(25)泉
塔攻略ギルドのバイブロが<神狼の牙>に訪ねて来てからしばらくの間は、特に大きな出来事は無かった。
考助たちは第四十六層から第五十層の間をのんびりと調査を進めたり、たまに冒険者ギルドで依頼を受けたりしていた。
その間コウヒは、ランカー以外の闘技者と三度ほど対戦を行い、危なげなく勝利を収めている。
既にファンらしき者達が出現しているのは、さすがセイチュンと言った所だろうか。
他のパーティたちも順調に依頼や攻略を進めているようだった。
そうした<神狼の牙>の活躍は、少しずつセイチュンの街に広まりつつあるというのが、サキュバスからの情報だった。
今一番の新進気鋭のギルドとして認知されつつあるのだ。
塔攻略ギルドとのやり取りはともかくとして、予定した通りの展開になって来たので、考助たちはさらに塔の攻略を進めることにした。
既に塔攻略ギルドに目を付けられている状態なので、ちょっとした牽制(?)をするつもりなのだ。
具体的には、考助がバイブロに告げた素材を採取しに行くのだ。
きちんと素材を採取して、塔攻略ギルドにも利益をもたらすと分かれば、おかしな手出しはしてこないだろうという考えもある。
そんな目的を持ちつつ、考助はガゼンランの塔の第五十二層へと来ていた。
「あ~。あそこにいますね」
馬車の御者台に座っているピーチがある一角を指した。
そちらの方を確認してみるが、残念ながら考助の視力では確認することが出来ない。
ピーチの指摘にわずかに遅れて、ナナが気付いたのか馬車から飛び出して行った。
同じように狩るべき相手を見つけたのだろう。
そのやり取りを見ていたリリカが、絶句をしていた。
「なぜ、ナナよりも早く見つけられるのですか?」
「えーと、何故でしょうね~? ・・・・・・勘?」
リリカに問われたピーチは、カクンと首を傾げた。
既にピーチは、考助が探している素材を次々と見つけていた。
ナナが探すよりも早く見つけるので、リリカも驚いているのだった。
現役で冒険者をしていたリリカも、仲間達には運がいいと言われるほど早く対象の素材を見つけたりしていた。
だが、ピーチの場合はそれを強化、どころか二回り以上も進化しているような能力になっている。
リリカが昔発揮していた能力が、行きつくところまで行けばこうなるというお手本のような力だった。
もっとも、力を発揮している本人も、具体的にどうやっているのかは説明が出来ない。
もともとサキュバスが持っている占いの力と加護の力が合わさった結果だと考助は考えているが、本当のところは分かっていない。
そもそも自分自身が持っている力も未だよくわかっていないので、他人の力もよく説明できないのだと開き直っていたりするのだ。
そんな裏事情はともかくとして、ナナが狙いの獲物を倒して、しっかりと馬車のところまで持って来た。
現在のナナは、不意打ちで他の冒険者と会ったとしてもいいように、大型犬よりさらに一回り大きくなっている。
その姿でも十分威圧感はあるのだが、それでも本来の姿よりはだいぶん大人しい感じなのだ。
ただし、その大きさで体長が三メートルを超える大型のモンスターを咥えて運んでくる姿は、異様と言っていいだろう。
最初にそれを見たリリカは、とても驚いた表情になっていたが、最近ではすっかり慣れてしまったようである。
それはともかく、ナナが運んできた獲物は、しっかりと血抜きをした上でミツキのアイテムボックスにしまわれた。
解体をしたうえで必要な素材を取るのは、ギルドの拠点に戻ってから行うのである。
「この調子だと、予定していた素材は今日中には揃うかな?」
「そうですね~」
ミツキがモンスターをしまうのを見ながら、考助とピーチがのんびりとそんな会話をしていた。
それを聞いたリリカは、諦めたようにため息をついている。
考助だけではなく、考助の周囲にいるメンバーも普通を求めては駄目だと改めて理解したのだ。
勿論、リリカの中でのその筆頭がシルヴィアであることは言うまでもないだろう。
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そんな感じで素材の狩りを進めていた考助たち一行だったが、突然ピーチがある一角を指さした。
「あれ~? あれは、何でしょうね?」
考助はピーチが指さした方を確認してみたが、特に変わった物は見えなかった。
だが、同じようにそちらのほうを見ていたミツキが、頷いた。
「確かに何かあるわね。人工物かどうかは微妙だけれど」
「そうですね~」
「じゃあ、そっちに行ってみようか」
二人の会話を聞いた考助は、特に深く考えることなくそちらの方向に行くことに決めた。
特に急いでいるわけではないので、寄り道をしても問題ないのだ。
元々の予定だった素材狩りも十分すぎるほど順調に進んでいる。
「賛成です」
考助と同じように全く確認が出来ていないリリカが、真っ先に賛成した。
どんなものがあるのか、興味津々なのだ。
全員の意見が一致をしたので、馬車の進路をそちらのほうへ向けることにした。
ミツキが見る限りでは、馬車で通るのにも問題なさそうな場所だという話だったので馬車から降りずに進めることにしたのだ。
そもそも塔のそれぞれの階層には街道のような整備された道があるわけではない。
そのため、多少の悪路でも問題ないようになっている。
勿論、これも考助の魔改造の成果なのだが。
馬車に乗ったままピーチが指摘した方向へと進んできた一行だったが、ある程度進んだところで考助にもそれが見えて来た。
「あー、なるほど。確かに人工物といわれればそう見えるけれど、自然の物と言われてもおかしくはないね、これは」
「そうですね」
考助の言葉に、リリカも頷いている。
考助たちの目の前にあるのは、直径三メートルほどの泉だった。
それだけならただ水が沸いてるだけの泉として認識していただろう。
ただし、その泉は大小の岩が円になるように出来ているのである。
もし泉の水が温かければ、考助にとっては人工的に作った温泉と思うような泉だった。
勿論、自然物でも円のような形になることは普通にあり得る。
目の前にある泉が人工物と断言するには、首を傾げたくなるような状況だった。
実際、今いる階層はそれなりの腕がある冒険者であれば来れる場所になる。
そうした冒険者は、この泉を何度も見ているだろうが、特に注目すべきポイントにはなっていないのだ。
それは、この泉がごく普通にある自然のものと判断されているからだ。
泉を前にした考助は、<神の左目>を使って確認してみるが、特に変わった所は無かった。
あわよくば<神水>であることを期待したのだが、そう簡単に証拠となる物は見つからないようだ。
ミツキやピーチも考助の左目の力を期待していたようだったが、残念な結果となった。
「やっぱり、普通の泉でしたか~」
落胆したようにピーチがそう言ったが、考助は首を傾げた。
「うーん。それはどうかな?」
「え? 何かあるのですか?」
リリカがそう言った後、驚いた表情で考助を見て来た。
「本当にただの泉だとすれば、いるはずのものがいなかったよね」
考助はそう言ったが、ピーチもリリカも分からずに首を傾げている。
それを見たミツキが、助けを出すように答えを言った。
「魔物、ですよね」
「そう」
考助が小さく頷くと、ピーチとリリカも小さく「ああ」と言って頷いた。
これだけあからさまに水場があるのに、魔物が一体もいないのはどこかおかしい。
周囲を見渡してもそれらしい水場のポイントは無いのだ。
だとすれば、水分を取るために集まっているほうが自然なのだ。
「ただ、これも状況証拠でただ単に不自然というだけなんだよねえ。結界が張られているというわけでもなさそうだし」
考助はそう言って、再び首を傾げた。
この後小一時間ほど周辺を含めて調査をしたが、特におかしなものは見つからなかった。
結局、今のところはただの泉という事にして、考助たちはその場を後にするのであった。
ピーチが加わったことによって、探査能力が向上した一行でした。




