(12)奇跡の子
世界樹へ向かっていた考助が、エルフの里を歩いているとトワと近い年齢の子供が駆け寄って来たのが見えた。
どうやらその子供は、考助の隣を歩いているコレットを目指してきているようだった。
「あの子は?」
首を傾げた考助が、コレットに聞いた。
「あれ? 会ったことなかったっけ? この塔で初めて生まれた子供よ」
「ああ、そうか、あの子が。いや、赤ん坊のころは会ったことがあるけど、大きくなってからは一度もないな」
考えてみれば、エルフの里で子供の姿を見るのは、これが初めてだ。
世界樹の麓にエルフの里が出来てから約十年。
既に十人の子供が生まれているとコレットからは聞いている。
ペース的には一年に一人の割合だが、一年の間に複数生まれたり、全く生まれなかったりもするので、毎年生まれているわけではない。
考助の感覚で言えば少ないと思ってしまう数だが、エルフ達にしてみればあり得ない程のペースだという。
特に塔の世界樹を目指して来たエルフ達は、塔に来る前の十年は一人も子供が産まれていなかったのだ。
エルフ達にはその住人の子供たちは、奇跡の子達と言われていたりする。
彼らの様子を見ている限りでは、今生まれてきている子達が子を産んで世代が交代するまでそう呼びそうな勢いだった。
ただし、エルフ達は賢明なので、子供たちをむやみに持て囃したりはしていない。
しっかりとエルフらしい躾は行われているので、子供たちは順調に育っている、と言う所まで考助は聞いていた。
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「コレット様、こんにちは!!」
「はい。こんにちは」
お互いに挨拶を交わした子供とコレットだったが、その子供はチラチラと考助とミツキを見ていた。
この里にエルフ以外の者が来るのは非常に珍しいことなので、気になっているのだろう。
「ほら、ソラナ。ちゃんと挨拶しなさい。この方がコウスケ様よ」
「!!!!?? は、初めまして、ソラナです」
コレットの紹介に目を白黒させたソラナは、慌ててぺこりと頭を下げた。
大人たちから考助のことはよくよく言い聞かされているのだ。
この里にいるエルフ達にとって現人神となった考助は、精霊神であるスピカと森の神に次いで重要な神になっていた。
塔以外のエルフ達と交流があるわけではないので、考助の偉業を伝えられないのが非常に残念だと里の長が言っていたのを考助は苦笑して聞いたくらいだ。
考助自身は多くの信者の信仰が欲しいと思ったことは一度もないが、神として信仰するのを止めろと言うつもりもない。
自分自身の中で神になったことに折り合いをつけた時点で、そうした声も受け止めるようになっていた。
「初めまして」
自分を前にして非常に緊張していることを察した考助が、視線をコレットへと向けた。
いきなり神様と会ったソラナが、緊張のし過ぎで他の大人たちを怒らせるようなことをする前に退散させようとしたのだ。
コレットはその視線を受けて一つ頷いた。
「ソラナ。他の子達はどうしたの?」
「皆は、先生のところでお勉強。私は今日はもういいって先生が言ってたから・・・・・・」
「そう。それじゃあ、リレース様の所に行ってコウスケ様が来たって伝えてくれる?」
コレットがそう言うと、あからさまにホッとしたような表情になったソラナが、一度だけ考助に向かって頭を下げてそのまま長のいる屋敷へと駆けて行った。
それを見た考助は、複雑な表情になっている。
「あそこまであからさまな態度になると、微妙な気持ちになるね」
考助の言葉に、コレットはくすくすと笑った。
「そう言ってあげないでよ。丁度あの年頃だと、色々なことが分かってくる頃だもの」
自分が引き起こした結果によっては、大人たちからお叱りを受けることを理解している年齢なのだ。
相手が神となるとそれが特大の事だという事は、しっかりと分かっている。
だからこそ、あんな態度になってしまうのだろう。
これが何度か会っているのであれば話は別だが、今回が初めてだったのだ。
ソラナが今のような態度になってしまうのも致しかた無いだろう。
・・・・・・という事を頭では理解していても、気持ちの中で寂しく思ってしまうのは、未だに人間としての感情が残っているためだろうか、と考えてもしかたのないことを思う考助なのであった。
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子供の足でも間に合うように、ゆっくりと歩きながら考助達はリレースの屋敷へと向かった。
屋敷と言ってもヒューマンの貴族たちが使うような広い家が建っているというわけではない。
数十人のエルフ達を集めて宴会が出来るような広さの広間があるくらいだ。
外との交流が無いので、客人を泊めることもほとんどないので多くの客室などは必要ないのだ。
「ようこそいらっしゃいました、コウスケ様」
辺りを散策するスピードで歩いてきた考助達だったが、どうやらソラナの伝令は間に合ったようだった。
屋敷の扉の前に着くとリレースとソラナが立って出迎えてくれていた。
相変わらず緊張しているソラナを横目で見ながら、考助はリレースへと頷いた。
「リレース、久しぶりだね」
「そうですね。できればもう少しこちらにも顔を見せてもらえるとありがたいのですが」
リレースがそう言うと、考助は苦笑を返した。
塔に暮らしているヴァンパイアやサキュバスたちもそうなのだが、考助が顔を見せるとものすごい歓迎ぶりを見せる。
それぞれの町や里が、貧しいとは言えないが裕福とも言えない暮らしをしていることを知っている考助としては、そうそう頻繁に顔を見せるわけにもいかないと思っていたりするのだ。
リレースもそれがわかっていて敢えて言っている。
この十年の間で続けられているいつもの気軽なやり取りのような物だ。
「まあ、いろいろあるからね」
この返答もいつもと変わらない挨拶の一部となっている。
リレースもそれを受けて笑顔を見せた。
「そうですか。では、いつまでもこんな場所で話していても仕方ないですから、中に入りましょうか」
リレースはそう言って、考助達を屋敷の中へと誘うのであった。
「それで、今日は何かございましたか?」
屋敷に入ったリレースはそう切り出した。
ソラナは既に解放している。
彼女の緊張の度合いを見たリレースが、すぐに他の子達の様子を見てくるように言いつけたのだ。
しばらく戻ってくることは無いだろう。
「いや、特には無いよ。先日、偶々ほかの階層の様子を見たからエルフ達の様子も見に来ただけ」
他の階層と言うのはヴァンパイア達の事だ。
「そうでしたか。特に問題もなく皆、順調に過ごしていますよ。何より子供たちが元気に遊ぶ声が聞こえてくるだけで、活気に満ちている気がします」
「そう。それはよかった」
子供の声が聞こえない町ほど未来が見えない所は無いだろう。
長い間それを経験して来たエルフ達は、考助以上にそれを実感しているのだろう。
「エセナ様も順調に成長しているようですので、何の憂いもなく日々を過ごしています」
「そう。不足している物とかはない?」
エルフの里は、精霊術が得意なエルフの特技を生かした商品をコレットやシェリルを通して卸している。
その収入から必要な物を手に入れたりしているのだ。
「特にありませんね。エルフは基本的に自給自足を行っていますから」
生活のために必要な食糧の種子などは既に手に入れていた。
それも十年で既に安定して生産できるようになっている。
これも世界樹であるエセナの恩恵だと、リレースがそう言って笑うのが印象的な考助なのであった。
エルフの里で生まれた一人目の子供でした。
彼女も順調に育っています。




