(3)要求
執務室で政務に励むフローリアの元に、宰相であるアレクがやって来た。
「フローリア女王、北で動きがありました」
実の父親とはいえ、今は公務の最中だ。
周りの目がある状態では、きっちりとした態度をとるようにしている。
「何? 北でか?」
首を傾げつつフローリアは、アレクから報告書を受け取った。
アレクがこうして持ってくるのは、デフレイヤ一族が持ってくる裏の情報ではなく、文官たちからもたらされている表の情報だ。
デフレイヤ一族の情報は、アレクが代官だった頃とは違い、フローリアがその役目を引き継ぎ、直接渡されることになっていた。
報告書に目を通したフローリアは、スッと目を細めた。
「我が国への傘下入りの打診あり、か」
フローリアの呟きに、周囲で作業していた文官たちが顔を上げた。
独り言という体を成しているが、わざと聞こえるように呟いたのだ。
言ってはいけない情報をわざわざ口に出して言うほど、フローリアは脇が甘くはない。
報告書を持って来たアレクも、当然中身を知っているからこそこうして目につくように持ってきているのだ。
そもそも表に出してはいけない情報は、このような形で堂々と持ってきたりはしない。
周囲の視線が集まるのを理解しながら、アレクが報告書には無い情報を話し出した。
「まだ非公式で、相談という形を取ったらしいがな」
「なるほど。一応、あちらの大陸には気を使っているつもりなのだな」
今まで一度も北の街からは、傘下入りの話を打診されたことは無い。
ラゼクアマミヤとしても、北の街の裏に北大陸の十教会がいることは当然把握している。
その上で、北大陸の資源や特産物を北の街を経由して仕入れられれば、それはそれでよかったのだ。
ラゼクアマミヤからすれば、北の街は北の大陸の勢力を抑える良い防波堤の役割という認識だった。
十教会がこれまでラゼクアマミヤに対して敵対、まではいかないまでも潜在的に敵視していることは分かっているので、わざわざ藪をつつくつもりはなかったのである。
だからこそ北の街への傘下入りの打診も積極的に働きかけたりはしていなかったのである。
「まだ裏付けの取れていない情報ですが、どうやら援助が減額されたらしいですな」
アレクの言葉に、フローリアが眉をピクリと動かした。
「なんだと?!」
北の街が十教会から援助を受けていることは、公然の秘密となっている。
十教会側も隠す気が無いのか、その話を否定することすらしていなかった。
ラゼクアマミヤとしては、そうした繋がりで北の街が存続出来るのであれば、特に問題は無いのだ。
だが、その援助が減額されるとなると話は別になってくる。
「・・・・・・なるほどな。だからこその打診か」
「そういうことです」
「今更ながらに、あそこの街ももっと上手くやれなかったのかと思うな」
「それは仕方ないでしょう。どうにも商売が下手すぎます」
アレクの率直な感想に、フローリアは苦笑した。
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北の街という立地条件を考えれば、もっと上手く立ち回れば援助などを当てにしなくても今の規模の街は、発展することは叶わずとも普通に維持すること自体は出来たはずである。
その上で、十教会の援助を使って上手く人口を増やすことも出来たはずなのだが、北の街は昔から援助されることに慣れきっているようで、特色らしい特色を作ろうともしなかった。
その結果が、今回の事に繋がっているのだから、フローリアに言わせれば馬鹿らしいの一言である。
もっとも、そんなことをこの場で口にするほどフローリアは愚かではない。
北の街がそんな状態であることをラゼクアマミヤが放置していたのも事実なのだ。
勿論、いつかは北大陸からの援助が切れることを予想していたためでもある。
援助が切られれば、いきなり街を維持するための産業を育てることなども出来るはずもなく、街の規模が小さくなるのを待つか他の東西南の街のように、ラゼクアマミヤに組み込まれることを希望するのを期待していたのだ。
北の大陸の勢力に完全に組み込まれることも考えられるのだが、それは中々厳しいという予測も立てられていた。
そんな簡単に勢力圏にできるのであれば、とっくの昔に組み込まれているはずなのだ。
それが出来ないのは、いくら船での交通が発達しているとはいえ、やはり未だ距離の問題は大きいのである。
「商売は国家の重要な要素の一つだというのに」
そう嘆く側近の一人に、周りにいる同僚が頷いた。
「あそこは援助に慣れきって産業を育てることをしてこなかったからなあ」
彼らの言葉が北の街の全てを物語っていた。
生活をしていく上でのインフラを整えるなどの産業はあるのだが、特色のある産業などはほとんどない町なのだ。
例え新しい産業が出来たとしても、これ幸いとばかりに為政者たちが税として絞ってしまうので、新しい産業が発展することなど夢のまた夢という状態なのだ。
もしくは、商人たちが為政者たちに袖の下を渡してお目こぼしを貰っているか、である。
そんな状態であれば、まともな技術者が育つはずもなく街が成長するための産業は育っていないという結果になっている。
対してこの十年で順調に成長を遂げた東西南の街は、ラゼクアマミヤに組み込まれることによって、一時的に収益が落ちた。
国家に組み込まれたことにより、国に治める税金が出来たためだ。
だが、五年も経てば組み込まれる前以上の税を町から徴収できるようになっていた。
当然ながらラゼクアマミヤに納められる税金も増えている。
税が増えているという事は当然お金のやり取りも増えているという事で、結果として安定して人口も増えたというわけだ。
それに引きずられるように、周辺の町や村も規模が大きくなっている。
首都になってる第五層の街は、それ以上に急速に発展しているのだが。
ラゼクアマミヤへの参入を希望して来た北の街も当然この流れに組み込まれることを希望しているのだ。
「まあ、今の体質を続けられると困るので、当然こちらの要求は厳しくなるがな」
この時ばかりは、フローリアも悪い顔をして笑っている。
それに対して、文官たちも苦笑するだけか、もしくはフローリアと同じような顔になっている。
この十年全く寄ってくることさえしなかったのに、いざとなってすり寄られても困るのである。
幸いにして十年間の実績で、ラゼクアマミヤは北の街が無くとも十分だという事は証明できている。
わざわざお荷物になるような街を抱える必要はないのだ。
それを盾に、今の体質を改善するような要求を突き付けるつもりなのだ。
場合によっては、上層部を全て挿げ替えてもいいくらいだろう。
もっとも、そんなことをすれば反発が大きすぎるのでそこまでするつもりはない。
ただし、今までと同じように甘い汁を吸い続けることが出来ると思われては困るのだ。
北の街を本格的に組み込むとなると、その辺りのさじ加減が難しくなってくる。
はっきり言えば、足手まといになりそうな街はいらないという立場を示せれば、ある程度の要求は飲んでくれるだろうと見込んでいるのだ。
「細かい調整はこれからしていくとして、取りあえずこちらの要求はきちんと決めて行かねばなるまい」
アレクが文官たちに視線を向けてそう言うと、文官たちも同意するように頷いた。
「以前に検討した物があるので、それを調整してからお見せします」
「頼む。出来るだけ急いでくれ」
アレクの言葉に、文官たちが慌ただしく動き出した。
それを見送りながらフローリアは、ラゼクアマミヤにとっての大きな転換期が来るだろうと考えるのであった。
今話はラゼクアマミヤ側からの視点でした。
北大陸からの甘い汁で存続していた北の街。
ラゼクアマミヤでの生き残りを掛けてどのような選択をするのか?
そして、青の教会は?




