(27)ミネイル商会
セイチュンの街の中央には、公的ギルドをはじめとして街を代表する組織の建物が立ち並んでいた。
その中の一つに、周辺の建物中でも五本の指に入るような規模を誇るミネイル商会の建物もあった。
ミネイル商会は、セイチュンの西側にあるヘイテイ王国を本拠地とする商人ギルドだ。
その始まりは古く、元はヘイテイ王国の王族が始めたとされている。
その人物は王国の正史にもきちんと登場していて、王家自体もその由来を認めている。
そのため、ヘイテイ王国におけるミネイル商会の地位は、盤石となっている。
そんなミネイル商会の支店に当たるのが、先程の建物となる。
セイチュンの街自体は中立を保っているとはいえ、そんな背景を持つミネイル商会の影響力もかなりのものがある。
そんなミネイル商会セイチュン支店を率いているのが、今年二十五才となるバルナバスであった。
バルナバスは、執務室で部下からの報告を受けていた。
ただし、部下といっても相手の方が年上である。
「ネローの皮が手に入ったのですか・・・・・・?」
「はい。つい先ごろギルドの者が届けに来ました。期日が過ぎているので例外対応として処理されたようです」
「例外対応ですか」
冒険者が行う依頼に関しては畑違いのバルナバスとはいえ、商品の仕入れに関わる事柄に関してはきちんと覚えている。
依頼を事前に受けるのではなく、冒険者の持ち込み依頼だったという事がそれでわかった。
もともとネローの皮の依頼に関しては、バルナバス自身が直接出した依頼だった。
手に入らなくても仕方ないと考えてその依頼を出していたのだが、まさかこんなに早く結果が出るとは考えていなかった。
期日を設けたのも、公的ギルドのルールで仕方なく付けたのだ。
バルナバスは、最初から期限など気にしていなかった。
そんなことを考えながら、バルナバスは首を傾げながら部下へと問いかけた。
「しかし、一体誰が採取をしたのですか? あれは塔の第五十層を越えたところでないと出ないモンスターのはずですが?」
「<神狼の牙>のコウという冒険者です」
部下が報告書と共にあった依頼表をそのままバルナバスへと渡した。
その依頼表にしっかりとギルド名とコウの名前を確認したバルナバスは、目を鋭くさせた。
「また、<神狼の牙>ですか」
バルナバスがその名前を聞くのは初めての事ではなかった。
それどころか、ここ最近は頻繁にその名前を耳にしている。
それは、今回の「コウ」という冒険者だけに限らず、闘技場で活躍している「コリー」、更には他の冒険者パーティの名前も聞いたことがあった。
ミネイル商会はお抱えの冒険者に素材採取の依頼を出すことが多いのだが、手が足りないときには公的ギルドを通して依頼を出す場合がある。
そうした依頼に、なんどか<神狼の牙>のギルド名と共に彼らの名前が達成者として書かれていたのだ。
つまり<神狼の牙>は、ミネイル商会の支店長が何度も耳にするほどの活躍をこの短期間で見せているという事になる。
勿論、セイチュンの街にある冒険者ギルドの中には、同じような活躍をしているギルドは複数ある。
だが、最初に名前を耳にしてからこれほど短期間で多くの活躍を見せるほどに勢いのあるギルドは初めてだった。
バルナバスは、そんなことを考えながら視線を部下へと向けた。
「こうして貴方が直で知らせに来たという事は、他の結果も出ているのでしょう?」
そう問いかけたバルナバスに、部下は笑顔になって頷いた。
「はい。これが、現時点での<神狼の牙>についての調査報告です」
そう言いながら今度は別の紙の束をバルナバスへと差し出した。
それを受け取ったバルナバスは、何も言わずにその報告書へと目を通し始めた。
少しの間、バルナバスが書類をめくる音だけが部屋に聞こえていた。
書類自体は五ページほどの報告書になっているので、バルナバスが目を通し終えるのにはさほどの時間もかからなかった。
書類から視線を上げたバルナバスは、部下へと問いかけた。
「馬車の準備は出来ていますか?」
「は? あ、いえ。それならいつでも大丈夫ですが・・・・・・」
唐突な質問に、部下は一瞬何を言われたのか分からなかったのか、返答に詰まったがすぐに答えようとした。
だが、答えようとした最中にバルナバスが何をしようとしたのか思い至ったのか、驚いた表情になった。
「まさか・・・・・・?」
その表情を見たバルナバスは、一度だけ頷いて答えた。
「ええ。私が直接出向きます」
バルナバスは驚く部下に向かって、きっぱりとそう答えた。
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バルナバスを乗せた馬車は、町はずれにある<神狼の牙>ギルドの拠点にすぐ着いた。
今回<神狼の牙>を訪ねることにしたのは、バルナバスを含めて三人だ。
その中には、もともと<神狼の牙>と交渉しようとしていた担当者もいた。
最初、その担当者はバルナバスが直接<神狼の牙>に出向くと聞いて、真っ青な顔になっていた。
自分の交渉が遅れているせいで、直接出向くことになったのかと勘違いしたのだ。
それを見たバルナバスは、慌てて誤解だという事を説明して、ようやく担当者は安心した表情になっていた。
そんなやり取りをしつつ、バルナバスは<神狼の牙>へと来たわけだが、その道すがら担当者から今までの状況もしっかりと聞いていた。
報告書にはきちんとその内容もかかれているのだが、直接その本人から話を聞くのとでは全く印象が異なるのだ。
<神狼の牙>の拠点に着いた一行は、担当者の案内ですぐに建物の中へと入った。
何でもカウンターがあるところまでは、誰でも出入りが自由だそうだ。
普通では考えられないその対応に、バルナバスの警戒度が上がっていた。
見ようによっては誰でも自由に入れるような緩い感じの対応に見えるが、さらにその奥に入るためには万全の体制が整っているというのが理解できたからだ。
単純に警備の態勢が取られていないだけだとは、この時点では考えていなかった。
ここまでの活躍を見せているギルドが、そんな片手落ちの対応をするはずがないという確信があった。
カウンターに置かれたベルを担当者が鳴らすと、すぐに奥の部屋からエクが出て来た。
エクは、担当者の顔を見てため息を吐いた後、後ろに控えているバルナバスを見て訝しげな表情になった。
「いらっしゃいませ。先程も来られたと思いますが、返事は変わりませんよ?」
そう言って来たエクに、担当者が首を振りながら返答した。
「いえ。一日に何度も申し訳ありません。今回は用事があるのは私ではなく、私どもミネイル商会セイチュン支部の支部長のバルナバスになります」
「初めまして。私がバルナバスです」
担当者の紹介を受けて、バルナバスが一歩前に出て頭を下げた。
それを受けて、エクも頭を下げる。
「ご丁寧にありがとうございます。私は<神狼の牙>の窓口を担当しております、エクと申します」
そう自分の名前を名乗ったエクだったが、すぐに申し訳なさそうな表情になった。
「せっかくお訪ね頂いたのですが、私どもの代表は今はこちらにはおりません」
「ええ。その話は担当から伺っております。私は、貴方と話がしたくてこちらまで来たのです」
勿論バルナバスとしても代表と話せるのであれば話したかった。
だが、担当者が何度訪ねて来ても「不在です」の一言で追い返されていた。
代表がコウという冒険者であれば、ギルドの拠点にいないというのも分からないではない。
相手は冒険者なので、ギルドの拠点を不在にすることなどごく当たり前にあるのだから。
だからこそバルナバスは、すぐに代表と話をしようとはせずに、窓口担当のエクという女性と顔をつないでおこうと思ったのである。
「私と・・・・・・ですか。大したお話は出来ないですが、それでも構いませんか?」
「ええ、勿論です」
「そういう事でしたら構いませんよ」
バルナバスの予想に反して、エクはすぐに許可をだした。
それ自体は喜ぶべきことなのだが、バルナバスはさらに警戒度を上げた。
あっさりと許可を出したエクの表情は、ただの受付担当には見えなかったのだ。
そして、バルナバスのその予想は、すぐに正しかったと証明されることになるのであった。
ついに商会が出てきました。
ここまで話を大きくしてしまったので、ガゼンランの塔編は三十話を超えることが確定しました><
後で章構成を変えるかもしれません。変えずにそのまま続ける可能性もありますので、不確定です。




