(7)文明の始まり?
第十四層は、ソルをはじめとしたゴブリンたちが拠点を築いている階層である。
ソルが言葉を話せるほどに進化した時に、農耕の技術を教えてみたりもした。
そして考助は現在、コウヒを伴ってその第十四層の様子を見に来ていた。
「おおー、ずいぶんと畑も広がったんじゃないか?」
ゴブリンたちの生活の基盤となっている家がある拠点を中心に、以前見た時よりも畑が広がっていた。
育てている作物はイモ類が中心になっている。
「はい。召喚から来る肉だけではなく作物も得ているせいか、安定して生活できるようになっています」
当初は農耕を始めたことによって、召喚から得られる肉の摂取量が減るかと考えていたのだが、そんなことは無かった。
むしろ、肉と根菜類両方を摂取できるようになったことにより、やせ細ったイメージだったゴブリン達が多少肉付きが良くなったように見える。
もっとも、考助から見れば以前よりまし、といった程度の変化だったのだが、ソルに言わせると大きな変化らしい。
見た目は完全に人間のそれに近づいているソルに言われてもピンとは来ないのだが。
「連作の対策とかはちゃんとできてる?」
育てているのがイモ類を中心とした根菜類なので、連作すると障害が出てくる。
この辺は塔の中の土地であっても同じなのだ。
クラウンの生産部門が第五層で作物の生産を始めた時にしっかりと確認していた。
それを考助がゴブリンたちに伝えたのである。
「はい。今は仲間たちの数も多くないので、休耕地を作ることによって対処しています」
そう答えたのは、最近童子に進化した農耕を担当している者だった。
ゴブリン達はソルを頂点としてビラミッド型の支配体制が整っている。
「休耕地か。それだといつかは足りなくなるとかならない?」
「私もそれを懸念したのですが、どうも食生活が変わったために多産の体質から変わったようです」
「へえ。そうなの?」
思ってもみなかった現象に、考助は驚いた。
「今はまだ確認中ですが、ほぼ間違いないかと思います。以前は一度のお産で四、五人だったのが、今では一人か二人が当たり前になっています」
「単に生活が安定したからとかじゃないのかな?」
考助の疑問に、その童子も頷いた。
「はい。その可能性もあります。ただ、安定して肉類だけを得ていた時は多産だったので、恐らく食事も関係しているかと言うのが、今の見解です」
「なるほどねえ」
その納得できる理由に、考助は内心で感嘆しつつ頷いた。
進化する前のゴブリンは、正直知性はほとんど感じられなかったのだが、童子にまで進化するとしっかりと考察できるほどに知性が上がっていることが実感できた。
勿論、知性が上がるレベルには個体差があるのだが、ソルをはじめとして大幅に上がることは間違いないようである。
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一通り農作物のことに関して話した後は、戦闘に関してを話すことにした。
ソルから言われて鉄類の装備を一通り渡していたのだが、最初に要求された以降は一度も要求されていない。
気になっていた考助は、それを確認したかったのだ。
「戦闘中に使う武器は? 前に渡してから一度も追加で渡していないよね?」
手入れをしながら使っているとはいえ、渡してから十年近くが経っている。
いくらなんでも限界が来ていてもおかしくはないだろう。
これには、また別の童子が前に進み出て来て答えた。
「実は、拠点で鉄器の生産を始めていますので、そちらの装備を使っています」
「・・・・・・はっ?!」
流石に予想していなかった考助は、驚きの声を上げてしまった。
思わず一緒に付いてきたコウヒの方を見た。
「いくらなんでも、私やミツキが教えたという事は無いです」
鉄器の武器を持つという事は、それだけ危険度が上がるという事になる。
流石に眷属であるゴブリンたちが、考助を襲うという事は無い。
だが、他のメンバー達にとっては、迂闊に近づけなくなってしまう可能性も出てきてしまう。
だからこそ、農耕に関しては教えたが鍛冶に関しては教えていなかったのだ。
コウヒの言葉に、その童子も首を左右に振った。
「コウスケ様のお仲間の方々から作り方を聞いたわけではありません」
「え? それじゃあ?」
どうやって鉄の生産を始めたのかと、考助は首を傾げた。
「我々が進化の際に言葉の知識を得ることが出来た時と同じように、鉄の精製に関しても知識を得ることが出来ました」
なんと、今話をしている童子本人が、鉄の精製に関して知識を得ることが出来たようだった。
ここまで話したところで、ソルが話に入って来た。
「本来であれば、コウスケ様に話をするべきだったのかもしれませんが、何分最近始めたばかりなのとあまりこちらに来られないので・・・・・・」
言葉を濁して申し訳なさそうに言うソルに、考助も納得した顔になった。
ソルをはじめとして、ゴブリン達には転移門を自由に使う資格は与えていない。
何か新しいことを始めようにも、考助が来るのを待っていたらいつになるのか分からないのだ。
実は、知識自体は進化してすぐに持っていたのだが、鉄がどういう物か分からずに放置していたのだ。
ちょっとした会話で考助から下賜された武器と同じ素材であることがわかり、ソルに相談したうえで鉄の生産を始めたのだった。
ソルとしても事前に考助に相談したかったのだが、失敗する可能性もあったのと考助がいつ来るかわからないという事で、独断で始めたのであった。
「ふむ。なるほどね」
一応表面上は穏やかな表情で考助は頷いた。
だが、流石にゴブリンが独自で鉄の生産を始めるとは思っていなかった。
聞けば第十四層には鉄が含まれる鉱山があるので、そこから鉄を得ているという。
問題は、鉄の武器を独自で仕入れるようになったゴブリンが大丈夫かどうか、と言う問題だった。
ソルの顔を見る限りでは、その問題には気づいているようだ。
その表情には覚悟が見て取れた。
ソルの顔をじっと見た考助は、一つの決断を下した。
「そういう事なら、自分たちで開発を進めてみると良いよ」
考助がそう言うと、ソルはあからさまにホッとした表情になるのであった。
ゴブリン達の鉄の精製は、最近始めたばかりという事で原始的な武器がほとんどだった。
それでも鉄は鉄なので、しっかりと鉄の武器としての役目をはたしているとのことだ。
「今の目標は、出来るだけ長期間の使用に耐えられるようにすることです」
生産を担っている童子は、そう言って笑っていた。
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ゴブリンから意外な報告を聞いた考助は、ソルを連れて管理層へと戻って来た。
管理層に来るように言われたソルは、覚悟を持った表情をしていた。
横にいるコウヒの雰囲気を感じ取っているのだろう。
「そんなに緊張しなくていいよ。コウヒもそんな顔をしないで。僕が許可を出したんだから」
「確かにそうですが、事後報告だったことは問題です」
ことは武器に関わる問題なのだ。
大きな事件が起こってからでは遅いのである。
だが、そんなコウヒに考助は笑って答えた。
「まあ、確かにそれは問題だけどね。彼らが独自で考えて始めたことを重要視したんだよ」
考助にしてみれば、ゴブリンたちが自分たちで考えて文化らしきものを持ち始めたことに興味がある。
出来ればその芽をつぶしたくはなかった。
それに、ソルの表情の事もある。
「ソルは、最悪のことも考えて許可を出したんだろう?」
「はい。場合によっては、コウスケ様の怒りをかって我々が全滅する覚悟も持っていました」
「うん。ソルがその覚悟を持っている限りは大丈夫だと判断したんだよ」
考助は、これを機にゴブリン達に独自に里を運営してもらう事を考えたのだ。
そのためにソルにも管理層に来てもらったのである。
「ゴブリン達の里は、ソルに任せることにするよ。他の里と同じ扱いにする」
ソルには、管理層に自由に行き来できる権限を与えるために来てもらったのだ。
「そういうことですか」
コウヒは納得したように頷いた。
逆にソルは驚いている。
それを見た考助は、ソルに笑って言った。
「難しく考える必要はないよ。何か問題があれば、ここに来ればいい」
「は、はい!」
考助の言葉に、ソルは嬉しそうに返事をするのであった。
「よろしいのですか?」
ソルが戻った後で、コウヒがそう聞いてきた。
「問題が出れば、階層を閉じればいいしね。それに、ゴブリン達が良い武器を持ったからってどうにかなる?」
「人が作っている武器を持ったとしても問題ないでしょうね」
考助の問いかけに、コウヒはそう答えた。
何か大きな問題が起こったとしても完全に抑え込むことが出来ると確信しているからこその判断なのだ。
ついでにモンスターが文明もどきを築くとどうなるのかと言う興味もある。
この日を境に、第十四層のゴブリンの里は大きく方向転換をすることになるのであった。
ゴブリンの里で文明が起こり始めましたw(タブン)
言葉も勝手に与えられたので、いっそのこと鉄器の扱いもいいかなと、ご都合主義にしてしまいました。
今後、ゴブリンの里がどうなっていくのかは、作者も分かりません(オイ)。




