話は続いていた。
「それにしても、ココロ様が生徒会長に立候補しなかったのは、やっぱりもったいねーよな」
「だよなあ」
一人の言葉に、何人もがうんうんと頷いていた。
そして、いつものようにリクに視線が集まる。
次の質問が来る前に、リクは鬱陶しそうに手を振って先に答えを言った。
「毎度毎度同じことを言わせるなよ。ココロ姉上は、巫女の修業で忙しくて会長の仕事なんかしている暇が無いって」
呆れたようにため息を吐くリクに、友人たちは別の意味で大きくため息を吐いた。
その態度から明らかに勿体ないといいたげなのがわかる。
ついでにリクが周りをこっそりと観察すると、同じようにため息を吐いている者たちが何人もいたように見えた。
それを気のせいだと無理やり思う事にしたリクは、落ち込んでいる友人たちを促した。
「ほら。俺たちもそろそろ教室に入ろうぜ」
そのリクの言葉に従って、友人たちはぞろぞろと教室の中に入るのであった。
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その日の授業をすべて終えたリクは、城にある転移門へと来た。
その転移門が設置されている部屋は、ごく限られた者しか通ることが出来ない場所にある。
具体的には、王族だけしか通ることが出来ない。
そもそも王族のプライベートな場所にあるので、必然的にそうなっているのだ。
例外的にシルヴィアとその子供たちは、自由に出入りすることが認められているということになる。
そんな転移門がある部屋に先客がいるのを認めたリクだが、すぐに緊張を解いた。
いくら出入りが制限されている場所とはいえ、何があるかわからない。
使う者が限られているので、ほとんど同じタイミングで使う事は無いのだが、今回はたまたまタイミングがあったようだった。
そこにいたのは、ココロだったのだ。
「あ。ココロ姉上もこれから管理層ですか」
「あら。リクもですか?」
「うん。ミア姉上が管理している階層に一緒に行くことになっているんだ」
「そうでしたか」
嬉しそうに言うリクに、ココロはそう言って笑顔を向けた。
ココロが管理層に向かうのは、最近ではごく当たり前のことになっている。
勿論、巫女としての修業を行うためだ。
一方でリクの場合は、今まで管理層に向かう事はほとんどなかった。
相変わらず冒険者を目指しているリクの場合、管理層に行くよりも戦闘系の講義を受ける方が重要だったためだ。
だが、ミアが第十五層を管理するようになってからは、護衛任務のつもりでミアと一緒に第十五層に向かう事が多くなっていた。
慣れた様子で転移門を起動したココロに便乗して、リクも管理層へと転移を行った。
管理層側の転移門がある部屋には、メイドゴーレムが立っていた。
これもいつもの光景である。
ココロとリクの姿を認めたそのメイドゴーレムは、ふたりに一礼をしてまた転移門の監視業務に戻った。
これがもし、許可のされていない者が来ていれば、何らかのアクションを取っていただろう。
場合によっては、戦闘が行われることも想定されて作られているのだ。
ちなみにその実力は、アマミヤの塔で活動している一流の冒険者にも引けを取らないのだから、リクとしては笑えない現実である。
一度コウヒに頼み込んで、メイドゴーレムと戦ったことがあるが、全く歯が立たなかった。
流石にその頃よりは成長していると自負しているリクだが、まだメイドゴーレムに勝つのは難しいことも分かっていた。
そんなメイドゴーレムがいる転移門のある部屋から二つほど部屋を抜けると、考助たちがよくいるくつろぎスペースがある。
メンバーたちが休みを取っているときは大抵この部屋にいるのだが、ココロとリクが着いたときにいたのはミアだけだった。
「あれ? ミア姉上だけ?」
リクがくつろぎスペースに来るときは、大抵誰かしらいるのでついそんなことを言ってしまった。
そのリクの言葉がミアの何かに触れたのか、ピクリと眉を動かしてリクに言った。
「あら? 私だけで何か不満でもありますか?」
「あっ!? いえいえ。滅相もございません!」
ミアの言葉に危険なものを感じたリクは、右手を振りながらそう即答した。
そんなリクを見て一度だけため息をはいたミアは、ココロへと視線を向けた。
「ご苦労様。これから修行よね。頑張って」
「はい。ありがとうございます」
エールを送ってくれたミアに向かって一度頭を下げたココロは、修行するための部屋へと向かうのであった。
リクとココロの今の日常でした。
ついでに、ミアにお相手が出来なかった理由もちらりと触れてみたり。




