(2)冬の町
北大陸のほぼ中央に、巨大な山脈がいくつも走っている。
数々の山脈の全てを合わせて、大陸の人々はサミューラ連峰と呼ぶ。
サミューラ連峰のなかでもひときわ標高が高い山々が連なっている山脈を、サミューレ山脈と呼び神々が集う事もある霊峰として親しまれていた。
サミューラ連峰とサミューレ山脈。
似たような名前なので間違いやすいのだが、連峰と言えばサミューレ山脈を含めた数々の山脈を合わせた総称になる。
霊峰として人々から親しまれているサミューレ山脈だが、これには理由がある。
北大陸が他の大陸に比べて教会色が強いと言われている理由が、サミューレ山脈にあるのだ。
山脈のほぼ中腹に当たる盆地に人々が暮らす町がある。
その町の名はアルキス。
存在する標高が高い故に、一年のほとんどを町の周囲が雪で閉ざされる。
そんな厳しい環境にもかかわらず町が存在している理由がある。
その理由とは、街の中央にあるアルキス神殿の存在だ。
神与物として知られているこの神殿を中心にして、ある一定の範囲のみ周囲に比べて積雪が少ないのだ。
その効果のおかげで、この厳しい環境でも人々が何とか暮らせて行けているのだ。
もっともアルキスの町に住んでいる住人のほとんどは、神殿で厳しい修行を積むために来ている神職たちになる。
神職以外にいるのは、その神職の生活を支える商人と、周りで取れる素材を目当てに来ている冒険者たちくらいだった。
ゲイツ王国が発端となって起こった神託は、当然この町も例外では済まされなかった。
ただし、アルキスの町はほぼ隔絶した世界と言って良い程、他の町とは離れた場所に存在しているためどこかの国に属するという事はない。
いわば独立都市と言った存在なのだが、その町を治める為政者と言う者もいないのだ。
あえて言うなら、アルキス神殿の神殿長が一番強い権力を持っているとも言えるのだが、他の国や都市に比べて発言権が強いというわけでもない。
そんな街だからこそ、他の教会の影響もさほど強く受けていなかったため、神託の影響はさほど受けなかった。
とは言え神託は神託。
同じ大陸に存在している教会が起こした不祥事に、アルキスの町にいる神職たちはより一層の修行に励むことになるのであった。
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アルキスの町に来た考助達は、宿屋の一室に身を置いていた。
一番近い町からでも二日は歩かないといけないために、町に着いたときにはかなり疲労していた。
ただし、一番疲労していたのは考助で、後のメンバーは考助ほどの疲れを見せてはいなかった。
宿にあるベッドに腰かけた考助がホッと一息ついたのを見たピーチが、心配そうに声を掛けて来た。
「大丈夫ですか~?」
「ああ、うん、大丈夫だよ」
実際、思ったよりも疲れていない。
アルキスの町は標高が高い位置にあるために、高山病などにかかるかもと心配していたのだが、そちらに関しては大丈夫そうだった。
今あるのは、ここまでの登山をしてきたことによる疲労だけだった。
もっとも、神である考助が一番の疲労を見せていて、他のメンバーはさほどでもなさそうなのは、どうかと思っているが。
今回考助についてきたメンバーは、ミツキとピーチに加えてシュレインがいる。
後は、いつものようにナナが考助の足元に控えていた。
ワンリは塔でお留守番だ。
そもそも考助達がこのアルキスの町を目指して来たのは、過去に教会とヴァンパイアが対立をしていた時に、ここにある神殿だけは敵対的な行動を取らなかったと言い伝えられているためだ。
地理的立場から、大陸にある他の教会からの影響を受けづらかったためとも言われているが真偽のほどは分からない。
その真偽を調べるためにこの町に来たのだ。
プロスト一族が生き残っているのかを大陸の他の町でも確認したが、全くと言って良い程、尻尾を掴むことができなかった。
そんな中で、アルキスの町の話を聞けたのだ。
火のない所に煙は立たぬではないけれど、ヴァンパイアの話がある程度残っているという事は、何かがある可能性があることに賭けたのだ。
問題は、この町の歴史に関わるようなことを、一般人である考助達がそうそう簡単に調べられるかどうか、ということだ。
どうやって調べていくかというのも明日から色々聞き込みをしていくことになるのだが、やはり本命は神殿に直接あたることだ。
シルヴィア曰く、ほとんどの神殿は秘匿するべき物を抱えていたりするが、そう言った物を一般の者に見せることは無いという事だった。
問題は、アルキス神殿とヴァンパイアのかかわりが、秘匿すべきものになっているかどうかだが、これは流石のシルヴィアにも分からないことだ。
当たって砕けるしかないのか、もしくは迂遠に調べるしかないのか、それは明日からの調査次第ということになる。
雪道という慣れない道を通って疲れた考助は、そんなことを考えながらあっという間に眠りに落ちてしまうのであった。
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「昨日は疲れててゆっくり見る気になれなかったけど、これは凄いなあ」
翌朝。
すっかり体力も回復して復活を果たした考助は、さっさと起きだして宿の外に繰り出していた。
アルキスの町の中は、雪など積もっていない。
だが、街の門から一歩外に出れば、そこは雪景色になるのだ。
考助でなくとも初めて訪れた者は感激するだろう。
しばらくその様子を見ていた考助だったが、ふとあることを思い出した。
「・・・・・・ああ、そうか。どこかで見たことがあると思ったけど、エルフの里か」
今は南の塔の世界樹を守護しているエルフ達の里が、似たような環境だったのを思い出した。
エルフの里もまた、元世界樹を中心に外の環境から保護されていた。
「神殿が神与物だというのも頷けるのう」
考助の感想に、シュレインが相槌を打ってきた。
「それもそうなんだけど・・・・・・ある物を思い浮かべない?」
考助の問いかけに、シュレインとピーチがキョトンとした表情になった。
「世界樹の事ですか~?」
話の流れからそう思ったピーチが聞いたが、それには考助は首を振った。
「いやいや、そうじゃなくて。ある一定の範囲内へのモンスターの侵入を防いでくれる建物って、他にもあるじゃない?」
そう言った考助に対して、二人が同時に「あっ」と声を上げた。
「そうか。ヴァミリニア城か」
ヴァミリニア城がある階層は、今いる場所ほど環境が厳しくないため気づきにくいが、モンスターの侵入を防いでいるという点では同じだった。
気候に関しても同じようなことがいえる。
「アルキスの神殿は、ヴァミリニア城と同じ造りだと?」
「さあ? 流石にそれを断言するには、材料が少なすぎるよ」
考助は以前にヴァミリニア宝玉の調査をしたことがある。
それと同じような物がアルキス神殿にもあるとすれば、調べることが可能かもしれない。
だが、現状ではそんな調査が出来ているわけではないので、断言はできないのだ。
裏技的に、神々に聞いてしまうという手もあるが、それは最終手段だ。
「それで? 今日はどうするんだ?」
「まずは神殿だよね」
「ほう。いきなり本命に行くのかの?」
下手をすれば街を追い出される可能性もあるだけに、いきなり神殿に行くとは考えていなかったシュレインである。
それに対する考助の返事は、シュレインの予想とはずれていた。
「まさか。流石にそれはないよ。この街の成り立ちの資料とか無いか、あれば見せてほしいとか頼んでみようかと思ってね」
これは、シルヴィアからも助言されていたことだ。
大抵の神殿には、街や村の成り立ちが書かれている資料が保管されていることが多い。
そう言った物の閲覧を拒否するところも少ないのだ。
勿論、それらの中で神殿にとって都合の悪い物は隠されたりするのだが。
まずはそういった所を取っ掛かりにして、この町の神殿について調べようという事だ。
やることが決まれば、後は実行するだけである。
考助達は、冬の自然を堪能するのもそこそこにアルキス神殿へと向かうのであった。
 




