(7)過去と現在
世界樹作成の木製の椅子に腰かけたコレットは、何処となく戸惑っているシオマラに改めて挨拶をした。
「改めまして、ご無沙汰しております」
「え、ええ。何年ぶりかしらね」
「私がここを出てからですから、十年ぶりと言った所ではないでしょうか」
ハイエルフのシオマラは、はるか昔から世界樹の巫女として働いていた。
勿論、コレットがこの里にいた時からだ。
シオマラはハイエルフなのだが、例外的に他のハイエルフたちとは違って、肉体に縛られて世界に存在し続けてている。
それは、世界樹の巫女としてこの世界に留まっているという現実的な理由と、巫女であるがゆえに世界樹の妖精との繋がりが強く、物質的性質が強い存在としても居続けることが出来たという理由がある。
さらに、セウリの里にある世界樹が、いくつかある世界樹の中でも古くから存在しているというのがある。
セウリの森にある世界樹が、ハイエルフを巫女としてとどめておけるだけの力を持つ、世界樹の中でも特殊な存在という事になる。
淡々と交わされる二人の会話を見ながら、考助は違和感を感じていた。
何を違和感に感じているのか分からずに首を捻っていた考助だが、突然その違和感に思い当たって声を上げてしまった。
「ああ! そうか!」
その考助の声に、コレットとシオマラがびくりと身体を揺らした。
気のせいか、コウヒとミツキは呆れたような表情になっている。
考助は、気まずくなって視線を明後日の方へずらした。
「あ、あ~。ごめんなさい。何に違和感があったのか分かったから、つい」
考助の言葉に、コレットは納得した表情になり、シオマラが首を傾げた。
「コウスケは、私が落ち着いているから違和感を感じているのでしょう?」
笑みを浮かべてそう言うコレットに、考助は思い切り頷いた。
コレットは、少なくとも管理層にいるメンバーの中では、口数が多い性格をしている。
だがシオマラを前に話をしている様子を見る限りでは、おとなしい、優等生のような落ち着いた雰囲気だった。
それが考助に違和感を感じさせたのだ。
悪く言えば、猫を被っているように見えたのである。
「そうよね~。あっちでの私は、こんなに大人しくないものね~」
コレットは、小さく笑いながら考助の首に縋りついた。
普段からスキンシップの多いコレットだが、ここまで露骨に接触してくることは少ない。
考助は、コレットがわざとその様子をシオマラに見せているという事が分かった。
現に、召喚したばかりの時のように、シオマラはコレットを驚きの表情で見ている。
「こ、コレット?」
「シオマラ様。現実はしっかり見つめましょう。これが今の私です。ついでに、コウスケのお相手の一人ですから」
見せつけるようにコウスケの頬に唇を当てるコレットに、シオマラは一瞬動きを止めた後、大きく息を吐いた。
「・・・・・・今は、幸せなのですね?」
何とも微妙な表情で問うシオマラに、コレットは大きく頷いた。
「ええ。それだけは、断言できます」
「・・・・・・そうですか」
何処となくホッとした表情で頷くシオマラを見て、考助はコレットにこの里のことを聞くのであった。
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一応、考助は話したくないのであれば話さなくて構わないと断ったのだが、コレットは特に渋るでもなく話してくれた。
コレットにとっては、本当にただの過去になっているのだ。
事の起こりは、とある占いによる物だった。
コレットの事が、里に大きな変革をもたらす存在だと占われたのだ。
セウリの森の里は、昔から大きな変化が起こることを嫌っている。
大きな変化のない木々と共に暮らすエルフらしい風習と言えるが、コレットにとっては悪い影響を与えたといえるだろう。
とはいえ、最初のうちはただの占いという事で、さほど重要視されることは無かった。
だが、悪いことは重なるもので、悪天候が続いたり自然災害が起こったりと悪いことが里を襲ったのだ。
その事と占いが結びつけられて、矛先がコレットに向いたのである。
流石に表だってどうこう言って来る者はいなかったが、陰口は相当言われていたとのことだった。
直接言われることは無くても、そうした話は自然と本人に入ってくるものである。
それだけならまだコレットもなんとかなっていたのだが、更に大きな変化が訪れる。
コレットに妹が出来たのだ。
周りで何と言われようと可愛がっていた両親が、妹が出来たことにより徐々に態度が変わって行ったのだ。
コレットは、露骨に態度に表わすようなことは無かったが、子供の感性で敏感にそのことを感じ取っていた。
そして、いよいよ成人となった時に、コレットは里を出ることを決断するのである。
その後しばらくは一人で冒険者として活動していたが、やがてシルヴィアと出会い、さらに考助と出会ったという事だった。
コレットが話をしている間、シオマラは悲しそうな表情になっていた。
「まあ、ざっとこんな所ね」
さばさばした表情でそう言ったコレットは、考助から見ても本当に過去にはこだわっていないことがわかった。
むしろ、彼女の性格からして、過去を話すことで周囲に気を使われてしまう事がわかって、黙っていたのだと推測が出来た。
なので考助は、そのことには触れずに別の疑問を口にした。
「なるほどね。それは分かったけど、性格が変わっているのは?」
明らかにシオマラは、コレットが考助にとっている態度を見て戸惑いを覚えている。
一方で、コウスケが知るコレットは最初からこんな感じだった。
途中で変わったのか、最初からこうだったのかが今聞いた話では分からなかった。
「それは、シルヴィアのおかげよ。出会ったばかりの時は、私以上に自分を抑圧していたから。でも、これ以上は彼女に関わるから本人から聞いてね」
コレットはそう言って、それ以上は話さなかった。
もっとも、考助は何度かシルヴィアから過去について話を聞く機会があったので、コレットが言ったことも何となく想像が出来た。
こうして話を聞くと二人の出会いは、傍から見れば必然だったのではと思えるほどいい出会いだったことがわかる。
ただ、考助はその感想を口にすることは無かった。
あくまでも外野の無責任な意見でしかないという事がわかっていたからだ。
「なるほどね」
それだけ言って頷いた考助を見て、コレットも察したのかだた笑って再び首に腕を回して来るのであった。
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二人の様子を見て、シオマラが首を傾げつつ聞いていた。
「お二人はどうして知り合ったのでしょうか?」
その言葉に顔を見合わせた考助とコレットは、一瞬後に揃って笑った。
「色々な偶然が重なって、ですよ」
「いや、僕は最初からコレットを気にかけてたけど?」
「あれ? そうなの?」
初めて聞いたと言わんばかりの表情になって、コレットが目を見開いている。
「そうだよ。だって、ステータスに<エセナの巫女>って表示があったから。まあ、シルヴィアにも称号はあったんだけれどね」
それを聞いたコレットは、納得したような表情になる。
「ああ、なるほどね」
だが、考助の言葉を聞いて大きく反応したのは、コレットではなくシオマラだった。
「え!? あの・・・・・・<エセナの巫女>というのは、もしかして・・・・・・?」
「あ、はい。私、エセナ様の巫女に選ばれましたから」
コレットの言葉に合わせるように、今度はエセナがコレットの首に縋りついた。
先程からコレットが考助に縋りつくのを羨ましそうに見ていたので、自分もやってみたくなったのだろう。
それを見たシオマラは、驚いていいのか喜んでいいのか、あるいは悲しんでいいのか何とも複雑な表情になった。
悲しむような表情になったのは、コレットが別の世界樹の巫女になったという事は、もう決してこの里に戻ってくることは無いと察したからだ。
「そうでしたか。まずは、おめでとうと言わせてください」
シオマラがそう言うのを、コレットは少しだけ複雑な表情で聞いていた。
此方は里に戻れないとかそういう事ではなく、別の話をするべきか悩んだためだ。
だが、いっそのこと、という事で話すことに決めた。
「ええと・・・・・・シオマラ様の事ですから、既に気付いていると思うのですが・・・・・・」
何とも言い難そうにしているコレットに、シオマラは首を傾げた。
「実はそれだけではなく、私自身、スピリットエルフに進化しています」
コレットのその言葉を聞いた瞬間、シオマラは気を失いそうになりコウヒに支えられ、世界樹の妖精もまた驚きに目を見開くという珍しい光景が繰り広げられるのであった。
はい。
コレットの過去話でした。
今まで全くと言って良い程出してなかったのですが、ようやく出せました。
この話を出すために、考助達にセウリの森に来てもらいましたw
そして、世界樹の妖精さん、気付いてなかったんですか、という突込みは次話に持ち越しです><
補足。
セウリの世界樹は、この世界に現存する世界樹の中でも一番古い物になります。




