閑話 舞台裏
「・・・・・・はい・・・・・・ハイ。では、そういう事で・・・・・・はい」
エリスが交神を切るのを確認してからジャルが近寄って来た。
「どうだった?」
「問題ありません。予定通りに行きます」
ジャルの確認に、エリスが頷いた。
エリスが考助に確認していたのは、今回の神の審判に関する内容だった。
「それじゃあ、審判を決めるのは考助なのね?」
「当然ですね。当事者なのですから」
これに関しては、他の神々から文句が出ることは無いだろう。
審判の内容はまだ決まっていないが、考助が決めた審判に文句を付ける者も出ないだろう。
ゲイツ王国の神殿がやろうとしているのは、神を貶めることではなく、考助を神として表に引きずり出すことが目的だ。
あわよくば、自分たちがそれをコントロールできればと考えている。
それだけでも何を考えているのかと問い詰めたいが、残念ながら特別なことがない限り、神々は世界に出ることは出来ない。
神の降臨はその一つだが、条件を満たさない限りはおいそれと実行は出来ないのだ。
その条件を今回ゲイツ王国が満たそうとしているのだ。
良い意味ではなく、悪い方の意味で。
余程のことがない限りゲイツの王国の行いは止めることは出来ないだろう。
その余程のことは、神々が本気になればいくらでも起こせるが、わざわざそんなことのために天変地異を起こすなど世界に対する影響が大きすぎる。
それくらいなら、神の審判の範囲内で収めた方が、よほどましなのである。
「それはいいんだけど・・・・・・降臨の方は?」
ジャルの問いかけに、エリスが渋い顔になった。
「それは・・・・・・これから調整です」
「うわー。それは大変だ。がんばって・・・・・・「何を言っているんです。貴方もやるんですよ?」・・・・・・え!? ほんとに!?」
「ホントにです」
顔を引き攣らせるジャルに、エリスが真面目な顔をして頷いた。
今のところまだ考助とゲイツ王国の交渉は始まっていない。
だから、実際に降臨することになるかどうかは決まっていないのだ。
だが、確実に神の審判で神々は降臨することになるだろう。
既にその条件は整っている。
神域にいる神々も、彼らの行いには既に限界が来ていた。
神々から見れば、彼ら自身が自ら引き金を引きに来ているのだ。
間違いなく交渉は行われるので、確実に神の審判は下されることになるだろう。
その結果として、神々が世界に降臨することも決定していた。
問題は、その降臨がどのように行われるのかという事だった。
その場合の調整は、当然のようにエリスが行うことになるのだが、今回に関してはジャルもそしてスピカも傍観者ではいられないのであった。
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騒めく会場に、珍しく三大神が揃って顔を引き攣らせていた。
神々の場合、どこぞの国の会議のように怒鳴りあったりして紛糾することは無い。
こうして静かに(?)騒めいている時が、なかなか話が決まらないときなのだ。
簡潔に言えば、揉めているとも言う。
その全てをくみ取って、どうにかうまいこと調整するのが三大神の役目になるのだが・・・・・・。
こんなのまとめるなんて無理ー、とジャルは心の中で考えていた。
何しろ存在する神々のほとんどがこの会場に集まっている。
そしてその神々が、好き勝手に自分の主張をしているのだ。
一つの都市に限って降臨するのであれば、全員が一気に顔を見せるという事も出来なくはないのだが、今回はそうではない。
もっとも全員が一気に降臨したらしたで、地上は大騒ぎになるので、そんなことは神々の感覚からしても滅多にないのだが。
今回は、世界中の複数の都市に同時に降臨する予定となっている。
どこの都市に、どの神が降臨するかは完全にこちら側で決めることになっているので、こんな騒ぎになっているのだ。
何しろ、神域にいる神々にとっては、降臨する機会などほとんどない。
例え理由が良くない場合でも、ここぞとばかりに降臨したがるのが神々なのだ。
考助のような存在は、例外と言っていいだろう。
ジャルが、どうするのこれ、と視線をスピカに飛ばしていた。
そのスピカは、静かに首を左右に振っている。
その間に挟まれているエリスが、一つため息を吐いた。
それを見た両サイドにいるスピカとジャルが、今度は別の意味で顔を引き攣らせた。
怒っていた。
この状況で、間違いなくエリスが怒っていた。
滅多に怒ることが無いエリスは、一度怒ると非常に怖い。
出来れば、怒ったエリスには触れたくはないのだが、そうも言えない。
さっさとエリスの様子に気づいてくれと祈るが、自分たちの事で夢中になっている神々はなかなか気づかなかった。
だが、しばらくしてエリスの近いところにいる神々から静まって行った。
エリスの様子に気づいたのだろう。
その波が広がっていき、最終的にはその場に集まった全ての神々が静まり返った。
怒っている所を見せているとはいえ、黙っているだけで騒いでいる神々を静かにさせることが出来るのは、エリスだけだろう。
ちなみに、アスラの場合は最初から神々は騒いだりしない。
アスラが出てきているという事は、既に決まっているので騒ぐ必要がないからだ。
そんなわけで会場が静まり返ったのを見たエリスが、ニッコリと笑った。
その表情を見て、全員が戦慄したのは言うまでもない。
「そろそろ皆さんの意見も出尽くしたと思いますので、ここらで決めるという事でいいですか?」
その言葉に反対意見など出るはずもなく、次々と神々が降臨する場所と降臨する神が決められていくこととなった。
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何とか無事に世界への降臨を終えて、ジャルは大きなため息を吐いて机に突っ伏した。
「はあー。終わった終わった」
「人々には見せられない姿だな」
その姿を見たスピカが、若干同情するように見ている。
三大神は、神々が降臨する場所の調整から始まり、細々としたことを調整することになったのだ。
流石にジャルと同じような格好をすることはないが、スピカも同じような心境だった。
いつもは注意するエリスも、苦笑するだけにとどめてジャルを見ていた。
「人々だけではなく、神々にも見せてはいけないですよ?」
「まあまあ、今は私達しかいないんだから、これくらいは大目に見てあげましょう?」
最後に笑ってそう言ったのがアスラだった。
今回の件に関しては、アスラは全く関与していない。
そもそもヒューマノイド種を含む人類種に対して、アスラが関与することなどほとんどない。
アスラが動くとすれば、神々に対して何かを行うことくらいだろう。
他にあるとすれば、考助の時のように新しい神が誕生するときなどになる。
「まあそれにしても、ぎりぎりだったわね」
「そうですね。これでまたしばらくは抑えられるでしょう」
アスラとエリスの会話の意味は、神々の怒りがそこまで来ていたという意味だ。
審判を下すことによって、その怒りが一旦静まったという事になる。
考助の事が無かったとしても、あるいは近々降臨なり何なりが行われていた可能性は大きかったのだ。
もっとも、今回の件で頂点に達したのも確かな事なのだが。
実はこうした類の神の審判は、過去何度も行われている。
これは人類が学習をしないのではなく、長い間に文献が失われたり、口伝が上手く伝わらなかったりすることによって起こるのだ。
だからといって許されるわけでもないので、そのたびに神の審判が行われている。
「もう二度と起こってほしくないよ~」
「私もそれを望みます」
ジャルの愚痴に、エリスが心底そう思って答えるが、残念ながらその望みは叶えられないのだろうなと思うアスラであった。




