(3)大氾濫
その場にいる全ての視線を感じつつ、考助は単刀直入に話を切り出した。
「大氾濫の兆候があります」
その言葉がその場にいた全ての者達に伝わった時、その場が静まり返った。
「・・・・・・は?」
その呟きが誰だったのかは確認できなかったが、その気の抜けたような言葉でその場の者達がすぐに我に返って騒ぎ出した。
それでも流石に天幕の外に声が漏れてはいけないと分かっているのか、ある程度声は抑えられている。
大氾濫とは、これまで何度も確認されているモンスターの大発生の事だ。
セントラル大陸では、大氾濫は災害の一つとして認識されている。
これまでの歴史の中で、この大氾濫のせいでつぶれた村や町は一つや二つではない。
騒がしくなるのも当然だろう。
その様子を見たカールは、パンと一つ手を叩いた。
全員が静まって自分に注目するのを確認してから、改めて考助に確認を取る。
「どういう事だね?」
カールの問いかけに、考助はコレットを示しながら状況を説明した。
「彼女は精霊使いなのですが、精霊たちに確認させたところ種類の違うモンスターが一か所に集まっているのが確認できたという事です」
「それは・・・・・・・「そういうことか、くそっ!」・・・・・・バート君、どういう事かね?」
重ねて考助に聞こうとしたカールだったが、バートの言葉を聞いて矛先を変えた。
バートは苦虫を噛み潰したような表情になって答えた。
「俺たちは、誘い込まれたんですよ」
前の村を発ってから既に二日が経っている。
その二日ともに襲撃を受けていたが、その襲撃はごく軽い物だった。
カールの常識で今考えれば、それはあり得ない状態だったのだ。
モンスターというのは、基本的に本能のようなものを持っているので、自分より強い者を襲うことはしない。
勿論、その本能が間違う事もある。
例えば、絶対に勝てないはずのナナに向かって来たりなどだ。
人などひ弱な存在だと認識して、高ランクの冒険者がいても襲う場合もある。
そう言った例外はともかくとして、今回のような大規模な商隊を襲う場合は、モンスター達もそれなりの規模の群れで襲って来るか、あるいは高ランクのモンスターであるかがほとんどなのだ。
だが、今回の二回の襲撃は、そのどちらにも当てはまらない。
バートが感じていた違和感は、そういう事なのだ。
絶対に敵わないような集団に、向かって来ていた。
それが飢えた上での行動ではなく、何かの上位存在による指示となれば話は別になる。
「リーダー種が生まれている可能性があるんだな?」
カールの問いかけを置いておいて、バートは考助にそう問いかけた。
問われた考助も頷いた。
それを聞いて、その場にいた者達が息を飲んだ。
リーダー種というのは、まさしく大氾濫発生の原因として知られている。
モンスターの数が少ない他の大陸ではともかく、セントラル大陸で生まれ育った者達にとっては、リーダー種というのは大氾濫の代名詞として知られている。
簡単に言えば、リーダー種が誕生すると通常は同種でしか群れたりしないモンスターが、異種同士で行動するようになる。
ごく初期の物はリーダー種と言われているが、それが発展すると王種となり集団の数も段違いになる。
記録によれば、最大の規模で千を超える群れが確認されたこともある。
その時は、大陸中から冒険者が集まり多大な犠牲を払いながらもなんとか討伐に成功したとされている。
当然そのときの王種を討伐した冒険者は、今でも英雄として語り継がれているのだ。
「最悪・・・・・・だな」
バートは、考助からの状況を聞いて、今の状況をある程度把握していた。
「誘い込まれた、か?」
「恐らくそうでしょうね」
モンスターの襲撃が無ければ、普通に通り過ぎてしまう。
かと言って、集団で襲ってしまえば警戒して町に戻ってしまう可能性がある。
ごく少数のモンスターで襲わせることによって、丁度いいタイミングを計っていた可能性があるのだ。
「ば、馬鹿な・・・・・・モンスターにそのような知恵など・・・・・・」
商人の一人がそう呟いた。
その商人をちらりと見て、バートが肩をすくめた。
「馬鹿いえ。知恵なわけがあるか。モンスターは、奴らなりの勘や本能でやってるんだよ。だからこそ人にとっては恐ろしいんだ」
ナナやワンリのような例があるので、モンスターに知恵がないとは言わない。
だが、その多くはバートが言ったように、もって生まれた感覚だけでそういったことを行っているのだ。
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「・・・・・・それで? 規模とかは分かっているのか?」
バートは既に頭を切り替えて、モンスター達にどう対処するのかを考え始めた。
モンスター達が自分たちを襲ってくるというのは、バートにとってはもはや確定事項だ。
「精霊でわかるのは、複数種のモンスターが集っているという事と、強いモンスターがその中心にいるという事だけよ」
今まで黙って聞いていたコレットが口を挟んだ。
「・・・・・・そうか。おい、場所を聞いて、何人か腕のいい斥候を出せ。無理だけは絶対にするなと伝えろ」
バートは傍にいたレイラに指示を出した。
規模やモンスターの種別がわかれば、対応方法も大幅に変わってくるのだ。
「あ、ちょっと待って。ピーチも連れて行ってほしいんだ」
考助がそう申し出た。
名前を、偽名ではなく本名で呼んでいるのはわざとだ。
今後、戦闘が発生することを考えると、偽名で呼び続けると間違いが発生する可能性がある。
それに、ピーチの名前はそれなりにある名前なので、それだけで考助達の正体に近づけるとは思えないというのもある。
「何?」
「ピーチは、斥候も出来るからね」
「・・・・・・わかった。いいだろう」
ピーチの実力は分からないが、少なくとも足手まといにはならないだろうと判断して、バートは同意した。
そのバートの指示を受けたレイラはコレットとピーチを連れて、天幕から出て行った。
「勝てるのかね?」
カールの問いかけに、バートは肩をすくめた。
「斥候が掴んでくる情報次第ですがね。まあ、少なくとも百は下らないでしょう」
リーダーが誕生して群れを形成した場合は、最低でもその数はまとまると言われている。
「それを考えると、正直言って厳しいと言わざるを得ませんね」
「百・・・・・・」
百体を超えるモンスターの群れを想像して、カールは顔をしかめた。
商人たちの中には、はっきりと恐怖を浮かべている物もいる。
「行商達もこの街道を使っていると思うんだが、彼らは・・・・・・」
商人の一人が、そんなことを呟いた。
大規模商隊が通っているからと言って、行商が全く通らないというわけではない。
その行商達が、そんな規模のモンスターに襲われたらひとたまりもないだろう。
「・・・・・・もし街道に入ってすぐに俺たちが見つかっていたのだとすれば、その間は逆に襲われていない可能性もあるな」
モンスターとて群れになればそれだけ食料を必要とする。
群れ以外のモンスターにしろ商隊にしろ、より食いでが良い方を選ぶのは当然の事だ。
だとすれば、最初からこの大規模商隊を狙っていた可能性もある。
「町を出る時から見られていたと?」
「さてな、流石にそこまではわかんねえよ」
バートの返答に、カールも話がずれていることに気付いた。
今は、この商隊がどうやって生き延びるかだ。
既にモンスターの群れが商隊を狙っていることは疑っていない。
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「一つ聞きますが、本部と連絡を取る手段は・・・・・・?」
カールが考助にそう聞いてきた。
監査云々はともかくとして、考助が持ってきた書状の意味を分かった上での質問だ。
「勿論あります」
考助の返答に、商人たちがホッとした表情を見せた。
増援なりが間に合うと期待したのだろう。
だが、考助が無情にもその期待を裏切った。
「当然連絡は取りますが、増援は間に合わない可能性の方が高いですよ?」
「・・・・・・だな」
どういうことだ、と声を上げようとした商人より先に、バートが同意した。
これだけの連携を見せているモンスターの群れが、増援が来るまで待っているとは考えづらい。
何より、戻るにしろ進むにしろ移動中にそれだけの規模のモンスターに襲撃されることだけは避けたい。
どうせ襲撃されることがわかっているのであれば、この場所で迎撃態勢を取ったほうが良いのだ。
ついでに、全速力を出したとしても、逃げ切ることは不可能だ。
いくら魔道具で進行速度が上がるとはいえ、限度がある。
どういう対応が出来るかは、斥候の結果を待ってからという事になるが、少なくともバートはこの場で迎撃することになるという事は決めているのであった。




