閑話 領主の思い
転移門がある四つの街のアマミヤの塔への傘下入りは、すぐさま西の街の領主であるリーリルの元へと届けられた。
その知らせは、寝耳に水、と言うほどではなかったが、それでもかなり驚かされた。
ケネルセンやミクセンはともかくとして、他の二つの街は表だって塔を批判したりはしていなかったが、友好的であるとも言い難かったからだ。
ただし、それは為政者としての感覚だったのだろう。
街の塔への傘下入りは、それぞれの街の住人達に特に混乱もなく受け入れられていたのだ。
どちらかと言えば、好意的だと言ってもいい。
批判したり反対したりしているのは、新しい流れに乗れなかった古い利権だけにしがみついている者達ばかりだった。
その利権にぶら下がっている者達はともかくとして、それ以外の者達にはその主張は聞き流されていると言うのが現状だ。
塔の街そのものも当然のように受け入れられているため、少なくとも四つの街の傘下入りは順調そのものと言っていい状態だった。
はっきり言えば、リーリルとしては、あの街の代官を務めているアレクを敵に回したくないと思っている。
それほどまでに見事に取り仕切っていた。
既にアレクが、東の大陸にあるフロレス王国の元第三王子だという事は知れ渡っている。
そんな身分の者がどうして塔の町で代官という地位に甘んじているのかは分からない。
不自然なまでにその辺りの情報は隠されているのだ。
だが、そんなことは西の街の領主であるリーリルにとっては、どうでもいい話だ。
流石に元第三王子というだけあってか、しっかりと教育を受けていて、しかも当人は極めて優秀だった。
塔の支配者は、コウスケという名前だけは聞くが、ほとんど表には出てくることは無い。
実質上、街を支配しているのはアレクと言っていい状態だった。
しかも今後は、今まで傘下に入っていたケネルセンに加えて他の三つの街も傘下入りすることになる。
それだけではなく、周辺の小さな村や町も確実にその影響下に入ることになるだろう。
そうなれば、ほとんど小さな国家と変わらない状態になる。
表向きの立場はどうあれ、クラウンが行っている物流や冒険者達の動きからも逆らうことは難しいだろう。
そもそもアレクは、武力で強引に取り込むようなことはしていない。
やっているのは、大商隊をはじめとして物流を握って村や町への商品の流れを抑えてしまっているのだ。
はっきり言えば、武力で脅されるより、其方の方が小さな村にとっては脅威だ。
大商隊を賄える財力がある商人部門と冒険者部門、両方の組織があるクラウンがあるからこそできるやり方だった。
表向きではクラウンは行政府から離れた一組織となっているが、そんなことを額面通りに受け取っている者など誰もいないだろう。
そもそも塔の中にある町からして、最初はクラウンが立ち上げたと言ってもいい。
そのことは要するに、塔の街の行政とクラウンの離反を狙うのは難しいという事だ。
もし街の行政からクラウンを切り離すことが出来れば、今の流れも変えることが出来るだろうが、それは出来ないということになるのだ。
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「そうそう都合よくは行かないという事だな」
思わずそう呟いてしまったリーリルだったが、幸いにも傍には誰もいなかった。
正直に言えば、傘下入りを決めた四つの街を羨ましいと思う気持ちも少しだけある。
そんなことは、部下たちの前では絶対に口に出せないが。
何故ならアレクのやっていることは、明らかに大陸に国を作りだして、他の大陸と対等に渡り歩こうとするための物だからだ。
そんなことはこのセントラル大陸では、未だに誰も成し遂げられなかった偉業になる。
大陸の東西南北にある街でも、同じようなことは出来るかもしれない。
ただ、出来たとしてもそれは他の大陸の国家の傀儡となってしまうのが落ちだ。
西の街の領主であるリーリルだからこそ断言が出来る。
アレクが今のようなことが出来ているのは、間違いなく以前の事件があるからだ。
塔による強力な武器の存在があるために、他国は迂闊に塔の動きには手が出せない。
対抗する手段がない以上、下手に手を出してしまえば、返り討ちにあってしまうのだ。
もっとも、あの攻撃兵器に関しても実はブラフではないか、という話も出始めている。
だからと言って、自国の軍隊でそれを試そうと言う国家は一つも出ていない。
少なくともコラム王国は、当分の間こちらに手を出すことは無いとリーリルは考えている。
勿論それは、色々な所から集めた情報を元にしているのだが。
今回の件で、西の街としては、益々手を出せなくなってしまった。
そもそもこの街にはクラウンの支部がある。
こちらからお願いして作ってもらったのだが、その理由としては支部にこちらの息がかかった者を送り込んで、そこから影響力を持とうとしていたのだ。
当然西の街だけではなく、他の三方の街も同じように支部を作っているが、同じようなことをやっているだろう。
だが、残念ながらその目論見は上手くいっていない。
いや正確には、当初の予定通りにはいっている。
だが、結果としてはこちらが取り込まれて行っていると言うのが正しい。
何しろ向こうには、塔と言う莫大な資源があるのだ。
食い込もうとしたら、逆に食い込まれていっていると言うのが実態だった。
これで他の大陸のように国家があって、郷里の想いなどのような物があればまた違った結果になったのだろうが、残念ながらこの大陸にはそんな物は無い。
勿論、大陸の中でも大きな都市の一つという矜持はあるが、言ってしまえばそれだけだ。
たまたま地理的に西の大陸に近かったために、入植された時期が古かった。
そのおかげで、大陸からの流通で街としては大きくなることが出来たが、どちらかと言えば西の大陸にぶら下がっている町と言う要素が大きいのだ。
だが、塔の街とクラウンに関しては違う。
セントラル大陸の街であり組織であるという誇りさえ、持ち始めているようだった。
成り立ちと背景が違うと、こうも意識が違ってくるものかと見せつけられる思いだ。
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「いつまでも、そんなことを考えていてもしょうがないな」
リーリルは、西の街の領主であり、現在起こっている事、あるいは起こるであろう事に対処しないといけないのだ。
今回の件で、またセントラル大陸は大きく動くことになる。
領主としてそれに対処して行かなくてはいけない。
塔が国家を作ろうとしていることは、もはやだれも疑っていないだろう。
最初からそうだったのか、あるいは流れでそうなったのかは分からない。
だが、現実としてもうその動きは止められない所まで来ていると言っていい。
例え塔の行政府が否定したとしても、民たちがそれを許さないだろう。
それほどまでの期待が大きくなっている。
問題は、その動きに対して他がどういう動きになるかという事だ。
西の街自体は、積極的に動くつもりはない。
リーリル個人としては、もはや流れに乗ってもいいのではないかとさえ考えているのだが、そんなことは領主として口が裂けても言えない。
こういう事は、トップダウンで行っても上手くいかないのだ。
一つ興味深いのが、南の街だ。
もともと南の大陸は、フリエ草の件がありクラウンに対して比較的好意的な所がある。
南の街が、塔の傘下に入ったとしても表だって反対はしてこないだろう。
その雰囲気を察しているのだろう。
南の街の為政者たちも、どちらかと言えば傘下に入ることを前向きに検討し始めているようだった。
ただしその動きは、他の三つの街にとっては見過ごせない動きになる。
ひょっとすると、南の街の動き次第では、またこのセントラル大陸の運命が大きく動くことになるかもしれない。
その時は、間違いなく塔が中心にあるのだろう。
その際に西の街はどういったことになるのか。
領主として忙しくなるのは、間違いないのだろうと思うリーリルであった。
状況説明をしようとしたら、リーリルの独白っぽい流れになってしまいました。




