(8)影
エイレンの町のほぼ中央に、領主であるアミディオの屋敷はある。
国境を接していてすぐ傍に検問所がある領地を持つアミディオだが、貴族の地位的には中間層といったところだ。
ところが、その地位にもかかわらず、屋敷の規模はそれに見合わない物になっていた。
もっとも、一般庶民にしてみれば、貴族の屋敷は貴族の屋敷。
どの程度の値打ちがあって、どれくらい掛かっているのかなんてことまでは分からない。
その屋敷にある一室で、主であるアミディオがある冒険者と対面していた。
使われている部屋は、その屋敷にあるごく一般的な部屋だ。
屋敷の中にはもっと豪華な部屋もあるのだが、今回の対面では使っていない。
それが、アミディオを冒険者の力関係を示していた。
「それで? 失敗したと? たかが一冒険者を捕まえるのに、大した失態だな」
「・・・・・・」
アミディオの見下すような言葉に、それでも冒険者の男は何も言わずにひたすら無言だった。
皮肉を言われているのは、考助達に絡んできたあの冒険者だ。
「・・・・・・フン。まあいい。お前たちに期待しただけ無駄だったというわけだ」
アミディオにとってこの屋敷にいる冒険者たちは、私兵の一部だ。
常に私兵を維持するには金がかかるので、一部を冒険者から雇っているのである。
「ま、待ってくれ・・・・・・!! 「黙れ!」・・・・・・!?」
アミディオの言葉に、自分たちの地位が危うくなることが分かったのだろう。
血相を変えて、言い訳を言おうとした冒険者を、アミディオが強い言葉で遮った。
「言っただろう。お前たちにはもう期待していないと。既にもう次の手は打ってある。お前たちはしばらく引っ込んでろ!」
冒険者の男は、悔しそうにぎりぎりと歯ぎしりをさせたが、結局何も言わずに部屋から出て行った。
この場でアミディオ相手に逆上するわけには行かないと判断するだけの理性は残っていたらしい。
「フン。役立たずが。・・・・・・おい。分かっているな?」
アミディオが、今まで誰もいなかったはずの方に向かって問いかけた。
すると、その方向に突然男が一人現れた。
「よかろう。指示された通りにやればいいんだな?」
「そうだ」
男の問いかけに、アミディオは短く答えた。
その次の瞬間には、男の姿は消えてなくなっていた。
「・・・・・・最初からこうすればよかったか。彼らの余計な言葉など受け入れなければよかったか。まあいい」
そんなことを言ったアミディオの表情は、仕掛けの成功を信じて疑わないものであった。
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建物の屋根を使って一つの影が移動していた。
この辺りは商店が連なっていることもあって、住宅地のように建物が密集しているわけではない。
にもかかわらず、その影は音一つさせずに屋根から屋根へと移動していた。
その足運びに迷いは無い。
目的地まで一気に到達すると思われたが、突然その移動が止まった。
移動を邪魔する別の二つの影に止められたのだ。
「すまないが、邪魔をさせてもらう」
二つの影のうち一つが、そう言って来た。
言葉から男だと分かったが、ここまで移動して来た影にとってはどうでもいいことだった。
なにより、わざわざ言葉をかけてきたこと自体が、二流の証だと思っている。
すぐさまその考えを実行に移した。
二つの影に自ら躍りかかって行ったのだ。
この二つの影をどうにかしないと、仕事の遂行が出来ない。
それならば、さっさと始末したほうがいいと判断したのだ。
片方の影に肉薄する頃には、手には短剣が握られていた。
その短剣が、狙っている影の胸辺りに吸い込まれていくかに思われたが、相対している影もそう簡単にやられはしなかった。
同じように出して来た短剣でその攻撃を防いで、少しだけ後方に下がった。
さらに追いかけようとしたが、その時には、別の影が躍りかかってきていた。
完全に二対一になっていたが、一の方が押しているように見える。
最初に襲い掛かった影が、他の二つの影よりも一枚も二枚も上手のようだった。
遂にその牙が、一つの影に止めを刺そうとしたその時。
一つの影の方が、後方に飛びずさった。
少し離れたところから、正確に狙って短剣が飛んできたのだ。
飛んで避けるしか方法がなかったのだ。
「・・・・・・ちっ。そういう事か」
ここで初めて影が言葉を発した。
その視線は、二つの影ではない方に向けられている。
新しい人影がこちらに向かって移動してきていた。
二つの影もむやみに襲い掛かる真似はしない。
返り討ちに合う事は分かっているからだ。
「はいは~い。お待たせしたかな?」
「ぎりぎりでした」
「あらあら~。ごめんなさいね。それじゃあ、後は任せて」
ピーチがそう言って、影と相対した。
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動いた。そう思った瞬間には、すぐ目の前に来ていた。
慌てて攻撃を持っていた短剣で防ぐ。
「くっ・・・・・・!」
たったそれだけのやり取りで、ピーチの実力の一端が分かってしまった。
とてもではないが自分では敵わない。
たった一度のやり取りで、先程とは完全に立場が逆転していた。
勿論調査の段階で、ピーチがある程度の実力を持っているのは分かっていた。
何しろ二人で三十人を超える冒険者を圧倒したのだ。
アミディオは彼らを馬鹿にしていたが、実際はそれなりに実力がある者が集まっていたのだ。
それを二人とはいえ一瞬で倒してしまった。
それなりに実力を把握していたつもりだったが、所詮つもりだったと思い知らされた。
自分もそれなりに実力があると自負していたが、とてもではないが相手にもならないだろう。
逃げようにもとてもではないが逃げられない。
目の前にいるピーチもそうだが、先ほどまで相対していた二人が進路を妨害している。
ピーチが来るまで逃げないように出来るくらいの腕は持っているのだ。
「ごめんなさいね~。さっさと終わらせるから」
ピーチがそう言った瞬間、相対していた影の背中に冷たい物が走った。
来る、と思ったときには、右腕に衝撃が来た。
すぐに使い物にならなくなったと判断して、逆の手に短剣を持ち変えた。
だがそれも次の瞬間には無意味なものになっていた。
左腕も右腕の後を追って、衝撃が来たのだ。
これで両腕共が駄目になったことになる。
「ああ~、そうそう。仲間の働きを期待はしない方がいいわよ」
思わず何、と問いかけようとしたが、それはついぞできなかった。
頭に衝撃が来たと感じた時には、既に気を失ってしまったのであった。
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宿の部屋に戻って来たピーチを考助が出迎えた。
「お疲れ様」
「あれ~? 起きてたんですか。寝ててもよかったんですよ?」
「まあ、なんとなく? それで、どうだった」
「問題ないですよ~。今頃、予定通り門の前に放置してあるはずです」
どこの門の前かというと、アミディオの屋敷の門のことだ。
ちなみに、門の前には四六時中見張りが立っているが、今は静かにお休みいただいている状態だ。
影の者を使って宿を襲おうとしたのは、一人だけではなく複数いたが、既にそちらの方も対処してある。
「そう。んじゃ、今度こそ落ち着いて寝ようか」
「そうですね~」
そう言って二人は、ベットに向かった。
結局、この襲撃は人知れず処理され、アミディオの屋敷で見回りの者が門の前に放置されている者達を見るまで誰にも気づかれないのであった。
ピーチ大活躍!
これのために連れて来たと言っても過言ではありませんw




