(3)コレットの疑問
アレクが管理層から第五層に戻った後、考助とフローリアはくつろぎスペースでしばらく話をしていた。
そこに、シルヴィアがやって来た。
「あら? そんな難しい顔をしてどうしたの? アレクとの話がうまくいかなかったの?」
「ああ、いや。そうではない。そうではないんだが・・・・・・」
口を濁すフローリアに、シルヴィアが首を傾げた。
「ハイヒューマンの事がよっぽどショックだったらしくてね」
考助の言葉に、シルヴィアが納得したように頷いた。
そもそもハイヒューマンの存在は、ほぼ伝説になりかかっている。
どこどこの国の初代はハイヒューマンだったなど、歴史が長い国ほどそう言った言い伝えが残っているが、それが真実だと確かめられた者はいないのだ。
勿論神々に聞けば、本当の事を教えてもらえるだろうが、わざわざそんなことを聞く国はない。
何しろ国の根幹に関わることなのだ。
神々の方も聞かれて答えるかどうかは微妙な所だろう。
なるべく地上に関わることをしていない神々が、地上を荒立てるようなことをするはずがないからだ。
「? フローリアが女王になるのは駄目だと言って来たんですか?」
「いや、そう言うわけじゃないんだけどね。出ていくときに、ハイヒューマンの親になるとはどういう事だ、と呟いていたよ」
苦笑しながらそう言った考助に、シルヴィアもまた苦笑を返した。
「そういう事ですか」
アレクもアレクの妻であるソニアも間違いなくヒューマンだ。
その二親から生まれたフローリアは、少なくとも直前までは間違いなくヒューマンだった。
そのフローリアが、ハイヒューマンになったということが、アレクにはどうしても納得できなかったらしい。
「まあ、仕方ないと言えば仕方ないがな。本人もまだ受け入れがたいところがあるしな」
同じように苦笑しているフローリアが、そんなことを言って来た。
「ハイヒューマンになるのが嫌だった?」
「それはない」
考助の確認に、フローリアはきっぱりと言い切った。
「そもそも子供を欲しがったのは私の方だぞ? ハイヒューマンになるのが絶対条件なのに、嫌がるはずがない」
「だったらなぜ?」
「受け入れ難いというのは、そんな簡単になっていいのかという戸惑いの方だ。本人としては特に何かが変わったという事もないしな」
ハイヒューマンになったと判明した時は、考助から言われて分かったのだが、その前にフローリアが何か変化に気付くという事は無かったのだ。
身体に大きな変化があったという違和感さえ何もなかった。
「確かに、それはありますわ」
同じようにハイヒューマンになっているシルヴィアが、同意するように頷いていた。
「そんなもんなんだ。・・・・・・ああ、いや。言われてみれば、僕の時もそうだったか」
考えてみれば、考助も同じような経験をしているのだった。
初めて神域に生身で行った時に、アスラから現人神になったと宣告された。
その時に言われなければ、自分が神になったなど絶対に気づいていなかっただろう。
それは違う、というような視線をフローリアとシルヴィアが向けて来たが、考助は綺麗にそれを無視した。
「といっても、出来るアドバイスなんて無いんだよね。時間を掛けて受け入れていくしかないから」
考助としてもそう言うしかなかった。
何しろ自分の時もそうだったのだ。
それどころか、未だ神として受け入れられていない所が、無いわけでもない。
以前ほど違和感は感じなくなっているのだが。
それが良いことなのか、悪いことなのか、今の考助には判断がつかない。
長い年月が経てば、また違った意見も出てくるだろう。
考助のこの感覚が、この二人にも当てはまるかどうかは分からない。
だが、少なくとも悪い方には考えていないようなので、考助としてもそういった意味での心配はほとんどしていなかった。
それに、管理層には他にも上位種になっている仲間たちがいるのだ。
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フローリアとシルヴィアがハイヒューマンになったことで、上位種になっていないのはコレットだけになっていた。
ピーチに関しては、まだ上位種になったことは言っていないのだが、そのことを聞かれたときの態度から何となく察してはいるような感じだった。
残っているコレットにしても、前々から本人が宣言している通り、特に今すぐ上位種になることにはこだわっていないので、そのことで管理層が微妙な雰囲気になることはなかった。
そのコレットが、フローリアに前から不思議に思っていたことを聞いてきた。
「一つ質問していいかな?」
「なんだ?」
珍しいコレットからの質問に、フローリアが首を傾げた。
「フローリアが女王になるのでしょう?」
「・・・・・・そうだな」
「ということは、当然早く子供を作るように望まれるのよね?」
「ああ、そうなるな」
「そういうのって、プレッシャーになったりしないの?」
コレットの疑問に、フローリアは目をぱちくりとさせた後で、腕を組んでしばらく考えた。
コレットの態度から簡単に答えていい物ではないと思ったのだ。
「無いとは言わないが・・・・・・私の場合は、良い意味でも悪い意味でも慣れてしまっているのだろうな」
「慣れてる?」
「ああ。そもそも私は、王女として育てられているからな。男ではないとはいえ、いざというときの王家の血筋を残す役割も残っている」
「・・・・・・そういう事ね」
そもそも王家としての第一の役割は、次代の血族を残すことだ。
いくらいい治世を行ったとしても、次代を残すことが出来なければ、次の代で国が乱れてしまうことになる。
当然王家の第一の役割は、その血筋を残すことになる。
フローリアは、そういった環境で育ったために、国のために子供を残すことは当然といった感覚になっているのだ。
「そう言う意味では、フローリアを女王に据えたのは良い選択だったのかしらね」
シルヴィアが含むような視線を考助に向けた。
「いや、別にそう言う意味で選んだわけではないんだけど・・・・・・」
考助がばつが悪そうな表情になり、フローリアを見た。
考助にしてみれば、どうしたって人口が多くなるヒューマンを治めるには、ハイヒューマンであるフローリアを選んだほうが良いと考えたのだ。
何より、子供の事はともかくとして、王女として教育を受けてきているというのもある。
自分が表に出ることが出来ないと考えていた考助にとっては、フローリアはまさしく適任だったのである。
「分かっているから気にするな。それに、表に出すことを考えているのは私だけではないんだろう?」
「ありゃ。ばれてたか」
「それはまあな」
考助とフローリアの会話に、コレットが首を傾げつつ聞いてきた。
「どういう事?」
「何。国を作る以上、どうしたって神殿の存在は必要になる。正確に言えば、神職の存在だが」
フローリアはそう言って、チラリとシルヴィアを見た。
「神職が必要になると言うより、神職が割り込んでくるのが分かりきっているからね。それだったらいっその事、最初からそう言う存在がいた方がいいよね?」
この世界において、国家の中枢には必ずと言って良い程神殿の存在がある。
別に政治に口を出すわけではなく、神々の神託等を伝える者が昔から存在していたのだ。
そういった所に神殿側から余計な口出しをされないように、最初からシルヴィアを収めてしまおうと考えていた。
「・・・・・・そういうことですか」
シルヴィアとしても自分の役割は分かっている。
だからこそ、特に反対をすることは無かった。
塔の管理に関しては、フローリアと同じようにゆっくりと行っていくことになるだろう。
「これから塔以外の事で、色々と忙しくなっていくと思うけど、よろしく頼むね」
特にこれから国造りに携わっていく二人に、そう念を押す考助であった。




