(9)虎の尾
ロマン達は、予定通り持って帰って来た素材を処理するために、タマーラに呼ばれた受付嬢と共に処理をするために席を外した。
現在タマーラの部屋に残っているのは、アリサとリクである。
「そこの彼は残っていていいのか?」
「ええ。構いません」
首を傾げたタマーラに、アリサが即答した。
いくら陰でコウヒが守っているとはいえ、アリサの傍を離れることが出来ないのだ。
更には、リクに知られて困るような情報はほとんどない。
今回リクが見て聞いて感じたことは、全て両親に報告することになっている。
クラウンの上層部は、リク視点の話を二人が聞いてどう動くのかを見極めようとしているのだとアリサは考えている。
そもそもガゼランからは何も隠さなくていいと直接言われている。
それよりもリクから目を離して、何か問題が起こることを心配しているのだ。
タマーラはそうした事情を知らないが、傍を離れては駄目なんだろうと見当をつけていた。
既にリクがクラウンにとっては、重要な人物の子供であることは見当を付けている。
足手まといにしか見えないような子供をわざわざ人手を割いてまで、討伐に同行させているのだ。
普通は、そんな手間になるようなことをするはずがない。
「それで? 其方はどうする?」
その曖昧なタマーラの問いに、アリサは首を傾げた。
「どうとは?」
「其方は、訓練校の仕組みを伝えるためにこちらに来ているはずだが?」
「ああ、そうですね」
実際は、アリサがこちらに来てから訓練校の話をしたのは最初にあった時だけで、それ以降はロマン達の活動について行ってしまったので何もしていない。
「私のこちらでの仕事は大きく二つです。一つはおっしゃっている通り、訓練校関連の話です」
アリサは、そこで一旦話を区切ってからリクを見た。
「もう一つは、もうお気づきかもしれませんが、リク様の護衛です」
「そうか」
タマーラも気づいているのが当然とばかりに頷いたが、次の言葉には多少驚いた。
「どちらかと言えば、後者の方が優先度が高いのです。・・・・・・タマーラ様には申し訳ないのですが」
「・・・・・・そうなのか?」
「はい」
きっぱりと頷いたアリサに、タマーラは視線をリクへと向けた。
リクの方が優先度が高いというのは、多少違う所もあるのだが、概ね間違ってはいない。
そもそも訓練校の成果を見せるために、ロマン達の結果を待つ必要があったのだ。
それなら、一緒にリクもついて行った方が良いと考えたために、一旦訓練校の話は置いておきロマン達について行ったという事情がある。
流石にそうした事情を知らないタマーラは、リクへと向けた視線をしばらくの間外さなかった。
その視線を受けて居心地悪そうに、リクが身じろぎをした。
「あの、一つ良いでしょうか?」
その視線に我慢しきれずに、思わずリクは質問を投げかけてしまった。
この辺はまだ修行(?)が足りない所と言えるかもしれない。
「なんだ?」
「アリサは、ロマンさん達の結果が出るのを待っていたと思うのですが、それが何か問題でもあるのでしょうか?」
リクの問いに、タマーラは腕組をして考えるふりをした。
子供らしい直接的な問いとも言えるが、そもそも子供がこんな質問をしてくることは無いとも言える。
そのためどう返事をしたものかと一瞬考えてしまったのだ。
「問題はないな。だが、彼らの行動で既にあちらとこちらで大きな違いが出ている。それについてどう考えているのかと思っただけだ」
リクのストレートな問いに、タマーラは結局ストレートに答えを返すことにした。
だが、目の前の子供は所謂「普通の」子供ではなかった。
タマーラが思ってもみなかった質問がさらに飛んできた。
「それを知ったとして、貴方の行動に何か違いが出てくるのでしょうか?」
「・・・・・・何?」
その問いに目を丸くしたタマーラだったが、腕を組んだまま再び考え込み、しばらくして笑い出した。
リクの隣では、アリサが同じように目を丸くしてリクを見ている。
「クックックックッ。いや、何も変わらないな。出来ればアリサ殿から本部の考えを知ることが出来ればと思っただけだ。知ったからと言って何かが変わるわけでもない」
まさか子供にそのような指摘を受けると思っていなかったタマーラが、楽しそうに笑い出した。
ちょっとした探りを入れようとしていた所に、予想外の方向からカウンターを受けた感じだ。
もっともこのまま探りを入れたところで、アリサ自身は特に重要な情報を持っていたわけではない。
あるとすれば、今話をしているリクの正体くらいだが、それをここで言うつもりは欠片もなかった。
「私が言えることは、訓練校で教師として何を教えていたかくらいですよ? 本部で、先程のことをどう考えているかなどは、分かるはずもありません」
「・・・・・・そうか。では、ここから先は私の仕事だな」
「いえ。その前に、訓練校のことを話した方がよろしいのではないですか?」
「ああ、そうだな。それは頼む」
そもそもタマーラが本部に頼んだのは、職業訓練校で行われている詳しい内容を知りたいという事だ。
その内容をまとめた上で、国王に報告しないといけないのだ。
例え作るのがクラウンという一組織の下部組織になるとはいえ、教育機関を作るとなれば国の許可が必要になる。
というより、本部での動きを知ってこちらにも作ろうとしたところで、国からストップが掛けられたのだ。
そのために必要な報告をするためにも、タマーラ自身が詳しく知っておく必要があるというわけだ。
訓練校に関しての話が長時間かかるという事で、いずれタマーラの時間が空いたときに話を聞くという事になった。
この後、リクはラゼクアマミヤに戻ることになっている。
一応冒険者の討伐の様子を見ることが出来たので、目的を達成したのだ。
これ以上は、ロマン達にもアリサにも活動の邪魔にしかならないので、一度だけと全員から制限が掛けられていた。
それがあったので、アリサも訓練校の話を後回しにしていたのであった。
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「さて、アリサ殿に会えたのが一番の収穫だと思っていたが、それ以上の収穫があったかな?」
アリサとリクが去った室内で、タマーラがそう独り言ちた。
実際、最初にあった時はさほどリクには注目していなかった。
精々が、子供らしくない子供だな、と思っていたくらいだったのだが、それが今回の件でそんな思いは吹き飛んだ。
その言動から、単にお偉いさんの子供という印象はすっかりと無くなってしまっていた。
「本格的に探りを・・・・・・誰だい?」
更に呟きを続けようとしたところで、ふと精霊たちがざわめくのを感じたタマーラは言葉を止めて、そちらの方に注目した。
すると、今まで誰もいなかった所に、金髪金眼の美女が現れた。
エルフで美形を見慣れているはずのタマーラでさえも、思わず言葉を失うほどだった。
「貴方には、過ぎた好奇心は身を亡ぼすとだけ言っておきます」
勿論その場に現れたのは、隠れてリクの護衛をしていたコウヒだ。
この場に居るのは、本体そのものではない。
ただの影でしかないが、それでもその力はタマーラを害するには十分すぎるほどの物がある。
逆に本体でないがゆえに、色々な歯止めが外れていたりする。
圧倒されつつそれを悟ったタマーラは、ごくりと喉を鳴らした。
「・・・・・・貴方が現れたことで、さらに答えに近づいたと言えると思いますが」
タマーラの台詞に、コウヒは表情を変えないまま答えた。
「このまま放置してもいずれあなたは答えを得るでしょう。ならば、知る者は少ない方が良い」
タマーラがリクのことを調査すれば、その分だけリクのことを知る者が増える。
それならば、タマーラ一人で済ませた方がいいという事だ。
「これ以上の余計な詮索をしないことをお勧めします」
コウヒはそれだけ言って、タマーラの眼前から姿を消した。
伝えたい事だけ伝えるような仕掛けになっていたのだ。
姿が完全に消えてその力の残滓が残る中、タマーラは大きくため息を吐いた。
「危うく虎の尾を踏むところだったか」
そう呟いたタマーラは、首を左右に振った。
既に頭を切り替えて、リクの事は考えないようにしている。
それが、通常よりも長い間ヒューマンの間で揉まれて生きて来たタマーラの知恵なのであった。
これでリクは塔へと帰還します。
今回出て来た様々な問題は、次話で帰った時にリクが両親に報告致します。




