(5)消えた考助
考助が管理層へ戻ってきてから数日後、事件が起こった。
いつもより少し起きるのが遅れてしまったシュレインが、くつろぎスペースへ行くと、思わず息をのむ光景がそこにあった。
コウヒとミツキが互いに向き合って、臨戦状態にあったのだ。
見ているだけで圧迫されるような空気の中、シュレインは何とかすぐ傍にいたコレットに状況の確認をした。
「な、何があったのだ? コウスケはどうした?」
今まで一度もこんなことが起こったことは無かった。
それに、こんなことが起こればすぐに駆けつけるはずの考助がどこにも見当たらない。
「コウスケがいなくなったの・・・・・・」
寂しそうな顔をしてそう言ったコレットに、シュレインは虚を突かれたような顔になった。
その言葉の意味が頭に浸透すると、すぐ後に混乱が来た。
「な、何!? どういう事だ?」
「ミツキが朝起きてコウスケのベッドを見たらもう既に姿が無くて、手紙が一通置かれていたみたい。 その手紙に、”色々と思う所があって、少しの間離れて過ごした方がいいと思うので、管理層からしばらく離れます。一緒にいたいと思ってくれているのは分かってますが、どうしても必要なことだと思うので、追いかけてこないでください。必ず戻ってきます”って書いてたそうよ」
コレットの説明に、シュレインは唖然としてしまった。
「・・・・・・それで、あの状況か?」
考助がいなくなった理由はともかく、今のこの状態は理解できた。
考助を追いかけようとしているコウヒを、ミツキが止めている図なのだ。
「一応聞くが、止めないのか?」
「私も一応聞くけど・・・・・・誰が、どうやって?」
シュレインとコレットは、会話をしているが、お互いに視線はコウヒとミツキの方を向いている。
一触即発の状態なので、目が離せないのだ。
シュレインとコレットがいる場所から少し離れたところには、シルヴィア達もいた。
ただし、この状況を見てはいても、当然ながら二人を止めようとする無謀な者はいなかった。
「なぜ止めるの?」
「考助様が望んでいないからよ」
メンバーからの注目を集めるなか、二人はそれに頓着せず睨み合っていた。
「関係ない。護衛は絶対必要」
「そうでもないわよ。貴方だって、いる場所は分かっているのでしょう?」
ミツキの問いかけに、コウヒは沈黙した。
「私達に分かるという事は、隠れる気はないという事よ。しばらくこのまま様子を見ましょう」
「いや・・・・・・」
コウヒは、短く首を振った。
そんなコウヒを見て、ミツキは一つため息を吐いた。
「仕方ないわね。できれば言いたくなかったんだけど・・・・・・」
「・・・・・・何?」
「もし私達が今動けば、あの方が介入してくるわよ?」
「・・・・・・え?」
驚きの表情を浮かべたコウヒに、ミツキはもう一度ため息を吐いた。
「やっぱり、気づいていなかったのね? そもそも私達が警戒している所をかいくぐって、こうもきれいに抜け出せるなんて、それしか考えられないでしょう?」
「・・・・・・まさか」
「まあ、抜け出したときは出てきてないみたいだけどね。私達が動けばあり得るわよ?」
「そんなことは・・・・・・」
「ない、とは言い切れないでしょう? 特に今回のようなときは。あの方、考助様には甘いから」
もはや悲痛と言っていいような表情を浮かべるコウヒに、ミツキは近づいて行って頭を撫でた。
「気持ちはわかるわ。でも、今は待ちましょう?」
ミツキがそう言ってからしばらく、コウヒは動かなかった。
だが、やがて小さくコクンと頷いたのである。
二人から発していた圧力があっという間に霧散した。
それを感じた一同は、ホッと肩の力を抜いた。
例え自分自身に向けられていないと分かっていても、凄まじいまでの圧力だったのだ。
結局戦闘らしい戦闘は行われずに、話し合いだけで片が付いたため、くつろぎスペースには被害らしい被害は起きなかった。
それと同時に、コウヒが考助を追いかけるのを諦めたために、それを差し置いて探しに行こうと言えなくなってしまった一同なのであった。
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管理層でそんなことが起こっているとは露知らず。
考助は、第八層の百合之神社(大)で寛いでいた。
考助にしてみれば、今回の事は大したことではなく、置手紙も心配しないように書いただけだった。
とりあえず今は、少しの間だけ離れてみようと考えたのだ。
そしてその間に、この世界に来てやってみたかったことの一つを実行しようとしていた。
「ほんとにいいんですか?」
そう考助に切り出したのは、セシルだった。
ちなみに考助は、一瞬苦いものを飲んだような表情を浮かべた後、視線を落として隣にいるナナの背中を撫で始めた。
「いいって、どういう意味で?」
「塔の管理は忙しくないんでしょうか?」
セシルの言葉を聞いた考助は、ああそっちか、と呟いた後、答えた。
「まあ、別に今は抜けたところで大したことは無いね。今のところ大きな変化もないし。大体、何か起こったらすぐにコウヒかミツキのどっちかが飛んでくるよ」
文字通り飛んでくる姿を思い浮かべた考助は、笑いながらそう言った。
実際はそれどころではなかったのだが、その辺は考えないようにしている考助だった。
抜け出す際に、アスラの指示の下、三大神の力の協力を得ているので、さほど心配はしていない。
何かがあれば、四柱のうちの誰かから交神が来ることになっている。
だからこそこうして安心して抜けて来たのだが、その目的というのは、
「しばらくの間、私達と一緒に冒険者として活動したいなんて、ほんとにいいんでしょうか・・・・・・?」
アリサが、不安そうにそう言った。
「うーん。実際、冒険者として活動してたのは凄く短いからなあ。そう言う意味では足手纏いになるかもしれないなあ・・・・・・」
「い、いえ! 別にそう言った意味ではなく!」
若干へこんでいる考助に、アリサが慌てて手を振っていた。
実際二人は、塔の攻略時に考助がモンスターの討伐には一切かかわっていないことは、何度か耳にしている。
だが、だからと言って、それが侮る理由にならないことを二人は知っている。
いくら最強の護衛が付いていたとはいえ、ドラゴンをはじめとした最高ランクのモンスターが跋扈するエリアを生き抜いているのだから。
それだけでも冒険者として尊敬に値する。
何しろ冒険者として一番最初に教えられるのが、生き延びろ、という事なのだから。
そういうわけで、考助に対して、冒険者として不安を抱いているわけではない。
あくまで、塔の管理の事を心配しているのだ。
「塔に関しては、本当に大丈夫だよ。他の皆がほとんどの事をやってしまっているからね。実際僕が手を出すことなんてほとんどないから、開発の方ばっかりだったし」
「・・・・・・そうですか。それならもうこれ以上は言いません」
改めて今の塔の現状を語った考助に、アリサもそれ以上は言うのを止めた。
「それでは、確認しますが、私達はコウスケ様の奴隷という事でよろしいですね?」
よろしいも何も、事実名目上はそうなっているのだが、考助は否定した。
「あ、ゴメン。それ無理」
「いえ、ですが、私達は立場上そうなっているのですが?」
そもそもセシルもアリサも奴隷と言う立場だ。
名義上でその主になっているのは、ワーヒドなのだが実質ワーヒドはその権利を考助に譲っている。
そのため二人の主は考助という事になる。
考助も今更そのことをどうこう言うつもりはない。
だが、今回に関しては、それだと困ったことになりかねないのだ。
「二人の主だとばれたら、そこから芋づる式に僕の立場がばれてしまうからね。少なくとも表向きは、仲間とかそんな感じでお願い」
「わかりました。では、私達はクラウンの依頼を受けて、コウ様の仲間になりながら護衛も請け負っているという事でどうでしょうか?」
どこの放蕩息子が冒険者なんて危険な真似をするんだと思わなくもなかったが、それこそ物好き貴族がそんな真似をするという事もあるかも知れない。
「うーん。なんか、色々と穴がありそうだけど・・・・・・しょうがないかな?」
出来ればもう少しきちんと決めた上で、冒険者として活動しようと決めた考助であった。
考助がプチ家出をしました。
といってもそんなに長い間ではありません。
手紙一枚で出ていくのは、無責任じゃ? という意見もあると思いますが、その辺の理由は次話に書いてますので、それまでお待ちください。
予定では、この章か次の章には戻るつもりですが、予定はあくまで未定です。




