(2)エルフの支部長
ちょっとした用事を済ませるためにパーティから離れていたアリサは、戸惑った表情で受付カウンターを見ているリクを見て首を傾げた。
「リク様、どうかしましたか?」
現在リクは、アリサと共にとある冒険者のパーティに混ざって依頼をこなしている最中なのだ。
正確にはアリサとリクは、パーティとは別の扱いになっているのだが、この場では同じ活動をしているメンバーだと認識されている。
そのパーティのリーダーであるロマンが、ごつい男の冒険者に絡まれていた。
「・・・・・・ん? ああ~、成程。リク様、こういう事が起こるのも冒険者としての儀式みたいなものですよ」
「そうなの?」
「まあ、一種の通過儀礼みたいなものです。ここで嫌になるようでしたら、冒険者など目指さない方が良いでしょうね」
先輩風を吹かして初心者に絡んでくる冒険者など腐るほどいる。
そうした者達をどうやって躱していくのかが、初心者冒険者としての最初の試練と言ってもいいだろう。
今絡まれているロマンは、冒険者になってから一年ほど経っているので、こうした手合いにもある程度は慣れていると言って良いだろう。
先程から男の威圧を気にした風も見せずに、さっさと用件を済ましていた。
今絡まれているのは、その返事を待っているときに狙われているのだ。
周囲で見ている者達も同情めいた視線が半分と、面白そうに見ている視線が半分と言った所だった。
「だからそれが可笑しいって言っているだろ? なんで手前みたいな餓鬼がDランクなんだよ!」
「何でと言われてもな・・・・・・。普通にランクにあった依頼をこなしていたら、上がったんだが?」
ニヤニヤしながら自分に絡んでくる男を見ながら、ロマンはどことなくなつかしさを感じていた。
ロマンが冒険者養成校を卒業してから短期間でDランクに上り詰めた時にも、似たような手合いに絡まれまくっていたのだ。
アマミヤの塔にあるクラウン本部冒険者部門では、ある程度ロマンの顔も知られているので、絡んでくる者はほぼいなくなっていた。
今彼らがいる場所は、アマミヤの塔どころかセントラル大陸でもない。
ロマンの顔が知られていないのも当然と言えば当然だった。
「おいおい、受付のねーちゃんよお。クラウンってのランクはおかしくねーか? なんでこんな餓鬼が俺様と同じDランクなんだよ?!」
のらりくらりと躱すロマンから矛先を変えた男は、今度は受付へと絡み始めた。
今は昼間で比較的受付も比較的暇な時間帯である。
男もそれがわかっていて声を掛けているのだ。
「クラウンのランクの基準は、公的ギルドなどと同じです。その子だけが特別扱いされているわけではありません」
受付嬢はそうキッパリ答えたのだが、こういう事を言う輩は得てして都合の悪い言葉は聞こえないようになっている。
あるいは、都合の良いように解釈するようになっている。
それを証明するように、男がこれ見よがしに周囲に言い放った。
「ということは、だ。俺のランクが可笑しいってことだよなあ!」
ニヤニヤした顔をせずにそう言い放ち、依頼を探していた一部の者からは呆れたような視線を向けられていた。
何をどう考えればそういう事になるのか、さっぱりわからないリクが首を傾げつつ隣にいるアリサに聞いた。
「受付の方は、ロマンさんのランクは正しいと言っただけなのに、どうしてあの方のランクが可笑しいという事になるの?」
「そうねえ・・・・・・」
一体どう説明したものかと少しだけ首を傾げたアリサだったが、すぐに首を振ってまともに答えるのを諦めた。
「ああいう事を言う人達のいう事を、まともに考えても意味がないですよ。あまり深くは考えないことです」
「そうなの・・・・・・?」
やっぱり分からずに首を傾げるリクだったが、やがてアリサの言う通りまともに考えることを止めて、素直にアリサの言葉を受け入れることにした。
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リクたちが今いる場所は、東大陸のアイリカ王国にあるクラウン支部である。
アイリカ王国からとある依頼を受けたクラウンが、その依頼相手としてロマンのパーティとアリサを選んで送り込もうとしていた。
それと同じタイミングでリクの話が舞い込んできたために、丁度いいとばかりにそのパーティに同行させることにしたのだ。
ちなみに、クラウンはリクに護衛もなしに送り込むことはしていない。
今も離れた場所から、ベテラン冒険者のパーティが様子を伺っている。
もっとも、リクの傍には常にコウヒが付いているので、リクをどうこう出来る者はいない。
クラウンもそれを知った上で、上位冒険者を付けているのだ。
アイリカ王国のクラウン支部は、最初から王国に期待されていただけあって、立派な建物が用意されていた。
普通は冒険者たちが依頼を受けるカウンターがあるスペースの他に、定番と言える酒場兼食堂が設けられている。
ただし、受付カウンターに併設するように設けられている食堂は、しっかりと別の部屋になって区分けがされている。
この辺りは、クラウン本部の冒険者部門の建物を参考にして作られているのだ。
そして、それ故に依頼スペースの部屋は、ある程度静まり返っている。
精々が、依頼を受けるかどうかをパーティ内で相談する声が聞こえてくるくらいだった。
それ故に、男の声は良く響いていた。
流石に、アリサとリクの声は男には届いていなかったが、二人が自分のことを話していたことには気付いたようだった。
ちらりと二人の方を見た男は、アリサを見てにやけ顔をさらに深めた。
「おいおい、なんだよ。ここは育児をする場所じゃねーぞ! クラウンってのは、子供連れが来れるような場所ってか?!」
男は、殊更にクラウンを貶めるような発言をしてきた。
これには、受付嬢も顔をしかめた。
冒険者同士の争い事には首を突っ込まないが、クラウンを直接貶めるような発言をするとなると話は別である。
窘める声を掛けようとした受付嬢だったが、それとは別の方から声が聞こえて来た。
「おい。さっきから聞いていれば、貴様はなんだ? そんなにクラウンに文句があるなら抜けてもらって良いんだぞ?」
受付カウンターのあるスペースのさらに奥にある階段からその声は聞こえて来た。
「あん?」
反射的に振り向いた男は、その視線の先に深緑のローブを纏った女性のエルフがいた。
男はすぐにその人物が誰かに気付き、サッと顔色を変えた。
その男が何かを言うより早く、カウンター内で働いていた職員たちが反応した。
「支部長」
その声に、その場にいた全ての視線がそのエルフに集まった。
その視線は、珍しいエルフを見たことよりも目上の人物を見たことによる敬意や恐れの物が多かった。
「どうするんだ? 辞めたいときはいつでも辞めればいい。わざわざこんなところで、大声で叫んで主張するほどのことでもないな」
威圧しているわけでもなくごく普通に言うエルフに、今まで言いたい放題だった男が一瞬気圧されたような表情になった。
「・・・・・・チッ」
そう一度だけ舌打ちをした後で、男は様子を見守っていた仲間と共にその場を去っていった。
男が立ち去るのを見送った後に、そのエルフはロマンへと視線を向けた。
「其方がロマンか?」
「は、はい。そうです」
「ふむ。話は聞いている。私の部屋に来てもらってもいいだろうか? ああ、勿論仲間たちも一緒にだ」
「わかりました」
そう言って頷いたロマンは、パーティメンバーとリクたちの方へと視線を向けた。
それに気づいたリクたちは、慌ててロマンの近くへと駆け寄った。
そして一同は、そのままエルフの支部長が案内する部屋へと向かうのであった。
ギルマス登場の時は、大体その人の影響力を示すために、定番のイベントが発生しますよね。
・・・・・・と、言いつつまた同じパターンで書いてしまいました><
エルフの支部長は、アイリカ王国では高ランク冒険者として知られています。
詳しくは、次回に。




