(2)フローリアの考え
「国を作らないか?」
唐突にそんなことを言いだしたアレクに、考助は呆けてしまった。
明らかにそんなことを考えてもいなかったという表情だった。
アレクが言った言葉が、十分に頭で理解できた後に、周囲を確認して見る。
アレクをはじめとした街から来ている者達は、アレクがそう言いだすことを予測していたのか、期待するような表情になっている。
ワーヒドも似たり寄ったりの表情になっているので、元々通知していたのだろう。
対して管理側のメンバーと言えば、驚いているというよりも、ついに来たかという顔になっていた。
つまり、全く考えていなかったのは、考助だけだった。
「ええと・・・・・・もう一度、言ってもらえますか?」
「国だよ。この塔を中心とした国を作らないか、と言ったんだ」
考助の催促にアレクは、しょうがないな、という表情をして言って来た。
今まで考助が、国に関して全く想像もしていなかったことが分かったのだろう。
「えっと・・・・・・冗談ですか?」
そんなわけないだろうなあ、と思いつつ願望も込めて、考助はアレクに問いかけた。
「冗談でこんなことを、この場で口にできるか」
「ですよねー」
アレクの返事を聞いて、考助はガクリと肩を落とした。
「・・・・・・率直に言って、全く考えたこともなかったんですが、今そんなことを言いだしたのには何か理由が?」
「理由も何も、大陸の全ての塔を支配している者が国を持つことに何の不思議がある? 逆に不思議に思われるぞ?」
「ついでに言わせてもらえれば、今回の発表を機に、第五層の街ではいよいよ国を作るのではないかと言う話も既に出てきています」
アレクの言葉に、さらにワーヒドがフォローして来た。
この話は、酒場での冗談話ではなく、一般の話としてごく普通に話されているのだ。
塔を中心に国を作ることは、この世界においてはごく普通の話なのだ。
最近では、新しい塔を攻略したという話が無いので、そうした国家の誕生は久しくなかった。
勿論今まで一度もセントラル大陸では、塔を攻略した者などいなかった。
それを破ったのが考助なので、大陸で一度も出来ていない国家を作る権利を、考助が誰よりも持っていると言っても過言ではないのだ。
考助は、既に既成事実もどきが出来上がりつつあるのが理解できた。
「あー・・・・・・正直な話、突然すぎで返答が出来ないんですが?」
「それはそうだろうな。まあ、今はそんな話があると理解してもらえればいい」
「ありがとうございます」
「出来れば急いでもらいたいのが、本音だが」
ニヤリと笑って付け加えられたその言葉に、考助は苦笑を返すしかなかった。
「わかりました。出来るだけ早めに結論を出します」
「それに国を作ると言っても、今と状況はほとんど変わらないぞ?」
「え?」
「そもそもそう言った仕事は、既に行政府で行っている。勿論国としての体制は整えないといけないが、それも他の町から人員を集めることで賄えるだろうしな」
考助としては、それこそ王としての業務をこなさなければならないと考えていたのだが、アレクはそんな物は求めていなかった。
現在のアレクの肩書は第五層の街の代官だが、既にケネルセンなど複数の街の取りまとめなどもやっている。
町の数が少ないとは言え、やっていること自体は、一国の宰相とほとんど変わりがないのだ。
しかもほとんどの事は考助を通さずに、アレクが独断で決めてしまっていることが多い。
勿論、大事なことは考助に判断を仰いでいるが、大概のことはアレクだけで終わっていた。
例え国を作ったとしても、事実上考助がすることは、今とほとんど変わりがないのだ。
さらに、国を作ったとして、考助が実務に関わるには、別の問題がある。
「神が直接人を支配するのは、問題がありませんか?」
それまで黙って聞いてきたシルヴィアが、そう問題提起して来た。
「問題あるだろうな」
良くも悪くも神が実在している国で、実際に神が国を統治すれば任せ切りになって、いい事など何も起こらない。
実際、そう言う事があるために、神話の時代はともかく、現在では女神達が国を持つことはしていないのだ。
当然、アレクたちもそんなことは分かっている。
「だったら・・・・・・」
考助が何かを言おうとするのを、アレクは手で遮ってさらに言葉を続けた。
「だからこそ、私のような代官なり宰相なりが、実務を取り仕切るんだよ。後は、コウスケ殿に子供が出来れば、その子に王の座は渡せばいい」
アレクの言葉に、それまで様子を窺っていた女性陣の雰囲気が変わった。
それもいい雰囲気ではなく、悪い方の雰囲気だった。
流石にその様子は、考助もアレクたちも気づいた。
「どうしたの?」
考助が、そう問いかけたがすぐに答えは返ってこなかった。
「子供は・・・・・・少なくとも、今のままでは、子供は出来ぬ」
言葉を失っている皆を代表して、シュレインがそう答えた。
「・・・・・・どういう事?」
その雰囲気からとても冗談を言っているようには思えなかった考助が、慎重にそう聞いた。
考助からそう聞かれて、答えないわけにもいかなくなり、シルヴィアがため息を吐いて答えた。
「神となったコウスケ様と子供を作るのには、私達がそれぞれの高位種族にならなければなりません」
「高位種族ってことは・・・・・・」
考助は、以前に彼女たちとその話をしたときのことを思い出した。
その時の彼女たちも、妙な雰囲気だった。
「進化しないと駄目という事ですわ」
「逆に進化さえできれば、間違いなく子供は出来るんだね?」
考助の言葉に、シルヴィアは戸惑いつつ頷いた。
「そうか、良かった」
思わずそう言った考助だった。
最悪の事を考えれば、子供が出来ないことさえ考えられたのだ。
少なくとも道があるだけましだった。
しかも、彼女たちにはその道が見えている。
考助自身の力で既に、その答えも出ているのだ。
彼女たちが、加護の力を使いこなそうと色々とやっていることは考助も気づいていた。
何かあるとは思っていたが、まさかこんなことに繋がるとは思っていなかった。
「なんだか、込み入った事情があるようだが、子供が出来ないという事は無いんだね?」
雰囲気を察してこれまで黙っていたアレクが、話の流れを察して口を挟んできた。
「聞いた通りです。今のままでは駄目ですが、道が無いわけではない、と言うところでしょうか」
「そうか」
アレクは短く返事をして一度口を閉ざした。
これ以上は、彼らのプライベートに踏み込む話になる。
国の跡継ぎということを考えれば、公の問題とも言えなくはないが、まだそこまで具体的な話ではないのだ。
フローリアの事があるとは言え、今聞くべきことでは無いことくらいは心得ている。
「まあ、国の話は、今すぐどうこうと言う事ではない。ゆっくり考えてくれ」
何となく微妙な雰囲気になってしまったが、後は彼ら自身で話し合うべきことと、今回の定例会に関しては締めることにした。
他の参加者も同じように考えているようで、特にそれ以上の話は出てこなかった。
こういう微妙な話は、第三者が口を挟むと碌なことにならないことも分かっている。
まずは、当事者たちにゆっくりと考えてもらうのが大事なのだ。
もし口を出すとすれば、その後で十分である。
このことが、今後の塔の運営に影響を与えることが無いように願っている参加者一同であった。
というわけで、ついに子供の問題が表に出てきました。
国王という存在を作る以上は、どうしても付いて回る問題ですね。
民主主義国家をつくることは考えていません。
考助がずっと続けるかどうかは別にして、塔の支配者と言う存在がある以上、民主主義では上手くいかないでしょうから。




