閑話 海賊?(後編)
ミネルバ商会のレウスは、交渉の席にクラウンの商人部門の長であるシュミットが現れたのを見て驚いた。
それなりに大きい取引であるとは言え、クラウンとミネルバ商会の取引は数ある取引の中の一つでしかない。
そんな取引に、わざわざシュミットのような立場の者が出てくるはずがないのだ。
実際、過去何度も行われている取引では、シュミットと一緒に来ている担当者と交渉するのが常だった。
だが、何故こんなところにシュミットが、とはレウスも考えてはいない。
逆にシュミットが現れたことで、今回の件をある程度把握しているからこそ出て来たのだろうと考えた。
問題は、クラウンがどの程度まで把握できているかどうかなのだが、全部知られていたとしても特に問題はない。
レウスは海賊の後ろ盾に何処がついているのかは、知らないのだから。
あくまでレウスが交渉したのは海賊であって、その後ろ盾ではない。
海賊と交渉をして、損害を抑えることなど良くある話なのだ。
だからこそ、レウスは今回の話も自信をもって受けていた。
海賊被害に遭って、大きく損害を受けた。
今回の取引ではその補てんをするために、どうしても値を下げるしかない。
少なくともレウスに取っては、そう言うだけの話なのだ。
多少強引な所があるとはいえ、それでもレウスが自信を持っているのは、ミネルバ商会の持っている販路がクラウンにとっても有益な物だと理解しているからだ。
これに変わる販路など、そうそう簡単に見つけることが出来ないために値下げにも応じるだろうと、そう考えているのだ。
少なくともレウスにとっては、それが当然だと信じていたのである・・・・・・シュミットとの交渉が始めるまでは。
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レウスは、思わずクラウンの担当者が言った言葉をもう一度繰り返してしまった。
「値下げには応じられない?」
「はい。クラウンとしては、これ以上の値下げには応じることはできません」
「いやしかし、それは・・・・・・」
予想外の言葉に、一瞬焦ったレウスだったが、これも交渉の一部だろうとすぐに気を持ち直した。
相手もこちらが値下げを要求してくることは分かっている。
そうであれば、出来る限りその値下げを抑えようという狙いがあるのだろう。
「そうですか。では如何なさいますか? 私どもとしても被害に遭っている以上は、どうしても値下げをして護衛料などを補てんしないと次の便が出せないのですが・・・・・・」
「いえ。次の便は出さなくて結構です」
「・・・・・・は?」
「ですから、今の状況で商品を購入していただかなくても結構です、と申し上げました」
内心では非常に混乱しているレウスだったが、表面上は何とか取り繕いつつ、担当者の言葉を反芻した。
「今の状況では、とは?」
「海賊の被害が収まるまで、でしょうね。当然海賊の被害が無くなれば、今まで通りの値段で取引できますよね?」
「いや、しかし、それは・・・・・・」
予定外の流れに、レウスは言葉に詰まってしまった。
確かに担当者の言う通り、海賊被害が無くなれば、余計な経費が掛からなくなる。
そうすると値下げ要求するための理由が無くなってしまうのだ。
レウスの希望としては、今回の値下げ交渉に成功して、海賊被害が無くなった頃もその低い値段で取引を続けると言う目論見もあったのだ。
その目論見は、今の話の流れだと潰えてしまうことになる。
「・・・・・・もし海賊が収まったとしても、その時に貴方達の商品を積むスペースが残っているとは限りませんが?」
直接の値下げ交渉はダメだと察したレウスは、からめ手で交渉することにした。
そもそも船に荷が詰むことが出来なければ、商品を買い取るも何もないということになる。
「はい。その場合は残念ですが、縁が無かったという事になるでしょう」
その言葉を聞いてレウスは焦った。
それも当然だろう。
クラウンにとってミネルバ商会の販路は、どうしても確保しておきたい物だと思っていた。
だが、その販路が無くなっても良いと言っているのだから。
「あの・・・・・・つかぬ事を伺いますが、私どもの海路が無くなってもいいと仰るのですか?」
「無くなっていいわけではありませんよ? ですが私どもには陸路と言う手段がありますので、其方と比べると値下げしてもメリットが無くなるんですよ」
その言葉を聞いて、レウスはすぐにクラウン独自のあの大規模商隊を思い浮かべた。
他の商会は未だ上手くいっていない大規模商隊を、クラウンは縦横無尽に駆使して、大陸中に張り巡らせている。
確かにその大規模商隊を使えば、そういう事も可能なのかもしれないと、思ってしまった。
それは同時に、レウスが今まで持っていた優位性も消えたという事になる。
何しろわざわざ間にレウスを、ミネルバ商会を挟まなくてもやっていけると言っているのだから。
今更ながらにそのことに思い至ったレウスは、この交渉が始まる直前まで思い描いていたシナリオが完全に瓦解したことを思い知った。
なぜ陸路の事を思いつかなかったのかとレウスは後悔したが、それは既に遅かった。
レウスとしては、クラウンの商品を積めなくなることは、大きな損失を生むことになる。
クラウンが無かった頃に戻るという事も出来るのだが、クラウンが生み出している素材などの商品は、商会にかなりの利益をもたらしている。
今更それを手放すことなどできなかった。
結局、今まで通りの値段で取引を続けるしかなかったのである。
それもこれも海賊などと取引をしたからと思ったが、それを言ったら全てを失っていた可能性があるのだからこればかりはしょうがない。
早急に海賊の対処をしなくてはなどと考えていたのだが、ふとあることを思い出した。
今までの交渉は、全て担当者が行っていた。
シュミットは最初の挨拶くらいで、今までほとんど言葉を発することが無かった。
交渉するためではないのだとすれば、いったい何のために来ているのか。
ようやくそのことに思い至ったのだ。
「あの・・・・・・シュミット様は、何故こちらへ?」
商会の規模から言えば、遥かに格上の相手だけに態度も相応の物になってしまう。
以前はただの行商人だったという話だが、そんなことは今の実績とは何ら関係がない話なのだ。
「ああ、いえ。貴方が海賊と直接交渉したと話を伺いましてね。その時の話を聞きたかったのです」
笑顔を浮かべてそう言うシュミットに、レウスは内心で冷汗を流していた。
同時に、下手に海賊の裏を取らなくてよかった、と思った。
ここでもし下手なことを言えば、それこそ大事な商売が吹き飛んでしまうと考えて、洗いざらい話すことになったのである。
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「結局、相手の尻尾は掴めませんでしたね」
ミネルバ商会での交渉を終えた後、担当者がそう言って来た。
今いる場所は、ミネルバ商会ではなくクラウンが所持している建物の中だ。
「相手もそれだけ警戒しているという事でしょう」
何しろ下手に姿を見せると、塔の攻撃兵器が飛んでくる可能性がある。
警戒するのは当然だろう。
「それはともかく、今回は値引きなしで押し切りましたが、実害が出てくるようでしたら状況も変わりますので、注意を怠らないようお願いします」
「わかっております」
ミネルバ商会のように値引き交渉をしてきたのは、実は一つだけではなかった。
クラウンが取引している全ての商会とは言えないが、複数の商会が同じような状態になっていた。
場合によっては、それらの商会が裏取引などせずに、本当に被害に遭う可能性もあるのだ。
その時はその時で、また対処の仕方が変わってくる。
今回の件は、ひょっとすると長引くことになるかも知れないと覚悟するシュミットであった。
第23章の閑話と言うよりも、先の話のプロローグ的な話になってしまいました。
次の章はまだ考助が管理層に戻っていないので、この話が本格的になるのはその後でという事になります。




