(2)護衛
トワとミアが通っている学園は、城の敷地内に建設されている。
ただし、敷地内とはいえ校舎の入口から城の入口までは、徒歩で二十分程度はかかる。
ミアにしてみれば、そのくらいの時間は誰かに守ってもらう必要もないと考えていたのだが、どうにも自分の見込みが甘かったことを認識させられた。
しかも、兄であるトワとは別の意味の厄介な出来事が起こっているのだ。
流石のミアも大丈夫だと笑っていられる状況でなくなっていた。
はっきり言えば、今日のようなことに呼び止められるのは面倒になってきている。
そうした面倒事を避けられるのであれば、護衛の一人や二人くらい付けた方がましだと考えたミアなのである。
その日の夕食時。
早速ミアは、フローリアに登下校中の護衛について話をした。
「護衛?」
「うん。出来れば学園の登下校中に、護衛を付けてもらえないかと思って」
フローリアは、ミアをじっと見た。
「入学前には、いらないと言ってなかったか?」
フローリアの視線を受けて、気圧される物を感じながらもぐっとこらえつつ、ミアは夕食までの間に考えていたことを話した。
「それは、私の考えが甘かったの。まさか、こんな状況になるとは思っていなくて・・・・・・」
ミアとしては、恥も外聞もなく周りの視線を一向に気にすることなくモーションを掛けてくる輩がいるというのは、想像の埒外だったのだ。
勿論、今までも家庭教師からそういう方面での危険性はしっかりと学んでいる。
だからこそと言ってもいいが、王女である自分にここまで露骨にやってくるとは考えていなかった。
しかも一人だけならまだ何とかあしらう事は出来ただろうが、何人もとなると気が滅入ってくる。
王女と言う立場上、余り強く拒絶できないと思っているだけに、ここまでの事態になったのだ。
今更自分の言葉で何を言っても、彼らは聞く耳を持たないだろう。
女王であるフローリアの力を使えば、そのような輩はすぐにでも排除できるだろうが、出来ることなら女王としての力を学園に持ち込むのは控えたい。
そうしたことを色々考えた結果が、護衛を付けてもらうという事になったのだ。
そうしたミアの考えを全て見抜いたわけではないだろうが、フローリアはあっさりと頷いた。
「構わないぞ」
その返答が余りにもあっさりしていたので、ミアは目をぱちくりとしてしまった。
「え?」
「何故驚く? 其方が付けたいと言ったのであろう?」
「そ、そうだけど・・・・・・」
戸惑うミアに、フローリアは悪戯っぽく笑っている。
その顔を見て、ピンとくるものがあったミアは聞いてみた。
「もしかしなくても、最初から準備していたの?」
「当然だろう? 必ず必要になると思っていたからな」
いくらフローリアと言えど、ミアに付けるための護衛などすぐに用意できるはずがない。
いざというときのためにちゃんと用意してあったのだ。
何となく騙された気分になったミアは、ふて腐れたような顔になった。
「そんな顔をするな。何よりコウスケの言葉があったからな」
「お父様の? ・・・・・・アッ?! あの時の?」
フローリアに言われてようやくミアは、前に考助に会ったときのことを思い出した。
「皆が言っていただろう? コウスケがああ言うときは、まず外れることがないと」
「・・・・・・何となく悔しい」
「仕方ないな。其方より私の方が付き合いが長いのだから」
何故か勝ち誇ったような表情になったフローリアに、ミアは少しだけ不機嫌な表情になった。
確かにその通りなのだが、何となくそれを認めるのは悔しい気になるのだ。
「母上、それからミアも。また話がそれているようです」
それまで黙って話を聞いていたトワが、口を挟んできた。
この二人の場合、父親である考助を巡っての争い(?)を始めると、際限なく続けることがある。
それよりも今は重要な話をしている最中なのだ。
普段の何気ない語り合いの時ならともかくとして、今はそのようなことをしている場合ではない。
トワに冷静に突っ込まれた二人は、バツが悪そうな表情になりすぐに真面目な顔に戻った。
「コホン。まあ、そう言うわけだから、護衛については問題ない。流石に今日の明日で、とはいかないが数日中には付けられるだろう」
「うん。それでお願いします」
あっさりと話を元の話題に戻した二人は、直前までのことなど忘れたように話始めるのであった。
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ミアが護衛の話を切り出してから数日後。
その日は、学園が休みの日でミアが城で寛いでいたところをフローリアに呼び出された。
呼び出された場所はフローリアの私室ではなく、普段公務を行っている場所だった。
城内にいる限りはミアがドアをノックすることなどない。
常に傍には侍女がいるので、そうしたことをするのは彼女たちの役目なのだ。
ミアが部屋の中に入っていくと、公務を行っているフローリアと側近たちに交じって、ミアと同じ年の頃の少女が立っていた。
肩口でそろえた赤毛で、可愛らしいと言った顔つきをした少女だった。
ただし、その表情はほとんど変わることなく、真っ直ぐにミアを見ている。
ミアが入ってきたのを確認してから、フローリアは執務の手を止めてその少女の傍へと近寄って行った。
その後、ミアも手招きで近くまで呼び寄せた。
「ミア、この子が其方の学園生活の護衛をすることになったミカゲだ。ミカゲ、この子が私の娘のミアだ。ちなみに、ミカゲの年はミアと同じと聞いている」
フローリアが間に立ってお互いの紹介をした。
「貴方様の護衛を仰せつかりました、ミカゲと言います。よろしくお願いします」
ミアが何かを言おうとするよりも早く、ミカゲがそう言って表情を変えないまま頭を下げた。
その物言いに、ミアが眉を顰めた。
「えーと、ミカゲ」
「はい?」
「ひょっとして普段の時もその口調なのかしら?」
ミアは事前に、普段付ける護衛は教室でも一緒だと聞いている。
日中のほとんどは一緒にいることになるのに、今のような仰々しい口調は出来れば勘弁してほしい。
そんなミアの思いが伝わらなかったのか、ミカゲは表情を変えないまま首を傾げた。
「私は、貴方様の護衛でございますから」
ミアは思わず視線をフローリアに向けた。
そのフローリアは、何となくニマニマ笑っている気がした。
普通では気付かないような変化だったが、ミアにはしっかりと伝わって来た。
これは自分の好きにしていいと判断して、好きなように言うことにした。
「これから日中はほとんど一緒にいることになるのですから、そのような硬い口調だと疲れてしまいます。敬語を無くしてください、とは言いませんが、せめてもう少し砕けてもらえないでしょうか?」
「し、しかし・・・・・・」
ミカゲはうろたえたように、ちらりとフローリアの方を見た。
雇い主であるフローリアの前にして、そのようなことをしていいのかと不安になったのだろう。
「ミカゲ、其方は確かにミアの護衛であるが、侍女としての役目も多少はあるのだぞ。主の希望に沿うのも侍女としての役目だ」
フローリアがそう言うのを聞いてから、もう一度ミカゲは頭を下げた。
「しかし・・・・・・わかりました。出来るだけ希望に沿うように、努力いたします」
「そうしてください」
今はまだそれで十分だというように、ミアも頷いた。
まだ会って数分しかたっていないのだ。
いずれは慣れてきてくれるだろうという考えもある。
「それから、勘違いしているようだが、其方の雇い主は私ではなくミアだ。よってこれからは一々私の確認を取るのではなく、ミアの指示に従うように。雇い賃はミアの小遣いから出ているしな」
「かしこまりました」
「え?! き、聞いてないよ!?」
フローリアの言葉に素直に頷いたミカゲに対して、ミアは驚いたように目を見開いた。
「勘違いするな。其方が王族として活動できるように設けられている予算の中から出しているだけだ」
「む、むーっ。何か納得がいきません」
そんな予算があること自体、初めて聞いたミアなのであった。
というわけでミカゲちゃんの登場です。
今までいるようでいなかった(?)、無表情ちゃんです




