(8)打診
スピリットエルフは、ハイエルフよりもさらに古いエルフの基礎とも言える種族だと言われている。
ここで重要なのは「言われている」という点だ。
それこそ悠久の昔から存在しているハイエルフでさえ、その存在は確認したことが無いという種族なのだ。
ただし、その種族の具体的な特徴などは、神話と共に語られていた。
曰く、神と共にあるエルフ。
曰く、精霊との結びつきが強く、世界樹の守り神。
等々。
ハイエルフの神話に出てくる存在故に、それぞれで語られる内容が変わってくるため、どれが本当の話なのかさえ分からないのだ。
一般的なエルフにとっては、お伽話にさえ出てこない存在だ。
それ故に、普通のエルフにスピリットエルフと言っても何のことが理解されないだろう。
スピリットエルフの話は、ハイエルフの中でのみのお伽話として伝えられているのだ。
コレットがスピリットエルフであると告白したその時、シオマラがそれが事実だと分かって卒倒したのだが、それにはきちんとした訳がある。
それまでごく普通のエルフだと思って接していたのだが、コレットが告白した瞬間、周囲の精霊たちに動きがあったのだ。
具体的には、世界樹の周りを漂っていた精霊たちが一斉にコレットの元に集まり、様々な感情を示したのだ。
そのどれもが負の感情ではなく、喜びを示すような感情だった。
ごく普通のエルフどころか、ハイエルフのしかも世界樹の巫女であるシオマラでさえ、それほどの精霊を動かすことは出来ない。
しかもコレット自身の意思で動かしているわけではなく、精霊たち自身の意思で集まっているのだ。
そんなことが出来る存在は、シオマラにとっては、他には目の前にある世界樹くらいしか知らなかった。
さらに、世界樹の妖精も同じように驚いていることから、それが事実だと推測できたのだ。
シオマラは茫然自失と言った様子で呆けていたが、先に立ち直った世界樹の妖精が感嘆したようにコレットを見た。
「スピリットエルフですか」
「はい」
世界樹の妖精が真っ直ぐにコレットを見て来たが、コレットは同じように見つめ返した。
それだけで、世界樹の妖精にはコレットが確かに尋常ならざる力を持っていることがわかった。
神威を隠している考助とは対照的に、今、コレットは自らの力を抑える事をしていなかった。
最初、考助に召喚された際には分からなかった事から考えても、きっちりと自身の力を制御できていることがわかる。
「素晴らしいですね」
世界樹の妖精は、万感の思いを込めて言った。
そのあまりに色々な感情がこもった言葉を受けて、コレットが戸惑ったような表情になる。
二人のやり取りを見ていたシオマラも同じような表情になっていた。
そんな二人に構わず、世界樹の妖精がさらに続けた。
「ようやく。ようやく、待ち望んだ存在が来てくれました」
そう言葉を紡いだ世界樹の妖精は、視線を考助へと向けた。
「ご存知だったのですね?」
その視線を受けて、考助も戸惑ったような表情になる。
「いや、コレットがスピリットエルフになったことは知っていたけど、それがどんな意味を持っているかまでは、聞いていないよ?」
誰から聞いていないかというと、勿論他の神々の事だ。
スピリットエルフについて詳しく知っている者がいるとすれば、考助にはそれくらいしか思い当たりが無い。
そんな考助の言葉に、世界樹の妖精は深く頷いた。
「ええ。そうでしょうね。未来に影響を与えるような話は、口にしないというのが神々のルールですから」
その言葉に考助は今度は首を傾げた。
というのも、未来に影響を与えるような話は、何度も神々から聞いている気がするからだ。
首を傾げた考助を見て、世界樹の妖精は口に手を当てて笑った。
「神域の神々が、現人神である貴方にそういう話をしているのは、貴方を信用しているからですよ」
早い話が、考助はこの世界でしていい話と駄目な話を区別できているので、話をしているのだというのが世界樹の妖精の主張だった。
考助は、からかわれているだけのような気がするけど、と思ったがそれを口にする前に、世界樹の妖精がそれを止めた。
「済みません。話がずれてしまっていますね。今はコレットの事です」
そう言って視線をコレットへと向けた世界樹の妖精は、いきなり頭を下げた。
いきなりのことに、コレットは慌てた。
目の前にいる世界樹の妖精は、今のコレットにとっては巫女として守護すべき対象ではないが、悠久の時を生きて来た世界樹として畏敬の念を持っている存在なのだ。
そんな存在にいきなり頭を下げられて、慌てないはずがない。
「え? えっ!? い、いきなりなんでしょうか?」
「お願いがあります」
そう言ってある話を始めた世界樹の妖精に、コレットとシオマラは目を丸くするのであった。
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世界樹の妖精の話は、二日後に来る満月の晩に<活霊の儀>を行ってほしいという物だった。
コレットとシオマラが目を丸くしたのは、その儀式を行うのは基本的にそれぞれの世界樹の巫女が行うのが普通だからである。
いくらコレットがエセナの巫女とはいえ、別の世界樹の巫女が他の世界樹の<活霊の儀>を行うというのは聞いたことが無かった。
ついでに言えば、セウリの里では巫女であるシオマラが行うのが当然の事と思われているので、他のエルフがその儀式を行ったことなど無いに等しい。
それをいきなり、外の世界にいたはずのコレットが儀式を行うと里の者達に言えば、どうなるのかは深く考えなくても分かることだった。
だが、世界樹の妖精がどうしても、と念を押してくるので、コレットとシオマラの二人にはそれを断ることなどできなかった。
シオマラが生活している屋敷に戻る途中で、コレットがため息を吐いた。
「何というか・・・・・・ここまでの事は予想していなかったわね」
「気が乗らないなら儀式の時だけ姿を見せればいいんじゃない?」
コレットが明らかに気が重い様子を見せていたので、考助が気を使ってそういった。
ちなみに考助だけではなく、ちょこちょことついてきていたナナもコレットの手をペロペロと舐めている。
「こら。ナナ、くすぐったいってば」
ナナに舐められた手でそのまま頭を撫でてから、コレットは一度だけため息を吐いた。
「私は別にもうどうでもいいんだけどね。あの人たちがどう思うかしらね」
コレットがシオマラの屋敷に向かっているのは、儀式をする前に両親と対面するためだった。
そうでなければ、考助が塔へと送って儀式の時だけもう一度召喚すればいいのだ。
それをしなかったのは、シオマラが引き留めたのとコレットもきちんとしたけじめをつけたいと考えたからだった。
考助としては、コレットがそう考えたのであれば、強引に塔に戻すつもりはない。
どんな形であれ、コレットなりにけじめがつけばいいと考えているのだ。
両親や里の者達と和解するにせよ、完全に決別するにせよ、今回の件でコレットが区切りを付けられるのであれば、それを応援するつもりだった。
そんな考助の考えを見抜いたのか、コレットが考助の手を握って来た。
「わざわざ付き合ってくれてありがとう」
「何を言っているの。こんな時くらいいくらでもわがまま言えばいいよ」
考助はそう言って笑うのであった。
そんな二人の様子を見て、シオマラがため息を吐いていた。
「お二人の仲が良いのは分かったのですが、いくら私がそう言った感情に疎いハイエルフとは言え、目の前でイチャイチャされると何か感じる物がありますね」
シオマラにしみじみとそう語られて、コレットは顔を赤くして考助に繋がれた手を離した。
それを見た考助は、管理層では決してみられないコレットのその反応に、新鮮な気持ちになるのであった。
ハイ。いよいよこの章の本筋の話に入ってまいりました。
え? 人さらいはどこ行ったって?
いやだな~。そんなもん、コウヒとミツキがちょっと本気を出せば・・・・・・ゲフンゲフン。
きちんとそちらも話の結末も考えているので大丈夫です。(キリッ)




