(1)護衛
セントラル大陸にラゼクアマミヤが建国して既に三年以上の時が経っていた。
建国の時こそ大陸の西と南の領域を支配することが出来たが、三年の間はそれ以上の領域が広がることは無かった。
ラゼクアマミヤ自体が武力での制圧をしなかったのも原因の一つだろう。
建国以前もそうだが建国してからもラゼクアマミヤが武力で大陸を制圧したことは一度もない。
強引に村や町に対して脅迫することもなかった。
あくまでも支配領域に入ることを望んだところが支配領域として組み込まれていた。
建国してからしばらく支配領域が広がらなかったのは、そうした事情を察した町や村が日和見に走ったというのもある。
ただし、ラゼクアマミヤとしても急速に広まった国土を安定させるのに時間を使ったという事情の方が大きいだろう。
勿論、希望した町や村を拒否することは無かったのだが。
建国して三年がたった丁度その時に、東の町が支配領域に入ることを希望した。
これにより、セントラル大陸内でラゼクアマミヤの支配が及んでいない地域は、大陸の北側だけという事になった。
北の街は、東側が支配領域に入ったことで何か動きを見せるかと思われたのだが、特に大きな動きを見せなかった。
ラゼクアマミヤが武力による強引な支配を求めていないこともこの三年で分かっているので、自分たちだけでやっていけるという目論見もあるのだろう。
勿論、その目論見も外れてはいない。
大陸内で孤立してしまう恐れはあるのだが、北の街は北大陸との強固な絆がある。
それに、クラウンからの取引が途切れたことがあるというわけでもないのだ。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
リュウセンの町から北の街に向かう大規模商隊の中に、考助達の姿があった。
今回のメンバーは、先日進化を果たしたコレットとピーチ、ナナだ。
考助が「コウ」として活動しているのは当然として、コレットとピーチも別の名の冒険者となっている。
考助はともかくとして、コレットやピーチの名前は広まっているとは言えないが、それでも用心のためだ。
当然のように彼女たちのクラウンカードは、考助が作っている。
そのカードを見たガゼラン達部門長たちは苦笑をしていたが、咎める者は誰もいなかった。
神能刻印機の全てを分かっているのは考助だけなので、そもそもどちらが本物かなど見分ける術がないのである。
面識がある部門長たちはともかくとして、一般の職員が見分けることなど不可能なのだ。
部門長たちの間では、神能刻印機を作成した者としての特権という認識がある。
勿論、考助が濫用しないという前提があるのだが、その辺は部門長たちも信用しているのである。
昨夜寝ずの番で商隊を護衛していた考助は、現在移動する馬車の中で寝ていた。
御者をしているのはコレットだ。
普通の行商の護衛でもそうだが、冒険者が自前で馬車を持ち込むことは珍しくない。
むしろスペースが出来る分、喜ばれる。
それは大規模商隊でも同じで、馬車を持つ冒険者が優先されることもあるのだ。
大規模商隊程になると、前もって積める荷物を計算して馬車の数も用意してあるのだが、冒険者が持ち込む馬車のスペースも利用している。
勿論、全くない場合もあるのだが、それはそれ。
あくまでも冒険者持ち込みの馬車は、余分なスペースとして特別扱いされているのだ。
「調子はどうだい?」
御者をしているコレットに、隣を並走していた馬車の御者が話しかけていた。
コレットと同じように護衛任務に就いている冒険者の一人だった。
「特に問題ないわ」
コレットもそっけなく答えた。
話しかけられるのが初めての事ではないのだ。
この男に限らず、コレットが御者をしていると話しかけてくる者がほとんどだ。
当然下心が見え見えなのも分かっている。
そうではない者もいるのだが、今回は残念ながらそうではなかったらしい。
「そうかい。折角隣になったんだ、話でもしないかい?」
「ごめんなさいね。荷台で仲間が寝てるの。出来るだけうるさくしたくないわ」
そう言うと大抵の者達は引き下がるのだが、この男は残念ながら女性の機微を悟れる能力は持っていなかったらしい。
しつこく話しかけて来た。
「少しくらいいいじゃねえか。この程度じゃ起きてこねえよ」
コレットはこれ見よがしにため息を吐いた。
どうやってあしらおうか考えて、答えを返そうとしたその時に異変に気付いた。
御者の男を無視して、荷台にいるピーチに話しかけた。
「ピーチ、お出ましよ」
当然隣の御者には名前を聞こえないように言っている。
「はいはい~。では、お知らせしてきますね」
たったそれだけのやり取りで、ピーチはこの商隊のリーダーがいる場所まで向かった。
大規模商隊の移動速度は通常の行商よりは早いとは言え、猛スピードというわけではない。
ピーチが本気で走れば、リーダーがいる先頭の馬車に追いつくのはたやすかった。
先頭の馬車が止まると、次々と後続の馬車が止まっていく。
その間に、ピーチが戻ってきてコレットから詳細を確認した。
進化したコレットは、ピーチより先にモンスターの出現を感知出来るようになっているのだ。
勿論、精霊たちの力のおかげである。
ピーチがコレットから話を聞いて詳細をリーダーに伝える頃には、リーダーにもモンスターが確認できていた。
と言っても、かろうじて確認できる程度で、コレットが持っている情報ほどではない。
コレットが話した詳細情報を元に、作戦が立てられていく。
作戦と言っても元々立てている物と大幅な変更はない。
リーダーから各冒険者たちへとモンスターの迎撃態勢が整えられていった。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
前の町を出発してから既に三日が経っている。
モンスターから襲撃を受けるのはこれで二度目だ。
これだけの頻度で襲撃を受けるのが、多いのか少ないのかは意見が分かれる所だろう。
大規模な商隊だけに、モンスターの目について襲われる頻度が上がるというのもあるのだ。
代わりに、ゴブリンと言ったある程度の知恵のあるモンスターは、数が揃うと襲ってこないという利点もある。
大規模商隊は規模に合わせて冒険者の数が多いので、そうそう全滅すると言ったことは少ない。
今回の襲撃も何事もなく撃退することが出来た。
モンスターの討伐を終えた冒険者たちは、討伐を終えたモンスターの処理をしている。
そんな中、冒険者のリーダーのバートは気に食わなそうな表情で作業を見つめていた。
それに気づいた仲間のレイラが話しかけて来た。
「気に食わないみたいだね」
「お前も気づいているんだろ?」
バートの問いかけに、レイラは肩をすくめた。
言われなくともお互いに言いたいことは分かっている。
「まあ、今夜にでも隊長にでも話してみるさ」
大規模商隊の隊長は護衛隊のリーダーであるバートとは別にいる。
バートはあくまでも冒険者たちのまとめ役なのだ。
商隊の運行をどうするのか、最終的に決めるのは隊長になる。
レイラもそれがわかっているので、その件に関してそれ以上は聞かなかった。
「そうかい。まあ、それはともかくとして、あの娘たちは何者なんだい?」
レイラがあの娘たちというのは、コレットやピーチの事だ。
前回の襲撃もそうだが、今回の襲撃も誰よりも早くモンスターの接近に気付いた。
彼女たちのおかげで、奇襲を受けると言ったことなく、大きな被害も出さずに乗り切れていた。
バートたちのパーティメンバーとて、その辺のパーティよりは高い能力を持っているからこそ、リーダーに選ばれている。
自分達よりも早くモンスターに気付くというだけで、注目に値する出来事なのだ。
「さてな。初めて見るのはお互い様だろう? 少なくとも役に立っているのは間違いない。余計な詮索はしないさ」
バートの答えに、レイラは肩をすくめるのであった。
一言も話さないどころか、馬車の荷台で寝ているだけの主人公でしたw




