(15) 神の使徒
神の使徒、代弁者、御使い、等々。
古来より彼らの存在は認められており、様々な呼び名で呼ばれていた。
彼らに共通しているのは、人と同じ姿形をしていること。
だが、人や亜人と呼ばれる種族にはない唯一の特徴として、その背に翼を持っているということが挙げられる。
色や枚数、大きさなどは様々。
そして、最大の特徴として語られるのは、彼らが有しているその強大な力。
理不尽なまでに強大なその力は、時に人類種を助け、あるいは裁きを下してきた。
神からの神託を受けた巫女を通して、神の意志で動いていると確認されるときもあれば、確認できないときもある。
その行動原理は、現在に至っても正確には判明していない。
世界のバランスが崩れそうなときに現れる、という者もいれば、気まぐれで現れるという者もいる。
神が世界に何かを為す際に、その傍らに現れている場合もある。だからこそ、神の使徒とも呼ばれることもある。
それ故に、神殿の神官や巫女にとっては、彼らは信仰の対象であり、また畏怖の存在でもあった。
いきなり自身の正体を現したコウヒに対して、ローレルとシルヴィアは頭を下げる。
彼らにとっては、信仰の対象になるのだから当然の行為である。
しかしコウヒは、そんなシルヴィアに対して、眉を顰めた。
「シルヴィア。貴方が、私に対してそのような態度をとる必要はありません」
「で・・・ですが!」
「何より、主様がそれを望んでおりません」
シルヴィアが、ハッと顔を上げると、考助がうんうんと頷いていた。
まだ短期間しか一緒にいないシルヴィアだが、コウヒ(とミツキ)が彼を最優先に考えて動いていることは、言われずともわかる。
「わ・・・わかりましたわ」
渋々とはいえ、シルヴィアは納得して頷いた。
シルヴィアにとってはいくら信仰の対象で、跪く対象であるとはいえ、その行為によって本人の機嫌を損ねては本末転倒なのである。
「・・・さて」
二人の様子を見ていた考助が、ローレルの方を見た。
「もう一度確認しますが、彼女に対して本気で刃を向けるお考えですか?」
「いえいえ、まさか。そもそもが、誤解なのであって・・・」
「貴方、私の主様に対して本気で嘘を重ねることが出来るとお考えですか?」
コウヒの視線に、ローレルの言葉が遮られた。
同時にローレルは、神の使徒である彼らには嘘は通じない、という言い伝えを思い浮かべた。
「・・・・・・・・・・・・」
表面上は変化がないように気を付けながら、内心では冷や汗を流している。
ローレル自身が、考助たちを害するような手配を取ったわけではないことは、本当のことである。
だが、この神殿に所属する誰かが取ったであろうことは、それこそトップに立っている以上、思い当たる節がありすぎるのもまた事実なのだ。
どうすればこの場を切り抜けられるか頭をフル回転させている中で、考助が切り出してきた。
「まあ、こちらとしては、貴方がたが手を出してこなければ、特にこちらからどうこうするつもりはありません」
「それは、もちろん・・・」
「ただ、現状を見ると、あなただけの言質を取っても、意味がないように思えますよね?」
部屋の外に、そういう者達が集まっていることを考えると、決して杞憂ではない。
いまさら彼らを撤収させた後に、そんな者達はいません、といっても意味がない。
コウヒが正体を現したということは、そういうことである。
ローレルも、そのことはよく分かっている。
そして、今の考助の言葉で彼が何を望んでいるのかは、大体想像がつく。
だが、後々のことを考えれば、出来れば打ちたくはない手であったことは確かであった。
といっても、もはやそう言った小細工も、意味のないものになってしまった。
諦めたようにため息を吐いて告げる。
「では、この神殿を仕切っている者を集めましょう。・・・よろしいですか?」
「うーん。まあ、それが一番ですかね」
ローレルの言葉に、考助も頷いて同意した。
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結局、神殿の高位の者達が集まった場所で、コウヒの姿を再び晒して、言質を取ることになった。
その内容というのは、神殿関係者は、むやみに考助たちに手を出さない。
もし神殿関係者が、考助たちを害するような行動をとった場合は、その上役は連帯責任を取ることとなる。
あるいは、直接行為を起こした者に対しての責任は、上役が必ず取る。
今回のことに関しては、不問にする。
等々。
色々と取決め(?)を定めて、解散となった。
何人か苦々しい表情をしている者もいたが、そんなことは考助の知ったことではない。神殿内での問題だ。
あとは、コウヒのことを知ったうえで、さらに馬鹿なことを行う者が出てこないことを祈るのみである。
とはいえ、出てきたら出てきたで、叩き潰すだけである。コウヒの力を使って。
そのための言質なのだから。
「ところでシルヴィアは、あの神殿に戻らなくてもよかったの?」
神殿から宿へ戻る最中に、考助がシルヴィアに突然聞いてきた。
「・・・どういう事ですの?」
突然の考助の質問に、シルヴィアが眉を顰めた。
「いや、元々シルヴィアってあの神殿にいたんだよね?」
ローレルの態度や、シルヴィア自身の態度ですぐわかった。
「ああ、そういうことですか。いいのですわ。そもそも私は、あの神殿から追放されているんですの」
さらりと告げられた言葉に、考助は目を丸くした。
「は? そうなの?」
「そうなのですわ」
「ふーん。そうなんだ」
あっさり納得した考助に、シルヴィアが探るような視線を向けた。
「・・・それだけですの?」
「うん。まあ、今はね。・・・シルヴィアが話す気があるなら聞くけど?」
「・・・いえ。・・・今は、やめておきますわ」
「じゃあ、僕も聞かない。それに、聞かなくても、特に問題ないしね。・・・というか、エリスがシルヴィアを選んでる時点で、問題なんてないだろうしね」
ある意味で、最強の保証人(?)である。
それを聞いたシルヴィアは、考助とエリサミール神がどういう関係なのか、一瞬聞こうかと思ったが、すぐに考えを改めた。
それこそ話す気があるのなら話しているだろうし、話せないことならいくら聞いても話さないだろう。
いずれは、という思いはあるが、別に今すぐでなくてもいいと思っている。
今日はコウヒのことだけで十分である。というか、それだけでお腹いっぱいである。
何より、創ってもらった神具のことがある。
今は、それを使いこなせるようにするのが、一番の優先事項であると思っているシルヴィアであった。
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宿に戻った考助たちを出迎えたのは、予想外の光景だった。
四人全員で泊まれる大部屋を借りているのだが、その部屋の中央にシュレインともう一人の女性がいた。
・・・・・・手足を縛られて、さるぐつわを嵌められた状態で。
「・・・えーと、これは一体どういう状況?」
考助は、二人に近づきながら状況を確認した。
シュレインは先ほど別れた時と同じ格好をしている。何やら悪戯っぽい笑みを浮かべていたが、とりあえずそれは置いておく。
次は、手足を縛られて、床にいわゆる女の子座りをしている女性の方を見た。
その女性の方に視線を向けた瞬間、考助は思わず目を奪われた。
現在、考助の周囲にいるどの女性よりも素晴らしいメリハリを持った体つき。
顔の造作は流石に人外のコウヒやミツキにはかなわないが、誰もが認めるほどの美形。
その黒髪は光に反射して艶やかな光沢を放ち、特徴的な赤い瞳が怪しい魅力を放っていた。
おかしい、と思ったときには既に遅かった。
考助の足が、無意識のうちに、彼女の方へ近づいて行った。
「・・・ふむ。流石のコウスケ殿でも目を奪われるか」
考助のその様子を見たシュレインがそう言って、一つパンと手を合わせて部屋中に響く音を鳴らした。
考助がその音に、ハッとした時には、既に事態が動いていた。
そして考助は、コウヒがシュレインに対して、剣を突き付けている状況を目撃することになるのであった。
本日、プロローグと第一章第三話を更新しました。
よろしければ、そちらもご確認ください。
(第一章第三話は、ほんの少しの更新です)
2014/5/24 誤字脱字修正
2014/6/9 誤字脱字訂正




