(10)神威召喚
ピーチが過去から戻ってきて目を開くと、傍にいたシュレインがすぐにその事に気づいた。
「お? 気づいたかの?」
「はい~。・・・・・・ちょっとクラクラするようですが」
そう言って起き上がろうとしたピーチだったが、それを見た考助が止めた。
「まだ起き上がらないほうがいい。過去に行くなんて初めての事やったんだから」
実際、いくら魂でとはいえ過去に行くなんていう無茶なことが出来たのは、考助の加護があったことと別の要因が合わさっての事だ。
その要因が、会話に加わって来た。
『大丈夫かしら?』
そう言って覗き込んできた存在に、ピーチは目を丸くして見た。
声の伝わり方も通常とは違っているが、何よりも肉体ではなく加護の力を使ったピーチのように半透明になっていた。
そんな状態であるというのに、伝わってくる力は尋常でない物であることがわかった。
もしこの場に神職がいれば、彼女から伝わってくる力に傅いていただろう。
その力は、まさしく考助と同じような神威なのだ。
「だ、大丈夫です~」
慌てて起き上がろうとしたが、考助が肩を抑えてしまってそれを許してくれなかった。
『無理は駄目よ。いくら私と考助のサポートがあったとはいえ、無茶だったのは間違いないのだから』
女神と思しきその女性もそのまま寝ているようにと言って来た。
神二柱にそこまで言われてしまうと、ピーチとしてはおとなしくしているしかない。
しばらくは諦めて寝転がったまま安静にすることにした。
「あの~。結局どうなったのか、伺いたいのですが」
相変わらず自分を見てくる女神に耐え切れずに、事の顛末を聞くことにした。
何とか目的通りにアイテムを渡せたことは分かっているが、それが上手くいったのかどうかは分かっていないのだ。
「ああ。もう心配ないよ。きちんとこれから先の未来も確定したってさ」
『そうです。貴方のおかげですね』
そもそも今回の事は、過去の出来事をきちんと確定するために動いたのだ。
それだけだと何のことやらだが、ピーチが過去に行って渡したプロスト宝玉は、元々プロスト一族の言い伝えでは<力ある者>に渡されたとされていて、具体的に誰であるかまでは分かっていなかった。
そしてそれは、神々も例外ではなかった。
神々は、未来から持ち込まれた物であることまでは分かっていたが、それを持ち込んだ者が誰であるかは、正確には分かっていなかったのだ。
というのも神々にとっても未来は一つではなく、ピーチ以外の誰かが持ちこむこともあり得たからだ。
それが、ピーチがきちんと過去に遡ってイネスにプロスト宝玉を渡したことで、少なくとも今彼らがいる世界では、考助が創った物をピーチが渡した、という事が確定したのである。
当然ながら考助以外の誰かがプロスト宝玉を創るという事もあり得た。
もっとも、今この場にいる女神に言わせれば、考助がこの町に来た時点で考助以外が創る未来はなくなったという事になるのだが。
だからこそ、神託を授けるという事までして考助のサポートをして、更にはピーチの手伝いまでしたのだ。
ビアナが考助の事を最初から断定的に<至上の君>と呼んでいたのもそう言う理由だ。
そう。
今この場に居る女神は、山の神であるクラーラなのである。
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ピーチが過去に遡ったばかりで、まだ意識を取り戻していない時の事。
上手く過去に遡って行ったのを確信した考助は、あることに気付いた。
「・・・・・・もしかして、上手くいくかな?」
「コウスケ・・・・・・?」
目を閉じるピーチを見ていた考助が、突然立ち上がって部屋をうろうろとしだした。
考助の奇行(?)に慣れているシュレインにとっても突然の事だったので、数日前に会ったばかりのビアナはどうしていいのかわからない表情になっていた。
「うん。やっぱりだな」
そんな周囲の視線に気づかずに、考助はそう呟いた後で呪文を唱えだした。
その呪文が終わった後には、多大な力が込められた召喚陣が出現した。
『・・・・・・この場合、私は呆れればいいのかしら、それとも喜べばいいのかしら?』
召喚陣が消えた後には、神威召喚で呼び出されたクラーラが呆れたような表情で立っていたのである。
『・・・・・・というわけで、見事に考助にこの世界に呼び出されたわけ。本来は神威召喚ってそんなホイホイと使えるはずがないんだけれどね』
寝転がったままのピーチに、自分が召喚されるまでの経緯をクラーラが語っていた。
呆れたような視線をクラーラから向けられた考助は、わざとらしく視線をあらぬ方向に向けている。
「まあ、コウスケ様の事ですから~」
クラーラが召喚されるまでの話を聞いたピーチは、特に驚かなかった。
考助ならそれくらいの事はやるだろうと思っているのだ。
「そうだの」
同調するようにシュレインも頷いている。
シュレインは、考助の突然の行動に驚いたのであってクラーラを召喚したことに対して驚いてはいなかった。
理由は、ピーチと同じだ。
「なんか、二人してひどい気がする」
『事実だと思うわよ?』
クラーラに追い打ちを掛けられて、考助は反論するのを諦めた。
最初から無駄だったとは思いたくない考助であった。
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『もうそろそろ大丈夫じゃないかな?』
時間にして三十分ほどそんな雑談をしていると、クラーラがそんなことを言って来た。
ピーチは慎重に体を起こしていったが、特に違和感は感じなかった。
「はい~。大丈夫みたいです」
完全に立ち上がって笑顔を見せたピーチに、考助も安心したような表情になった。
「よかった。初めての事だから何があるかわからないしね」
『そうね。でも、もう大丈夫よ』
揃って頷く二柱の神に、ピーチは恐る恐る切り出した。
「経緯は分かったんですが、クラーラ様は何故呼び出されたのでしょうか~?」
「・・・・・・さあ? 何となく召喚できそうだったから呼んでみた」
考助にしても明確な理由があって召喚したわけではないのだ。
召喚できそうだったというのが一番の理由だが、それ以外にも感覚的に召喚したほうがいいと勘が働いたのもある。
『結局のところ、わからないわけね?』
クラーラが激しく突込んできた。
「面目ない」
『謝る必要はないわよ。私もゆっくりこの世界を見てみたかったし、前の降臨の時はそんな余裕は無かったしね。それに呼ばれた理由も何となくわかるしね』
「というと?」
クラーラの言葉に、考助が聞き返した。
『まあ、慌てない慌てない。それをするにはまだ時間が早いしね』
「まだ早いってことは・・・・・・時間的な制約がある儀式的なもの?」
『正解』
当てずっぽうに言った考助だったが、どうやらそれが正解だったようだ。
クラーラが先ほどから雑談に近いことを話ししていたのも、時間が経つのを待つという意味もあったらしい。
「あの・・・・・・召喚の時間とかは大丈夫なのでしょうか?」
先ほどから呆然と神々(?)を交えた会話を聞いていたビアナがそんなことを聞いてきた。
神威召喚を詳しく知らないビアナでも、神を呼び出す召喚に条件があることくらいは分かる。
『問題ないわよ。何せ考助が、事が終わるまでなんていう条件設定まで付けてくれたからね』
ビアナが予想した通り、通常の神威召喚だと時間制限があるのだが、考助はその部分を見事に書き換えてクラーラを召喚したのだ。
『それに、貴方だったら何故私が召喚されたのかもわかるでしょう?』
その問いかけにビアナの顔が輝いた。
「それでは・・・・・・?!」
『そうよ。このままプロスト一族の復活の儀式を行うわ』
クラーラのその言葉に、考助達は首を傾げ、ビアナは一人で涙を流し始めるのであった。
前にビアナから渡された情報ですが、ピーチが過去に行くために必要な情報なのでプロスト一族の復活の方法までは考助達は知りません。
そのためにクラーラを呼び出すことにしました。
・・・・・・しかし、10話過ぎても終わらなかった。
もう少しだけ「サミューレ山脈編」におつきあいください。




