(9)プロスト宝玉
話がひと段落したところで、これまで蚊帳の外に置かれていた神殿長が、恐る恐る考助に向かって聞いていた。
「あの・・・・・・お名前を伺ってもいいでしょうか?」
一瞬何と答えようかと考えた考助だったが、今更だと考えて素直にそう答えることにした。
「今更ですか?」
「いや、しかし・・・・・・」
「僕が名乗ることによって貴方達の態度が変わるのであれば、所詮その程度の事ということですよね?」
考助の言い分に、神殿長は押し黙り傍にいた神官は絶望的な表情になった。
その様子に考助はため息を吐いて、さらに続けた。
「貴方達は、特にそちらの神官さんは、神託を受けるという事の意味をもう少しだけでもきちんと受け止めるようにした方が良いと思いますよ」
考助のその言葉に、神殿長は頭を下げて、神官は顔をそむけるのであった。
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考助の苦言が効いたのか、その日は考助達に監視はつかなかった。
神殿の管理があるからと言うビアナを残して、考助達は既に地下から引き上げていた。
当然神官たちも引き上げている。
例え神官たちが今から何かをしようとしても入口は閉ざされているので、彼らが入ることは出来ない。
考助は、彼らが何をしようとしていたのかはあえて聞いていない。
これからも彼らが言い出さない限りは聞かないだろう。
わざわざ面倒事に首を突っ込むつもりはないのだ。
それよりもビアナから託されたことの方が、考助にとっては重要なのだ。
神殿から宿に戻った考助達だが、考助とミツキは宿の部屋からすぐに塔へと戻った。
ビアナに言われた物を作るのに、どうしても管理層の研究室に戻る必要があったのだ。
宿で作業をするには、道具も材料も全く足りないので、こればかりはどうしようもない。
考助が完成品を持ってアルキスの町に戻って来たのは、ビアナに会ってから三日が経ってからの事だった。
塔に戻る前に仕掛けを施して、ミツキの転移で戻って来たのだが、考助が三日で戻ってきたことにシュレインが驚いていた。
「もう、完成したのか?」
「もともと理論は分かっていたからね。それに、一番大変な所は既に出来てたから、そんなに時間はかからなかったよ」
その考助の言葉に、シュレインは右手で額を抑えた。
「・・・・・・今までのことで慣れたつもりでいたが、これは流石に強烈だの」
そう言った後で、首を左右に振った。
ヴァンパイア達にとっての神与物をたったの三日で作ったなどと言われれば、こうなるのも当然だろう。
考助にも言い分はある。
先程答えたように、一番難しいところは既にビアナから渡された宝玉に施されていたのだ。
あとは、ヴァミリニア宝玉と同じような仕掛けを神力で施せばいいだけだったのだ。
神力を使って神具をつくるなどそう簡単なことではないのだが、その辺りの事は考助には自覚がない。
実は既に、神具を造ることに掛けては、神域でも上位に入っているのだが、そのことは考助は知らない。
もっとも、そのことを把握しているエリス達が考助に言っていないのが理由なので、考助だけが責められる事ではないのだが。
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目的の物が出来たのでそれを持って考助達は再び神殿の地下へと赴いた。
今回は、神殿長や神官たちはいない。
何も言わずに扉を開けて地下に入っている。
神殿長たちも再び考助達が地下に入ることは分かっている。
既に考助の事はばれているので、止められることもないだろうと判断したのだ。
まあ、止められたところで無理やりでも地下には入っただろう。
それがわかっているのか、神官たちに止められることもなく素直に地下に入ることが出来たのだ。
「もうできたのですか!?」
三日ぶりに考助達と対面した時のビアナの第一声がこれだった。
考助の後ろに控えていたシュレインも、同情するような表情になっている。
「うん、まあね。はい、これがプロスト宝玉」
シュレインの反応で、ビアナがこういう態度を示すことは分かっていたので、考助も言い訳めいたことは言わずにすぐに宝玉を取り出した。
しかしながら、ビアナはなぜかその宝玉を受け取ろうとはしなかった。
「わ、私は良いです。すぐにピーチ様へ渡してください」
「? そう?」
何故だかは分からないが、無理やり渡す必要もないので言われたままにピーチへと渡す。
「はい。それじゃあ、頼むよ」
考助がピーチに宝玉を渡しながらそう言った。
宝玉を創るまでが考助の役割で、後の役割はピーチがメインになる。
というよりも、ピーチがいないと始まらないのだ。
「はい~。・・・・・・ううう。上手くいくかなあ」
最後の最後までそう不安がっていたピーチだったが、考助からプロスト宝玉を受け取ってからは覚悟を決めたようだった。
受け取った宝玉をしっかりと握りしめて、加護の力を発現するように目を閉じた。
やりやすくなるように、前もって準備していた毛布に寝転がっている。
「おっ!? いけたか」
「本当かの?」
「うん。恐らく大丈夫」
ピーチが上手く加護の力を発現したのを感じ取った考助が頷いた。
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加護の力を発現させてまで、ピーチが何を行っているのかというと・・・・・・。
何と、過去の世界へと行っていた。
ピーチは、まさか自分が得た力でそんなことが出来ると思っていなかったのだが、見事に成功したようだった。
「はあ~。何とかうまくいったようですね~」
目の前にいる人物を見て、ピーチがそう呟いた。
今、彼女の目の前には、一人の女性のヴァンパイアがいた。
名前を確認するまでは油断は出来ないが、ピーチの自分でもよくわからない感覚が成功したと感じているのだ。
「む? 誰だい?」
どうしようかと悩むピーチに、そのヴァンパイアが聞いてきた。
今のピーチは肉体が無い状態で存在している。
その状態のピーチをすぐさま見分けられたそのヴァンパイアは、かなりの力を持っていることがわかる。
「一応確認しますが、プロスト一族のイネス様で間違いないですか?」
「・・・・・・そうだよ?」
そう返事をしつつ警戒を解かないイネスに、ピーチは単刀直入に要件を切り出した。
いつまでもこの状態でこの場に居れるのか、ピーチ本人にも分からないのだ。
「警戒するのも分かりますが、取りあえずこれを。こちらの使い方は、ヴァンパイアであればすぐに分かると言っていました」
ピーチはそう言ってプロスト宝玉ともう一つの飴玉のような大きさの物を取り出した。
「ふむ。確かにこちらの使いかたは分かるが、こっちは?」
そう言ってイネスは、プロスト宝玉を指差した。
「まずそちらの小さい方を使えばわかると言っていました~」
「なるほど」
それは、使った者にある程度の情報を与える道具なのだ。
大元の原理は、以前にビアナがシュレインに対して使った儀式と変わらない。
変な仕掛けなどをされていないか、十分に確認した後でイネスはその道具を発動した。
「・・・・・・・・・・・・何と!?」
そこから与えられた知識を確認したイネスは、信じられないような情報に目を剥いた。
「多分驚くだろうけど、全て事実だって言っていました~。最初は信じられなくても追々分かっていくとも」
「・・・・・・そうかね」
正直言って与えられた知識を今すぐに全て信じることなど出来ない。
だが、プロスト宝玉の存在が、与えられた情報の一部が正しいことを証明している。
「出来るなら詳しく話を聞きたいが・・・・・・その様子だと無理そうだね」
イネスがピーチを見てそう言った。
既にピーチの姿は、半分以上消失していた。
「そうみたいです~。それでは」
「ああ。一応礼を言っておくよ」
「いえいえ~」
ピーチは、軽く手を振ってその場から消えた。
その様子を見守っていたイネスは、大きくため息を吐いた。
「・・・・・・あれは、自分で持っている力の大きさに気付いているのかね? まあ、私がそれを気にしても仕方ないか」
それよりも与えられた情報が本当なのかを確認することが重要だった。
これから降りかかるであろう大仕事に、イネスは大きくため息を吐くのであった。
何か、ピーチ一人が先行して加護の力の発現に上手くいっていますw
今回は過去へと行ってしまいました。
肉体を捨てて行動できるピーチならではの力でしょうね。




