(8)認識の差
初日の時と同じように、タマーラの部屋へと案内されたロマン達は、席に着くなり確認をした。
「ここの冒険者達は、他の依頼のことを考えていないのですか?」
受付嬢やタマーラの反応からしても、自分が受けた依頼以外の討伐証明を持っていること自体、驚いていた。
彼らがそんな態度をとること自体、ここで活動している冒険者たちが、複数の依頼を受けることをしていないと考えられる。
そして、そのロマンの言葉に、タマーラはため息を吐いて、一度首を左右に振ってから答えた。
「少なくとも私は、依頼品以外の物を持ってくるというのは知らなかったな」
「あの・・・・・・もしかして、そう言う規則とかがあるのですか?」
仲間の一人が不安そうに口を出して来た。
依頼以外の討伐部位を持ってきては駄目という規則や暗黙の了承があるのだとすれば、彼らは知らずにそれを犯したという事になる。
冒険者たちは、トラブルを避ける意味でそうした暗黙の了承というのがある場合がある。
例えば、依頼は最初に手に取った者が優先される、などである。
だが、タマーラは再び首を左右に振った。
「いや、そんな話は聞いたことが無いな」
その言葉に、ロマン達だけではなくアリサも驚いた表情になっている。
「討伐の最中に依頼以外のモンスターと出くわすこともあると思うのですが・・・・・・?」
「ああ、その場合はその場に捨てられているな」
タマーラとリクを除く全員が、見事に「勿体ない」という表情になった。
アマミヤの塔やセントラル大陸では、あり得ないと言って良い程の事だ。
勿論、モンスターによってはどの部位も金にならないという物もいる。
だが、その多くは大抵どこかの部位が金に換金できる物になる。
物によっては二束三文という物もあるのだが、そうした物も荷物の余裕があれば持ち帰るのが当然なのである。
「・・・・・・信じられないな」
呆然とした様子でロマンが呟いた。
他のメンバーも同意するような表情になっていた。
「そうなのか? 依頼品以外の部位など邪魔にしかならないだろう?」
それが当然と言ったタマーラと、ロマン達の間には現状かなりの隔たりがある。
そんな中、アリサがふと思いついたような表情になった。
「もしかして、こちらの支部に買取カウンターが無いのは、そういう事ですか・・・・・・」
アリサのその呟きに、ロマン達がハッとした表情になった。
アマミヤの塔は勿論のこと、セントラル大陸のギルドには大抵モンスター素材の買取カウンターがある。
依頼以外の素材を持っている場合は、そのカウンターで素材を売却するのだ。
タマーラの表情を見てとある確信をしたアリサは、それを口にした。
「もしかしなくとも、こちらではモンスターの討伐は狩りの一種なのかもしれませんね」
「狩り? どういう事だ?」
「つまり、決められた範囲内で、決められた獲物しか狩ってはいけないとルール付けされているという事です」
だからこそ、受けた依頼の分しか討伐を行わないし、不意を突いて襲われた場合も素材を持ち帰るという事はしていないのだ。
持ち帰ってこない、というよりも、持ち帰ってきては駄目だと思い込んでいる可能性がある。
そもそも持ち帰っても不要な素材を売れる場所すらないという事は、冒険者たちにとっては不要な物は持たないという意識に繋がる。
「特にそうしたことを決められているわけではないですが、無意識のうちにそんな行動をしている可能性があります。それが、この近辺だけなのかはわかりませんが」
「ふむ。なるほどな。意識の違いか。思い当たることはあるな」
ロマン達セントラル大陸内で活動する冒険者にとっては、モンスターは金銭を得るためのいわば生きる糧になっている。
それ故に、換金できるモンスターの素材の情報には非常に敏感だ。
対して、ここでは依頼に即した討伐しか行わないので、必要な物しか取ってこないという事になる。
アリサが「狩り」と称したのはそういう事だ。
狩りでは、主に狩った獲物の大きさを競ったりするので、小さい獲物はその場で放してしまう事もある。
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「・・・・・・まさか、ここまで意識が違うとはな」
流石にタマーラもあまりの違いに、ため息しか出ないようだった。
「でも、少しおかしくないですか? 今までもセントラル大陸と他の大陸で冒険者は行き来していたはずです。その時に気付いていた冒険者はいたと思うのですが」
「確かにな。だが、それぞれの地域ごとに暗黙のルールがあったりするからな。これもそう言う物だと思い込んでいた可能性がある」
ロマンの疑問に、タマーラが答えた。
昔からの慣習ということで納得してしまえば、疑問にさえ思わなくなることは考えられる。
特に長い間同じ場所で活動していれば、そうしたことを疑問に思わなくなるものだ。
「俺たちは、依頼品以外の素材を持ち込むのは当然と思っていて今回もそうしたけれど、こちらの冒険者達はそう考えていないという事ですか」
「ああ。特に禁止されているわけではないのにな」
皆がそうしているから自分もそう行動するべきだ、というのは人の考えとしてはよくあることだ。
「あの・・・・・・私も親から必要な素材は持ち込むべきだと教えられたのですが、こちらではそうではない、という事ですか?」
それまで黙って大人たちの話を聞いていたリクだった。
勿論、この場でいう親というのは考助の事だ。
考助もまた、初めて見た冒険者がセントラル大陸の冒険者達なので、それが世界標準だと思い込んでいたのだ。
「そういうことね。それが、セントラル大陸だけが特別なのか、それとも東大陸が特別なのかは分からないけれどね」
アリサはそう言いつつ、クラウンの上層部はこのことに気付いている可能性があると考えていた。
そうでなければ、わざわざ買取カウンターがない建物など建てないだろう。
構造そのものは地元のギルドに依頼しても設計の段階で一度は目を通している。
そこで気づかないはずがないのだ。
しかし、この場でそのことに言及するほどアリサも物知らずではない。
あえて放置していたのならそれなりの理由があるのだろう。
例えば、今のように現場の人間が気づくのを待つなどだ。
「ああ、そうか。もう一つ理由があったかもしれないわね」
ポンと手を打つようにしたアリサに、全員の視線が集まった。
「セントラル大陸と違って、こちらではランクが高めのモンスターは人里離れた場所か、今回の森とかに行かないといけないでしょう?」
「あ、そうか。低ランクの冒険者が行けるような場所に出てくるモンスターは、売れる素材が少ない?」
「そう。それに、ランクが上がってくると、余計な素材を取ってくるよりも複数の依頼を受けてその部分だけを取ったほうが稼げるとか」
アリサの言葉に、思わずと言った感じでタマーラが唸り声を上げた。
「・・・・・・なるほど。それはあるな」
セントラル大陸では中堅クラスの冒険者の数はそこそこいる。
それこそ美味しい依頼の場合は、争奪戦が起こるほどに。
対してアイリカ王国の場合は、そのクラスの冒険者が競合を起こすほどの数がいないために、依頼にある以外の素材を取って来てまで稼ぐ必要がないのだ。
一言で言えば、依頼分の討伐をこなしているだけの冒険者しかいないという事になる。
下手をすれば、足りない可能性もあるのだ。
むしろその可能性の方が大きい。
「・・・・・・たった一度依頼を受けてもらっただけで、ここまで問題が見つかるとは思わなかったな」
そう呟いたタマーラは、深々と溜息を吐いた。
本来は別の目的で来てもらっていたのだが、最初から問題が山積みだという事がわかった。
タマーラは支部長として、それらの問題を解決しないといけない。
そう考えると思わず大きなため息を吐いてしまうタマーラなのであった。
セントラル大陸と東大陸の差が露わになった話でした。
さらりとリクに台詞を吐いてもらいましたが、今まで考助が考えていた冒険者としての常識はあくまでセントラル大陸内の物としました。
他の大陸ではどうなのか、という問題は当然上層部では調査されています。
敢えてトップダウンで改善しようとしていないのは、現場から直接動いてもらった方が良いと考えているためです。
特に、今までのその地域における常識に関わる話ですから。




