(5) ようやくの名乗り
考助から通信具を受け取ったコレットは、シルヴィアの方へ向かった。
急いでこの場を離れなくてはいけない。刑吏が来る前にである。
どうせ周囲の人々からシルヴィアのことは話されるだろうが、その前に話をしておきたかった。
呆けたように、去っていくミツキと男たちを見比べているシルヴィアを回収して、コレットはその場を離れた。
「すぐに宿を引き払うわよ」
コレットは、宿の方へ歩きながらシルヴィアへそう言った。
それを聞いたシルヴィアは、不思議そうな表情を浮かべる。
「・・・どういうことですの?」
「ハア・・・。やっぱり気づいてなかったのね」
いつものシルヴィアなら気付いているだろう。
だが、考助達と男達の騒ぎを見た時からいつもと様子が違っていた。
いつものシルヴィアなら先程の様に短慮に、騒ぎに突っ込んでいったりするようなことはしない。
「あの人がかま掛けた時の男の表情、覚えているでしょう?」
「・・・かま掛け?」
「・・・本当にどうしたの? いつものあなたなら気づいているはずよ?」
あの時のミツキは、明らかに男から話を誘導して聞いていた。
男の暗殺の可能性を匂わせた時は、どう考えても最初からその存在を疑っていたとしか思えない。
コレットの遠回しな言い方に、それでもシルヴィアは少しの間沈黙して、すぐに分かったのか顔を青褪めさせた。
「・・・・・・ごめんなさいですわ」
男が仲間か組織に殺される可能性があるということは、あの騒ぎに関わったシルヴィアもその対象になる可能性があるということだ。
普通に騒ぎに割って入っただけならともかく、シルヴィアは<真偽眼>を使っている。
直接的な証人になりうる存在を放置しておくとは思えない。
「別に謝る必要はないわよ。それよりも、あなたがあんな行動を取ったことの方が、驚いたんだけど?」
いつものシルヴィアは、今回のように考えなしに動くことはしない。
だがあの時のシルヴィアは、衝動的に動いてたとしか思えない。
「何故か、あの時は、止めないと、と思ってしまったんですわ。あの人が、あのような行為に関わるのは、いけないような気がして・・・」
「ふーん。・・・・・・もしかして、一目惚れ?」
コレットがこの時そう言ったのは、落ち込んでいたシルヴィアを、からかうための冗談だった。
その筈だったのだが、返ってきた反応に、おやと思った。
「ななな、何を・・・!?」
正直言って、コレットからすれば、考助は容姿で一目惚れするようなタイプには見えない。
ましてや会話などしたことすらなかったのだから、この反応は予想外だった。
「・・・冗談のつもり、だったんだけど・・・」
コレットの呟きに、シルヴィアはピタリと動きを止めた。
「・・・・・・こーれっ、とー」
「いやいや、待って待って。むしろ私的には、シルの反応の方が意外だったんだけど?」
「だ、だから、そんなんじゃないですわ。ただ、何故かちょっと気になるだけで・・・」
そういうのを一目惚れというんじゃなかろうか、とコレットは思ったが、これ以上つついても話は進まないので、一旦保留にしておく。
「まあいいけど。それはともかく、そういうわけだから一旦宿を引き払って、彼らと合流するわ」
「合流? どうやって彼らを見つけるんですの?」
「これを使って通信。一緒に行動できるかは、要交渉だけれどね」
「いつの間に・・・」
「シルが女の人と話している間に、男の方と話をして、ね。・・・羨ましい?」
「コレット・・・!!」
ハハハと笑いながら誤魔化して、当分の間このネタでからかえそうだなぁ、と考えているコレットであった。
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騒ぎの起きた場所から離れた考助たちは、この街で扱われているアイテムを確認するために、アイテム屋を訪れていた。
売られているアイテムを確認することで、ある程度の技術レベルを確認できるからだ。
神具まで作ってしまった考助にすれば、この街で売られている魔具の類はこの程度か、といったところだった。
これは、塔の中で暇つぶしに読んでいた本からの知識と神具を作ってしまう技術力で、考助のスキルのLVが上がっているせいなのだが、考助自身はそのことに気付いていなかった。
材料さえあれば、この店に売られている道具は、自分で作ることができると確認した考助は、先ほど渡した通信具から連絡があることに気付いた。
通信具で話をすると、これから話があるので会いたいということだった。
考助の方でも、用があるからこそ通信具を渡したので、すぐに了承した。
落ち合う場所として、指定された食堂に向かっている最中に、ミツキが聞いてきた。
「あの二人を仲間にするつもり?」
「うん。・・・できれば、ね」
「理由を聞いてもいい?」
「隠すつもりはないよ。・・・エセナがね、あのエルフを気にしているようなんだよね」
それを聞いてミツキは、納得した。
考助と世界樹のエセナは、お互いに繋がっている状態だ。
それは塔を離れても同じ状態であるようだった。
そのエセナが、あのエルフを気にしているというのであれば、考助があえて繋がりを持とうとした理由もよくわかった。
「なるほどね。・・・てっきり、美人だから狙ってるのかと思ったわ」
「うん。それも否定はしない」
即答した考助に、ミツキは笑っている。
どうもコウヒやミツキは、考助の周りに女性が増えることを忌避していない。
むしろ積極的に、増やすことを狙っている節がある。
それは、シュレインの例や普段の態度からも明らかであった。
無理やり勧めてくることはしないが、考助が気にした女性と敢えてくっつけようと動いていたりするのだ。残念ながらシュレイン以外に上手くいったためしはないのだが。
真意は分からないが、考助としても特に悪意があるわけではなさそうなので、放っておいている。
「あの巫女は、考助様の大好きな胸も、かなりありそうだったわよ? ひょっとしたら私よりもあるかも?」
「まじで・・・!?」
ミツキの余計な情報に、思わず食いついてしまった考助であった。
食堂まであともうすぐ、という所で先にミツキが異変に気付いた。
「ちょっと遅かったかしら?」
「げっ。対応が早いなぁ。思った以上の組織だったのかな?」
「さあね? まだ間に合うみたいだから急ぎましょう?」
一触即発といった状況で、まだ戦闘自体は起こっていないようである。
「うん。・・・あっと、そうだ。ナナ、ワンリ、先に行って、助けてきて。囲まれてるみたいだから、どっちを助けるかはすぐわかると思う」
考助はそう言って、ナナとワンリのリードを外した。
ナナとワンリは、すぐに駆け出して行った。今のナナとワンリであれば、その程度の指示で十分通じるのだ。
そして考助たちは、外側から遠距離で狙っている敵から対処することにした。
ナナとワンリが乱入すると、これまでの緊張が切れて一気に戦闘が始まる。
それを合図に、考助と(主に)ミツキが外側から弓やら魔法を撃とうとしていたものを片づけていった。
ミツキがいるので、十人ほどの襲撃者を倒すのに五分もかからなかった。
その結果に、例の女性二人が顔をひきつらせていたが、考助は気にしないことにした。
「ありがとう。助かったわ。先に自己紹介すると、私がコレットで・・・」
「私が、シルヴィアですわ」
何故か胸を張って名乗ってきたシルヴィアに対して、考助は思わずその胸部に視線を向けてしまった。
なるほど確かにミツキよりもありそうだった。
そんな考助に、シルヴィアが疑問を覚えるより早く、ミツキが名乗った。
「私がミツキで、こちらが考助様よ」
その言葉に考助も見なかったふりをしつつ、頭を下げた。
「よろしく」
お互いに挨拶を終えて、場所を変えて話をすることになった。
流石に騒ぎを起こした場所の近くの食堂に入る気にならず、別の場所へ移動することにしたのであった。
2014/5/3 訂正
2014/5/13 名前のミスを訂正
2014/6/9 脱字修正