(1)フロレス王国の事情
前半説明回(その1)
※今章は、ラゼクアマミヤが建国してから七年後に時間が戻っていますので、ご注意ください。
フロレス王国マクシム王は、現在一通の書面を前にして、内心で頭を抱えていた。
心境としては来るべきものが来たか、という思いもあるのだが、それでもどうにかできないのかと思うのは仕方のないことだろう。
父王が引退を宣言してから既に七年。
順調に内政を進めて周辺諸国とも大きなトラブルを起こすことなくやってこれた。
だが、今まで穏やかだった国内がこの知らせをきっかけに騒がしくなる可能性がある。
出来ることならもう少し待ってほしいと言うのが本音だが、そうできない理由も察していた。
書面の相手にも事情があるのだ。
むしろ良く今まで抑えて来たな、と感謝したい程だ。
その書面は隣国のアイリカ王国からの物だった。
書面を書いているのは、オッシアン国王である。
現在は戦争といった大きなトラブルも起こすことなく、ごく普通の関係にある。
先代であるフィリップとオッシアン国王が、これ以上の過ちは起こしてはならないと関係改善に関して並々ならぬ努力を続けた結果が今の関係だ。
マクシムもまたその努力を無に帰すことなく、父の意思を継いで余計な戦火は起こらないように気を配っている。
その努力の一つが、両国の国王の間でやり取りが行われている「親書」という事になる。
ほとんど文通相手並みに親書のやり取りをすることによって、お互いの誤解をなるべく減らすために行われているのだ。
大きな出来事が無い時は、ごく普通の私信のような内容になったりすることもある。
今回送られてきた親書は、ごく普通の世間話のような話の中にとある文言が紛れんでいた。
その内容は、ラゼクアマミヤに関わることだった。
正確には、アイリカ王国内にクラウン支部を作ることが今年中に正式に決定しそうだ、という事が書かれていたのだ。
オッシアン国王が、わざわざその内容を親書で知らせて来たことにはきちんと意味がある。
まず、ラゼクアマミヤの国王は、マクシム王の姪にあたるフローリアなのだ。
その血縁関係を通り越して、フロレス王国よりも先にアイリカ王国がクラウン支部を先に作ることに懸念を持たないようにしているのだ。
そもそも公式の立場では、ラゼクアマミヤとクラウンは国家とそこで活動している一組織に過ぎない。
だが、この世界で国を運営している関係者にとっては、ただの国家とギルドの関係だと考えている者は誰もいないだろう。
何しろどちらも興ることになった直接の原因は、現人神が関わっているのだから。
その繋がりを考えれば、両者が密接な関係にあることは、誰でも推測できるだろう。
そのため、その内の一方であるラゼクアマミヤの女王との血縁関係にあるマクシム王に配慮を示して来たのだ。
そもそもの問題は、いつまで経っても国内にクラウン支部を作ることが出来ないでいるフロレス王国側なのだ。
原因はいくつもあるが、その最大の要因は転移門の存在にある。
クラウン支部の設置に際して、スタッフが使うための転移門がフロレス王国において脅威になり得ると主張する者達が絶えないのだ。
それもそうだろう。
何しろ遠く離れた大陸であるはずのセントラル大陸から一瞬で人員を送り込むことが出来るのだ。
実際にそう言う利用方法はしないと明言していても、疑うのが国家としての当然の事だ。
むしろ軍部がそう主張して来ない場合は、そちらの方が問題だろう。
南大陸のスミット王国では、それらの問題を全て受け入れた上でその後も上手く取引が続いている。
だが、彼の国の場合は、フリエ草と言う特殊な事情があった。
そうした事情を持っていないフロレス王国が、転移門の問題をクリアできずに長々とここまで議論が続いているのもある意味当然なのであった。
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高官たちが集まる会議で、マクシム王はアイリカ王国での動きを伝えた。
すると、予想通りと言うべきか、クラウン支部の受け入れに関して再び議論が沸き起こることになった。
反対側の意見では、そのままの条件で受け入れることが出来ないという主張している。
だが、クラウン側は転移門使用の条件を変えることは一切しないと言ってきている。
転移門の使用方法に懸念を抱いているのはお互い様なのだ。
「とにかく、一方的にクラウンが転移門を使用できる条件は認められない!」
そう主張するのは、軍の役人だった。
軍部が主張しているのは、いざと言うときに多くの軍人を送り込めるようにするために人数制限枠を拡大できるように主張しているのだ。
転移門を設置するのを渋っているのではなく、むしろ逆なのだ。
「それは、クラウンが認めるはずがないと何度も言っているではないですか」
反対の軍部に対して主に賛成しているのが、交易に関わる部門だ。
転移門を通して直接来るセントラル大陸の交易品は、彼らにとっては非常に魅力的なのだ。
かといって、反対している相手が軍部ではさほど強い主張をすることも出来ない。
クラウン支部の設置が国に利益をもたらすことは分かっているが、軍部が主張していることも理解はできるのだ。
そもそもクラウンに許可を求めて意味があるのかという意見は出ていない。
転移門がアマミヤの塔の機能であることは知られているのだが、クラウンを運営しているのが塔の管理をしている者だという認識があるので、クラウンの許可さえ取れれば転移門の問題も片付くと思われているのだ。
「こうなってくると、あの大陸の特殊な体制が逆に足を引っ張りますな」
両者の議論を見ながら、マクシムの隣に座っていた宰相がそう呟いた。
将軍の頭の中では、政治的にラゼクアマミヤを使ってどうにかクラウンの意見を変えさせようと考えているのだろう。
つまりは、フローリア女王がクラウンに圧力をかけてこちらに有利な条件を飲みこませるということなのだが、ラゼクアマミヤの特殊な政治体制がそれを難しくしていた。
セントラル大陸以外の王政を敷いている国家では、王を狙って直接意見を変えさせるだけではなく、周囲にいる貴族たちを使って圧力を掛けることが出来る。
その貴族が高位であればあるほどその方法は有効になる。
だが、ラゼクアマミヤに限って言えばその方法はほとんど有効にはならないのだ。
セントラル大陸にも貴族と言う物は存在している。
しっかりと爵位と言う物もあるのだが、その爵位はラゼクアマミヤとは厳密には関係ない物なのだ。
爵位と言うのは本来、国の王が授ける物になる。
他の大陸ではその原則に従って爵位が与えられているのだが、セントラル大陸ではそうではない。
何しろ、ラゼクアマミヤという国家、すなわち王家が存在する以前から爵位は存在していたのだ。
ラゼクアマミヤが誕生するまで王が存在していなかったセントラル大陸に爵位が存在しているのには、歴史的な事情がある。
各大陸にある国がそれぞれの影響力を示すために爵位を名乗ることを許したとか、他大陸からの圧力をかわすために爵位を名乗るようになったなど理由は様々な理由がある。
だが、その爵位はそれぞれの町や村に依存した物になる。
他の町や村に行った時は、○○町の○○男爵と名乗る、あるいはそう認識するのがセントラル大陸における普通なのである。
ラゼクアマミヤが建国してからもその爵位制度は全く変わらなかった。
普通であれば、一度そうした爵位などは取り消しさせて、フローリア女王が爵位を授けるかと思っていたのだが、ラゼクアマミヤはその方法を取らなかった。
爵位を返上させることによって貴族たちの反発するのを恐れたとか、それによって内乱に発展するのを恐れたなど外では色々言われている。
どれが正解かはフローリア女王は公表していないが、マクシム王はどれも正解ではないかと考えている。
何しろ国が誕生してから今まで、周辺の町や村を組み込むにあたって一度も反乱らしきものが起こっていないのだ。
普通に考えればあり得ないことである。
その理由は、町や村を治めていた貴族たちの身分(爵位)を保証したためだというのが、各国の分析だった。
その分、フローリア女王の国内における力は他国と比べると弱いはずなのだが、現人神から信任されている女王の力が他国と比べて衰えているという事は全くない。
逆にその特殊な政治体系が、それ以外の国の影響力を受け入れ難くしていた。
宰相が考えていたように、セントラル大陸で貴族とされる者達に金なり利権をもたらして離反や反対意見を持たせたとしても女王は何ら痛痒を感じないのである。
勿論、いきなりすべての町や村がラゼクアマミヤから離反したりすれば、それは大打撃と言えるがそれは現実的であるとは言えない。
精々が一都市の貴族たちに働きかけが出来るかどうかと言った所なのだが、ラゼクアマミヤにとってはその程度は大したことが無いのだ。
御膝元の塔の中の街を離反させることが出来れば話は別だが、そんなことは出来ない。
何しろあの町は女王の直轄地の扱いなのだ。
最初から女王に意見できるのであれば、わざわざそのような迂遠な方法をとる必要が無いのである。
また、クラウンの問題に関しては、女王を使って働きかけをしたとしてそれが有効かどうかは微妙な所だった。
あくまでも表向きは、国内で活動している一組織であるクラウンだが、現人神の信任を受けて組織を運用しているという点に置いては、女王と同じなのである。
ましてや、国家を脅かすような提案を女王が受け入れるはずもない。
結局のところ、クラウンを受け入れるための条件を変更させるのは非常に難しいという事になる。
「・・・・・・それでも、そんなことは出来ないと国内に突っぱねられないのは、面倒なことだな」
周囲にいる高官たちに聞こえないように思わず呟いてしまった言葉は、隣にいた宰相にはしっかり聞こえていたらしく、同意するように重々しく頷かれるのであった。
次はアイリカ王国側からの話になります。
フロレス王国がこれだけ反発があるのに、なぜアイリカ王国が受け入れ態勢が整ったのか、という話です。




