(1)第三子
セントラル大陸の東の街がラゼクアマミヤの支配地域に入るのには、三年以上の時が掛かった。
その理由には、ラゼクアマミヤが武力的な方法での支配を望まなかったために急いで決断する必要が無かったことと、東の大陸の事情があった。
東の大陸では、東の街がラゼクアマミヤの傘下に入ることに嫌悪を示す国が多かったのだ。
ラゼクアマミヤ王国の女王であるフローリアは、東の大陸にあるフロレス王国の元王女であるが、だからといって全ての国がラゼクアマミヤに対して好意的になるというわけではない。
むしろ、フロレス王国があるためにラゼクアマミヤとの関係を最後まで疑ったというのもある。
ラゼクアマミヤがフロレス王国の傀儡国家・・・・・・まで行かないとしても、それに近いような関係である可能性も考えられたのだ。
ラゼクアマミヤは、前国王の実の孫が治める国なのだからそう思われてしまうのも仕方がないだろう。
これに対してフローリアは、特に何もしなかった。
自身が元国王であるフィリップの実孫であることは間違いがない事実なのだ。
フロレス王国とは特別な関係などないといくら言っても意味がないことは容易に想像が出来る。
実際、フィリップがひ孫見たさにラゼクアマミヤに来たりはしているが、それ以外に特別な関係などはない。
東の街が傘下に入った時のフロレス王国との国家間の関係は、西の大陸や南の大陸にある国家との関係よりも繋がりが弱かったのだ。
結局のところ、フロレス王国があったために、他の国が警戒をしたため東の街の傘下入りが遅れたという事になるのであった。
そして、東の街がラゼクアマミヤに傘下入りを発表してから一年経つころには、東の街の住人達はその恩恵を十分に感じるようになっていた。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
「おー。よしよし」
ラゼクアマミヤの女王が住む居城の一室で、フィリップはフローリアの第三子であるリクをかわいがっていた。
元とはいえ国王だったフィリップは、そうそう簡単に国外に出国することなど出来ないはずなのだが、周囲の意見などどこ吹く風といった感じで、フローリアが子供を産むたびにしっかりと可愛がりに来ていた。
むしろフローリアは、フィリップの孫の中では子供を産むのが遅い方なのでその分余計に可愛がっている様子だった。
「ダー!」
フィリップの腕の中にいるリクは、元気に返事をした。
「おお、そうかそうか」
傍でみていると意味の分からない会話が、本人たちの間で繰り広げられていた。
赤ん坊を相手にしているときは、大抵こういうものである。
その様子を傍で見ていたトワが、フィリップに話しかけた。
「大じじさま、今回はいつまでいるんですか?」
いくら引退したフィリップとはいえ、いつまでもこの城にいれるわけではない。
国に帰ればいくらでも仕事はあるのだ。
本人としては、いつまでも自分に頼らずにマクシム国王に頼れと言っているのだが、そう言うわけには行かない事情という事もある。
結果として、そうそう長い間いるわけにはいないのだ。
「そうさのう。周りがうるさくなってきたら帰ろうかの」
フィリップは、にやりと笑ってそう答えた。
もし元側近がこのセリフを聞いていれば、卒倒しただろう。
「父上、そんなことを言っていると、またマクシム兄様が青くなりますよ」
同じ部屋にいて会話を聞いていたアレクが、そう釘を刺して来た。
「そういうな。どうせ帰ろうと思えばいつでも帰れるんだ。それに、いつまでも儂に頼っていても仕方あるまい?」
もっともらしい正論だが、フィリップの場合は単にひ孫を可愛がりたいだけだと分かっているので、アレクはジト目を返した。
ちなみに、アレクもフィリップもフロレス王国の居城とラゼクアマミヤの居城を行き来することに関しては、何の心配もしていない。
普通であれば、フロレス王国とラゼクアマミヤ王国は往復すればゆうに数か月はかかるのだが、ことそれぞれの王族に限ってはその限りではない。
何故なら、フィリップの熱意によって二か所をつなぐ転移門を勝ち取っているためだ。
最初転移門をつなぐことを言いだしたフィリップにアレクは頭を抱えたが、その話を聞いたフローリアが直接考助に相談したのだ。
結果として、いくつかの条件と引き換えに考助は転移門を設置することを許可した。
その条件と言うのは、お互いの王族が住んでいる私室に設置するというものだ。
当然、二つの王国の間に転移門が設置されていることを知っているのは、ごく限られた者しかいない。
最初は王族だけしか知らないようにするつもりだったのだが、流石にそれは厳しいという事でその範囲は多少広まっている。
というのも、そもそも王城を管理しているのは侍女たちだったりするので、そうした者達には必ず眼に付いてしまうためだ。
流石にそれだと秘密が漏れる可能性が高まるために、考助も転移門の設置を渋っていたのだが、最終的にはフィリップに言いくるめられてしまった。
例え転移門を使ってフロレス王国側が何かをたくらんだとしても、圧倒的に不利になるのはフロレス王国側になるというのだ。
それもそのはずで、そもそも転移門を管理しているのはアマミヤの塔なのだ。
転移門を使って何かちょっかいを掛けたとしても、結局は主導権を握れるのは管理者側になるということだった。
それはともかくとして、確かにひ孫に会いたいという気持ちは理解できるので、考助としても転移門の設置は許可した。ただし、転移門を使えるのはお互いの王族のみという条件が付いている。
もっと言えば、アマミヤの塔の管理メンバーも使えるのだが、それは当然フィリップとマクシム国王も了承している。
もっとも、考助達がその転移門を使う事はほとんどないだろう。
つけ加えると、今まで転移門を使っているのは、フィリップだけというのが実態なのであった。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
「時に、東の街はどうなった?」
リクをあやしながらフィリップは、傍にいたフローリアに問いかけた。
東の街が傘下入りしてから数か月が経っている。
その問いかけにフローリアは肩をすくめた。
「どうもこうもない。そもそも住人達の希望に押されて傘下入りしたからな。特に大きな混乱は起こっていない」
混乱が起こっていないというよりも、起こらないように傘下入りしたというのが本当のところだ。
東の街の為政者たちは、住人の声に押されて傘下入りを決定したのだ。
「そうか。となると逆に、北の街が残っているのが不自然に思えてくるな」
「いや。あそこの街は、北の大陸の影響が意外に強いからな」
フィリップの言葉に、アレクが答えた。
「そうなのか?」
「ああ。教会の力も強いしな」
それを聞いてフィリップも納得したように頷いた。
北の大陸は、四つの大陸の中では歴史的にも教会の力が強い大陸だ。
その影響をセントラル大陸の北の街も受けていることが容易に察することが出来たのだ。
「いいのか?」
端的な問いかけだったが、フィリップが何を言いたいのかはすぐに理解できた。
傘下入りしていない状態で放置をしていいのかという問いかけだ。
「別に構わない。彼らが自分達だけでやっていけると思っているのであれば」
これは、フローリアの掛け値なしの本音だ。
ラゼクアマミヤは、今までもこれからも無理やり傘下入りを促すつもりはない。
逆にこのスタンスを変えて、後々出てくる影響の方が強いと考えているのだ。
「そうか」
フィリップもそれ以上口を挟むことはしなかった。
ラゼクアマミヤはあくまでもフローリアが治めてる国だ。
これ以上口出しをすると、フロレス王国が裏にいるという絶好のネタを提供することになり兼ねない。
そうなって困るのは、フロレス王国なのだ。
ここにいる間のフィリップは、あくまでも爺バカの一人という自覚はしっかりと持っているフィリップなのであった。
フローリアの第三子登場です。
そして、何気に成長した永遠が。




