(5)研鑽
目の前には視界一面に白い砂の世界が広がっていた。
照りつける太陽の光が、周囲の温度をさらに高く感じさせる。
本来であれば、高い気温で活動が鈍るような環境の中、考助はミツキやコレットと共に妖精の力を試していた。
「爆炎!」
そうミツキの声が聞こえた瞬間、彼女の掌から炎の塊が放出される。
その塊が砂の上に置かれた箱を直撃する手前で、今度は考助が動いた。
「ノール、守って」
その指示に従い、ノールが現れたと思った次の瞬間に爆発音が辺りに響いた。
ミツキが放った魔法が起こした効果だ。
爆音とともにその魔法が当たった周辺の砂が周囲に飛び散った。
今回使ったのは、ミツキにとってはさほど強い魔法ではない。
とはいえ爆発地点の周囲一メートルほどは、爆発でえぐられていた。
だが、その中心部は何事もなかったように爆発前と同じ姿を保っていた。
中央には置かれていた箱がそのままの形でしっかりと残っている。
ノールが張った結界がきちんと働いた証拠だ。
ちなみに中央に置かれている箱はただのダミーで、何かが入っているわけではない。
「効果としては十分ね」
残った箱を確認しながら考助の隣にいたミツキがそう言って来た。
考助の前には無事に仕事を終えて喜ぶノールがいた。
そのノールにご褒美の神力を与えながら、考助はしっかりと箱を見据えている。
「範囲も力も全く問題ない無いみたいだね。良かった」
「指示したのは、イメージだけ?」
「うん、そう。きちんと伝わったみたい」
「普通は言葉で大体の指示を出したりするんだけどね」
コレットが若干呆れたような表情になった。
妖精や精霊の力を使う場合は、初めにきちんとしたイメージを渡さないといけない。
イメージをより具体的に伝えるために呪文だったり、言葉で指示したりしないといけないのだ。
その辺は通常の魔法や聖法と変わらない。
魔法や聖法には呪文短縮や無詠唱の技術がある。
精霊術にも勿論あるのだが、精霊や妖精を介する精霊術の場合は自らのイメージをきちんと伝えるために呪文は非常に重要な要素になっているのだ。
先程の考助のように、本来は一言だけで簡単にイメージを伝えることなどできないのである。
「その辺は、何となく?」
考助にしても具体的にどうやっているかなど答えられない。
自分が考えたイメージを神力を渡す時に妖精に伝えているだけなのだ。
ほとんど反射的にやっていることのなので、言葉にして説明するのは難しい。
「それなのに、妖精言語が使えないっていうのが分からないわね」
「うっ・・・・・・!」
そう。普通に妖精たちを使いこなしている考助だが、未だに妖精言語は使えないのだ。
もっとも妖精言語と名がついているが、妖精言語で会話が出来るのは精霊相手で妖精を相手にするときは普通に会話が成り立つ。
現に目の前にいるノームは普通に話が出来るのだ。
なぜ精霊言語と言わずに妖精言語となっているのかは不明だが、そもそも妖精も精霊も一般的には大差ないと思われていることも影響している。
使える力で言えば、精霊よりも妖精の方が強大なのだが、一般的に妖精を使える者が少ないので認知度が低いのだ。
さらに言えば、妖精を使える者達もさほど力が強い妖精が使えるわけではない。
結果として、妖精も精霊も大して違いが無いと、世間一般には誤解が生まれているのである。
「次は私がやってみるからミツキ、お願い」
「了解」
結果を確認した後は、コレットの番だ。
先程と同じようにミツキが魔法を使い、コレットが精霊術を使ってそれを防ぐ。
今度もきちんと箱は守れてている。
だが、コレットが使用した精霊術と考助がノールに出した指示には大きな差があった。
「そこまで呪文言わないと駄目?」
考助が一言で済ませた指示が、コレットの場合はしっかりとした呪文、といった感じになっていた。
「うーん・・・・・・。呪文を言わないときちんとイメージが伝えられる気がしないのよね」
「呪文が間に合わなかったら意味がないと思うけど?」
命のやり取りをする際に、長々と呪文を唱える隙などないため出来るだけ短くなるようにはなっている。
それでも呪文を唱えている時が大きな隙になることは間違いがない。
ついでに言えば、呪文が間に合わなければ全てがおじゃんになってしまう。
「そうなんだけど・・・・・・。間に合う呪文を選ぶのも技術のうちの一つなんだよね」
「ああ、そういう事か」
ついでに言えば、魔法でも聖法でも無詠唱の訓練をするよりは、短縮呪文でより高位の呪文を使えるようになった方が良いと考えられている。
其方の方がより早く大きい効果の呪文を選択できるようになるのだ。
勿論速度を選んで効果の低い呪文の無詠唱を取得する者もいるが、少数派になっている。
コウヒやミツキのように、無言のままバンバンと魔法を打ちあうことなどは出来ないのである。
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コレットとの違いを確認した後は、本格的にミツキとの戦闘訓練を行った。
勿論最初はお互いに手加減をしている。
主にミツキが、だが。
徐々に使用する魔法のレベルを上げていき、考助の反応速度を確認しながら魔法を撃っている。
その様子を見ていたコレットは、徐々に呆れたような表情に変わって行った。
最初は、まあ、あり得るかな、という気分で見ていたのだが、段々とシャレにならなくなっていった。
ミツキから放たれる魔法は、既に普通ではありえない威力の物になってる。
そのミツキが放っている魔法は未知の魔法というわけではない。
高位の魔法使いや聖法使いの中で探せば、使える者はいるだろう。
ただし、十分に時間をかけて詠唱すれば、という注釈がつく。
あるいは複数で組んで順番に放てば、同じような結果になるだろう。
もしこの光景を見て、ひとりが放っている魔法だと分かれば目を疑うだろう。
ただ、それ以上に目を疑うのは、それをしっかりと防いでいる考助の存在だ。
考助は妖精の力を使って防いでいるわけだが、強化した結界を張りっぱなしというわけではない。
ミツキに魔法を打たれるたびに結界を張りなおしている。
何故そんな面倒なことを、とコレットは疑問に思ったがすぐに納得した。
ミツキが撃って来る魔法が、考助の張っている結界とは合わない物なのだ。
きっちりと張り直さないと、あっさりと結界を貫通してくる。
そのためにわざわざ新しく妖精に指示を出して結界を張りなおしているのだ。
最初から全ての攻撃を防ぐ結界も張れるのだろうが、そのような隙をミツキが与えるはずもない。
結果として次々と魔法がはなたれ、それを防ぐという展開が続くのだった。
「こんなところかしら?」
まだお互いに余裕がありそうなところで、唐突にミツキが魔法を撃つのを止めた。
「そうだね」
同意するように考助も頷いた。
「まだまだ余裕がありそうだけど?」
近寄って来た二人に、コレットが首を傾げた。
「そりゃまあ余裕はあるけど、訓練だしね。わざわざぎりぎりまで追い詰める必要もないし」
「次の課題も見えたから、今日はこんなもので十分よ」
コレットにしてみれば隙も無く撃っていたように見えたが、考助もミツキもそれぞれ課題が見えたらしい。
どこまで強くなるつもりかと、思わずため息を吐いてしまった。
「それにしても、コウスケは防御だけ?」
今の訓練も、ミツキが打つだけで考助はほとんど攻撃はしていなかった。
「ミツキが攻撃させるような隙を見せるはずがないよ」
「それに、いざというときは、私かコウヒが攻撃するもの。わざわざ鍛える必要はないわよ」
妖精の力を使えば攻撃も出来るが、コウヒやミツキが傍にいる考助に何より求められるのは命を守る力だ。
現状、わざわざ攻撃の力を高める必然性もないのである。
色々試してそれぞれに課題を見つけた三人は、今日の結果を元に更なる研鑽に励むことになるのであった。
今話はあえてどの時点の話かは書いておりません。
読者様のご想像にお任せします。




