(5)蹂躙戦
当初は緊張していたソルだったが、いざリーダー種を前にするとそんな物は吹き飛んでしまった。
コウヒとミツキの二人からは、周りのモンスターは気にせずリーダー種だけに集中すればいいと散々言われていた。
おかげで、周りの事はほとんど気にせずリーダー種だけに思いっきりぶちかましている。
勿論、全く周囲の様子を無視しているわけではない。
そんなことをすれば、何が起こるかわからないからだ。
元がオーガとは言え、リーダー種が周囲の状況を利用して戦闘をするのは当然のことなのだ。
もっとも、ソルも元はゴブリンだ。
人間が決めたリーダー種や等級の区別など、ほとんど意味がないのである。
戦闘に関しては、本能に任せて行っていた。
本来であれば、オーガキングが元になっているリーダー種は、ソルの手に負える敵ではない。
だが、そこはそれ。
危なくなれば、しっかりとコウヒやミツキのフォローが入っていた。
状況からすれば、リーダー種はコウヒやミツキのことも気にしながらソルの相手をしている感じなのだ。
上手く攻めきれない状況に、リーダー種はオーガ本来の力任せの攻撃になってきていた。
一気にソルを片づけようという魂胆なのだろう。
当然そのような隙を見逃すソルではない。
ただし、隙とは言っても一気に決められるような状況になったわけではない。
何よりリーダー種が力重視に切り替えたおかげで、一発でも攻撃が当たれば逆転されるような状況である。
一進一退なのは変わらないのであった。
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「一体、何が起こっているんだ?」
思わずアベラルドは、そう呟いた。
「思った以上に見た目が派手だったな」
呆然とするアベラルドの隣で、フローリアが呆れた表情になっていた。
彼らが今いる場所は、拠点を置いていた場所からさらに大氾濫が発生していた場所へと近づいていた。
出来る限り管理者の戦闘を見守るのと、何かあった場合にすぐに状況を把握出来るようにするためだ。
いくら塔を攻略した者達とは言え、一瞬で数千のモンスターを討伐できるわけではない。
その間にリーダー種が討伐されれば、混乱の中逃げ出すモンスターも出てくるだろう。
そうしたモンスターが散り散りになって逃げだした場合などは、自分たちの出番となると考えたのだ。
だが、その予想は見事に裏切られることとなった。
フローリアが考助から戦闘開始の連絡を貰ってすぐに、監視していた森に変化が起こった。
モンスター達がいる場所を覆うように、薄い赤色の幕のような物が現れたのだ。
魔法に長けた者達から、それが結界であることがすぐに告げられた。
考助が塔の機能を使って、モンスター達が逃げられないように結界で覆ったのだ。
本来結界には色など付いていないのだが、結界の外で展開している部隊に分かりやすいようにわざわざつけたのだ。
「隊長、分かっていると思うが、あの結界には余計な手出しは無用だぞ?」
手を出したからと言って何かが出来るわけではないが、フローリアは念を押した。
部隊の中には、余計なことをする者が出てくるかもしれないと考えたのだ。
今は、冒険者との混成部隊になっているためなおさらだ。
「し、しかし・・・・・・!」
いざというときは部隊を動かすことを考えていたアベラルドだが、フローリアは首を振った。
「其方は、管理者側の戦闘力をまだまだ過小評価しているようだな」
鋭くそう言ったフローリアに、アベラルドは息を飲んだ。
「まあいい。見ていれば、その力の一端がわかるだろう。とにかく黙って見ているがいい」
フローリアはそう言って、その視線を再び森へと向けるのであった。
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ソルがリーダー種を引き受けている間、ナナが率いる狼達の部隊は、周囲のモンスターを片づけていた。
今回ナナが率いている狼達は、普段第九十一層で上位ランクのモンスターを討伐している者達だ。
高くてもCランク程度のモンスターでは、小さな損害を与えることさえできないだろう。
狼達の戦いぶりはまさに蹂躙と言った感じだった。
狼達の中には、Cランクのモンスターには及ばない個体はいる。
だが、狼本来の集団戦を十分に活用して、ほとんど苦戦らしい苦戦をすることもなくモンスター達を次々と葬っていた。
モンスター達は、リーダー種を中心に扇形に展開していた。
狼達は、その中心から外側に向かってモンスター達を片づけて行っていた。
リーダー種は、ソルとの戦闘で手いっぱいで指示などは一切できない状態だ。
周りにいた側近たちもコウヒとミツキにあっさりと片づけられている。
指示が全くない状態でモンスター達は混乱の極みにあった。
だが元はモンスターなので、集団での動きは出来なくても個別に対応することは出来る。
襲って来る者がいれば、個々に対応していくことになる。
この時点でナナ達の攻撃は、大氾濫の弱点をついた物になっていたと言って良いだろう。
大氾濫の特徴は、本来連携するはずのないモンスター同士が組んで攻撃してくることにある。
その連携をリーダー種が指示を出すことによって成り立つのだが、先の通り現在リーダー種はソルの相手で忙しいため指示を出すことが出来ないでいる。
そのため連携が全くない状態になっているのだ。
その状態であれば、数が多いだけで普段通りのモンスターを相手にしているのとほとんど変わらない。
次々にモンスターを片づける仲間たちを見たナナは、集団の指揮を別の者に任せて自身も戦闘に加わることにした。
考助からは遠慮しなくても良いと言われている。
お墨付きをもらったナナは、本来の力を解放して楽しそうにモンスター達の中へと突っ込んでいくのであった。
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そのモンスターに最初に気付いたのは、森の様子を見ていた斥候達だった。
彼らはその高い能力で、遠くで戦闘をするナナに気付いたのである。
「あ、あれは何だ?!」
信じられない勢いで周囲にいるモンスター達を討伐する狼の姿に、斥候達は戦慄した。
次々とモンスターを片づけていく姿は、神々しくさえ見えた。
その戦闘の様子は、斥候達から伝えられ他の者達にも気づかれていく。
指揮所にいたフローリアたちにも、その様子は伝えられることになった。
その光景を見たフローリアは、すぐにモンスターを蹴散らしている狼がナナだと気付いたが、名前を口に出すことはしなかった。
ただし、全ての情報を隠すつもりはない。
それに関しては、ある程度事前に考助とも話をしていた。
「あ、あれは・・・・・・?!」
隣で驚いているアベラルドに、フローリアは伝えていい情報だけを言うことにした。
「其方は聞いたことが無いか? モンスターとの戦闘中にどこからともなく現れる狼の噂を」
「はっ!? いや、しかしあれは・・・・・・」
ただの噂では、と言おうとしたアベラルドに、フローリアは首を左右に振る。
「中には嘘もあるだろうがな。一部は事実だ。その狼が、今闘っているあれだな。勿論、管理者が従えている狼になる」
「あ、あれが・・・・・・!?」
二重の意味で驚くアベラルドに、フローリアはさらに爆弾を落とした。
「そうだ。あれでもまだ実力の半分も出していないな」
フローリアの言葉に、アベラルドは言うべき言葉を無くしてしまった。
今でさえ、縦横無尽に暴れまわっている。
中には自分でも一対一で戦えば、負けてしまいそうなモンスターさえほとんど一撃で倒している。
それでも実力の半分とは、冗談としか思えなかった。
次々とモンスターを討伐する狼に加えて、次第に他の狼達の姿を見せるようになってきた。
こちらの狼達は、それこそ狼らしく集団でモンスターを討伐して行っている。
「あちらは?」
「狼は群れる生物だぞ? 当然配下の者だ」
あっさり答えるフローリアに、アベラルドも周囲の部下たちも言葉を失って戦闘の様子を見守ることになるのであった。
ソルの活躍を書くはずが、狼無双になってしまいました。
な、なぜ!?
つ、次こそは・・・・・・。




