(2)異変
夕食を終えて馬車の荷台でまったりとナナをモフッている考助に、コレットが話しかけて来た。
「コウスケ、ちょっとまずいかも」
考助は、すぐに跳ね起きた。
同じ荷台にいるピーチもコレットの様子に真剣な表情になる。
「どうしたの?」
「ピーチの予感が当たったみたいよ。動かないとまずいかもね」
「そこまで?」
「ええ」
一度頷いたコレットは、詳細な状況を二人に話した。
その話を聞いた考助とピーチは真剣な表情になった。
「それは確かに駄目だね。好みがどうのと言っている場合じゃないな」
「そうですね~」
「すぐ行こう」
そう言って立ち上がった考助は二人を伴って商隊の中心に向かう。
そこにある天幕では、この大規模商隊の隊長がそれぞれの代表と打ち合わせをしているはずである。
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商隊の隊長であるカールは、護衛隊リーダーのバートの話を聞いて顔をしかめた。
他のメンバーは戸惑ったような表情になっている。
この場に居るのは、バート以外は商隊の荷物を管理する商人たちだけだ。
冒険者なのは、バートとその仲間であるレイラだけなのだ。
そのため、バートの言葉をどう受け取っていいのか分からなかった。
それもそうだろう。
毎晩行っている打ち合わせの席で、いきなり「嫌な予感がする」と言われても意味が分からないだろう。
この場に他に冒険者がいれば、もう少しまともに受け取ったかもしれない。
だが、カールはバートの言葉を頭から無視しようとはしなかった。
今までの経験で、冒険者の「勘」に助けられたこともあるからだ。
「それは、また襲撃があるかもしれないということか?」
慎重になるカールに、バートも顔をしかめた。
バートやレイラが感じている「気に食わない」という感覚は、言葉で表せるものではないのだ。
「それはわからん。だが、何かがありそうだと感じるんだよ」
「ふむ・・・・・・」
腕を組んで考え込んだカールは、どうするべきか悩んだ。
これで、斥候でも放って何かを見つけたというのであれば、即座に防衛なり増援が来るまで待つなり対処が出来る。
繰り返すが、カール自身は冒険者の「勘」を馬鹿にするつもりはない。
だが、ただの「勘」で商隊の動きを止められないのも商隊の隊長としては当然の事実なのだ。
悩むカールを前にして、バートも今自分が感じている感覚をどう伝えるか悩んでいる。
といっても、こればかりはそれなりに長い期間冒険者として活動して来たからこそつく感覚なので、上手く言葉になどできない。
周囲にいる他の商人たちも似たり寄ったりの表情になっている。
行商をしたことのある商人であれば、多かれ少なかれこういった経験をしているのだ。
そして、こういった時の冒険者を無視すると碌な目に合わないことを経験として知っている者も多い。
そんな彼らの悩みを解決する事態が起こった。
「失礼します」
彼らのいる天幕の警護をしていた冒険者が入って来たのだ。
「何用だ?」
問いかけるカールに、その冒険者が微妙な表情になった。
「いえ。今この場に、護衛隊の冒険者が来ているのですが、とにかくこれを渡してくれと言っておりまして」
そう言いながら、手に持っている封書のような物を見せた。
カールは訝しがりながらも、それを受け取った。
封書を開けて中を見たカールは一気に表情を変えて、目の前にいる冒険者を見た。
「こ、これを渡した者達は!?」
カールの様子を見ていた周りの者達は、その変わりように驚いた。
勿論、封書を渡した冒険者も同じである。
「は? いえ。表で待っていますが?」
「すぐに連れてこい!」
「は、はい!」
普段は穏やかな性格のカールの豹変に、その冒険者は慌てて外へ向かった。
バートを含めた周りの者達は、どういう事かと聞こうとしたがそれは出来なかった。
何故なら、外へと向かった冒険者がすぐに考助達を連れて来たためだ。
「お前は・・・・・・!?」
バートは、一緒に入って来たピーチを見て驚いた。
これまでの二回の襲撃を事前に報告して来ているので、既に顔見知りになっている。
忘れたくても忘れられないだろう。
何事かを聞きたそうにするバートを抑えて、カールが考助達に話しかけて来た。
「コウというのは?」
「僕ですね」
考助が進み出ると、カールは一つ頷いた。
「今まで黙っていたのに、ここにきて名乗り出たということは、何か起こったという事ですか?」
何事もなければ考助がこうして自分に接触してくる事は無かっただろうという前提での台詞だ。
カールのその言葉を聞いて、考助はちらりとバートを見た。
「流石というか・・・・・・リーダーが何か気づいていましたか?」
カールが予想出来た理由を察してそう問いかける。
「ええ。彼が言うには、嫌な予感がする、と」
それを聞いた考助は、感嘆のため息を吐いた。
熟練した冒険者というのは、本当にすごいと思う。
ピーチのような加護の力や、コレットのような精霊の力で実際に見ているわけではなく、長年の積み重ねで今回の異常を察しているのだから。
それもまた冒険者としての技術と言って良いのだろうとさえ思う。
「そうですか。それで、今はそれに従うかを悩んでいたという所ですか?」
いくら冒険者としての勘がささやいていると言っても、それだけで商隊の行動を決められないという事情を察しての質問だ。
「そういう事ですな」
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考助とカールの会話をバートも含めた周りの者達は、若干呆然とした表情で見ていた。
今の考助達は、冒険者チームの一つでしかない。
その考助を相手に、商隊の隊長を任せられているカールが一歩引いて、上位の者と相対するように話をしているのだ。
この場に居る者でそのことをおかしいと思わない者はいない。
商人の一人が訝しげにカールへと確認して来た。
「あ、あの・・・・・・そちらは?」
「む・・・・・・?」
聞かれたカールは、何と答えようかと悩んだ。
実際、カールの見た書面には、シュミットとガゼランの二人のクラウン部門長の名前と「この書面を見ているということは、特異な状況が発生したという事だからコウ殿の言う事を聞くように」と書かれているだけなのだ。
考助達がどういった立場なのかまではカールも分からないのだ。
そんなカールに、考助が助け舟を出した。
「私は冒険者のコウです。実は、ガゼラン部門長に言われて護衛隊の監査をしていました」
これは嘘ではない。
実際にこの商隊に考助達が同行すると決まった時に、ガゼランに言われていたのだ。
もっとも、きっちりとした監査ではなく、何か気づいたら教えてくれ、と言った程度のものだが。
考助の言葉を聞いて驚きの表情を見せた商人たちの視線が、カールへと集まった。
「・・・・・・まあ、そういう事だな。勘違いするなよ? 私も今知ったのだ」
わざとらしく書面を上げてアピールした。
書面の中身は見ていないにも関わらず、それだけで信憑性が上がる。
実際はシュミットの名前も書かれているのだが、そこまで教えるつもりはカールにもない。
考助が、商人たちの監査まで請け負っているかどうかは判断できないためだ。
「それで、その監査とやらがどうしたんだ?」
幾分厳しい顔で、バートが聞いてきた。
自分達が監査されていると知って愉快に思う者はいないだろう。
「誤解しないでください。今回の件は監査とはまた別です。監査自体は、本来であれば名乗らずに終わるはずだったんですから」
「だったら、何だ?」
「バート君、その喧嘩腰の態度を改めなさい。まずはコウ殿の話を聞こうではないか?」
カールが間に入ることによって、バートは渋々引き下がるのであった。
ちなみに、全ての大規模商隊ではないですが、実際に監査は紛れ込んだりしています。
勿論、冒険者に限らず商人に対しても同じです。




