(3)伝令
討伐軍と冒険者の混成部隊は、第四十一層にある転移門の傍に部隊を展開していた。
何かあってもすぐに転移門を使って逃げ込むことが出来るようにしているのだ。
いざとなれば、転移門を閉鎖することも出来ると言われている。
勿論、女王からの情報である。
この時点で、管理者であれば自由に転移門の操作が出来ることが知られてしまっているのだが、それは特に問題が無い。
この十年、少なくとも冒険者が活動している範囲内では、転移門が閉じられたことが一度もないのだ。
十年という期間だが、既にそれが実績となって信頼されているのである。
ましてや、大氾濫という異常事態に転移門を閉じてしまうというのは、運営としては普通に納得できる話である。
塔で稼ぎを出しているラゼクアマミヤとしては頭の痛い問題ではあるのだが。
そうならないためにも、今回の大氾濫は解決しなければならない問題なのである。
そんな決意と共に出撃して来た討伐軍の千人隊長であるアベラルドは、国から来た「待て」の指示に戸惑っていた。
なるべく早く現地に着いて、討伐を開始するというのが当初の予定だった。
人数の多い移動になるので時間がかかるため、どうしても少人数で行動する冒険者のようにはいかない。
今回同行している冒険者たちもそれは同じだ。
パーティ単位で行動しているならともかく、集団で移動するとどうしても時間はかかる。
それがわかっているため、アベラルドはフローリア女王から「出来るだけ早く」と指示を受けていたし、実際そのように行動していた。
そんな中での「待て」の指示に、不思議に思わない方がおかしいだろう。
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上からの指示は、当然冒険者部隊にも伝えられた。
そして、その指示を受け取った冒険者部隊の部隊長であるヘルマンがアベラルドの元へと訪ねて来た。
表情を見れば、何を言いたいのか一目瞭然である。
ちなみにヘルマンは、現在のセントラル大陸における冒険者のトップグループの一人だ。
冒険者達の間でも人気が高いため、今回の部隊長に抜擢されていた。
「どういうつもりなのか、お伺いしましょうか」
そんなヘルマンの第一声がこれだった。
慇懃無礼という言葉が似合う態度である。
普段はこんな物言いをする人物ではないのだが、流石に今回の事は腹に据えかねたらしい。
アベラルドも内心では、無理もない、と思っているが、それを表に出すことはしない。
内心ではどうあれ、アベラルドは国に属する立場だ。
良く言えば自由、悪く言えば気楽とも言える冒険者とは、背負っている者が違うのだ。
だが、この場合アベラルドも言えることは、そんなに多くはない。
どういう事か聞きたいのは、アベラルドも同じなのである。
「どういう事なのか、聞きたいのは私も同じなのだよ、ヘルマン殿」
アベラルドの言葉に、ヘルマンは眉を顰めた。
「何?」
「つい先ほど国から待てと言う連絡が来た。上からの指示である以上、こちらとしても従わざるを得ない」
特に秘匿されている情報ではないため、アベラルドは隠すことなく素直に言った。
ついでに言えば、ヘルマンは下に伝えるべき情報とそうでない情報をきちんと分けるくらいの分別は持ち合わせている人物である。
そうであるからこそ、部隊長にも選ばれているのだ。
「そういう事か。だが、何故だ? 上の暴走か?」
ヘルマンの直接的な物言いに、アベラルドは眉を顰めた。
周りにいる官僚はともかく、フローリア女王に関してはアベラルドは大きい信頼を寄せている。
「それはない。フローリア女王は、戦術に関しては、俺以上だ」
「そこまでか」
冒険者としての名声を勝ち得ているヘルマンだが、直接フローリア女王を目にしたことは無い。
いずれはあり得るかもしれないが。
「おう。それだけは自信を持って言えるぞ」
ヘルマンと付き合って話をしているためか、段々とアベラルドの言葉が崩れて来た。
冒険者との付き合いが深いアベラルドは、こうした物言いになることがほとんどなのである。
「だとすれば、理由は何だ?」
「流石にそれはわからんな」
アベラルドがそう言った瞬間、二人がいる天幕の入口が勢いよく跳ね上げられた。
慌てた様子で、部下の一人が入って来た。
この場は戦場に等しい。
急ぎの場合は、礼儀など吹き飛ばされるのだ。
だが、そう言うときは緊急の事態が発生したという事だ。
「どうした? 何か変化があったか?」
「い、いえ。申し訳ありません。突然のことに慌てました」
そう前置きをする部下に、アベラルドは不思議そうな表情になった。
モンスターの方に変化が無いと知れば、何で慌てるような事態になるのかが分からなかったのだ。
だが、アベラルドのそのような気分も、次の部下の言葉に吹き飛んだ。
「じょ、女王様がいらしました」
「・・・・・・何!」
一瞬何を言ったのか分からずに、アベラルドが問い返す。
「ですから、フローリア女王がこの拠点へいらしたのです。もうすぐこの天幕にいらっしゃいます!」
その言葉に、アベラルドもヘルマンも頭が真っ白になった。
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アベラルドとヘルマンの表情を見たフローリアは、楽しそうな表情を浮かべた。
その二人以外の者達も似たような表情になっている。
「そんな表情をするなアベラルド。折角のイケメンが台無しだぞ?」
そんなことを言われたアベラルドだったが、表情を変えることはしなかった。
例えば城などでこのような表情をすれば、貴族たちがあれよあれよと皮肉を言って来るだろうが、ここにはそのような者達はいない。
女王がこの場に居ることを非難するこそすれ、アベラルドを責める者はいないだろう。
表情を変えないアベラルドに、フローリアはため息を吐いた。
「全く。折角私自ら情報を持って来たのに、そのような顔をするな」
「そのようなことは、部下にお任せしてください」
速攻で答えるアベラルドに、周りの幾人かが同意するように頷いていた。
普通の国家の軍人であれば、王に対してこのような態度を取れば首をはねられてもおかしくはない所もある。
だが、フローリア女王はそのようなことをするつもりはない。
良くも悪くもこれがラゼクアマミヤでの普通なのである。
「そうは言ってもな。この情報に関しては、私自身で伝えないと信憑性が無くなりそうでな」
フローリアの言葉に、初めてアベラルドの表情が動いた。
女王自ら運ばなければならない情報というのが思いつかなかったのだ。
そんなアベラルドを余所に、フローリアは視線をヘルマンへと向けた。
「そこにいるのは、ヘルマンか?」
初めて会うはずのフローリアが、すぐさまヘルマンのことを見破った。
如何にも冒険者然としているヘルマンだが、数百人いるはずの冒険者の中からヘルマンのことを見破ったフローリアは流石と言えるかもしれない。
「はっ!」
国のトップに突然視線を向けられたヘルマンだったが、流石というべきか若干うろたえたもののすぐに返答を返した。
そんなヘルマンに頷きつつ、フローリアは少しだけ間を置いてここまで来た理由を話し出した。
「先付けで伝令を飛ばしたが、行軍を止めた理由をきちんと話さないとならないだろう?」
それはその通りなのだが、その程度の事で女王自ら動く理由にはならない。
アベラルドは、すぐにその理由が一級の情報を持つという事に気付いて、その視線をヘルマンに向けた。
ヘルマンもその意味を分かったのか一つ頷いた。
フローリアは、そんな二人を見て内心では二つの部隊間では、少なくともトップ同士では意思疎通が出来ているらしいと満足していた。
そんなことをおくびにも見せずに、フローリアはさらに言葉を続けた。
「今回の大氾濫だがな。事態を重く見た塔の管理者側が、直接動くことになった」
思ってもみなかった言葉に、その場にいた全員が一瞬呆けることになった。
「・・・・・・へっ!?」
そして、フローリア女王が言った言葉の意味を理解した者達が、驚愕の表情を浮かべることになったのである。
フローリア自ら出張ってきました。
表向きの理由は、情報の重要性の為ですが、本当はこの後出てくるメンバーの戦闘を見たかったためですw




