2話 コラム王国
コラム国王城カリストレム。
言わずと知れたコラム国の国王が住まう城である。
その城にある限られた者しか立ち入ることのできない部屋に、その人物はいた。
長いあごひげはその人物の貫録を示し、その眼光は多くの物を従える力強さを持っている。
カリストレム城における一番いい部屋を占有できるその人物は、当然ながらその城の主であるバーム・エドリア・コラム国王であった。
一国の王であるバームにとっては、公私の区別などほとんどない。
今いる部屋も、一応私室ではあるのだが、執務室とほとんど変わらない状況だった。
現に、今も山と積まれた書類の処理をしている。
ほとんどを部下に任せて、自身は悠悠自適に過ごしている国王もいるのだが、バームはそう言うタイプの王ではない。
結果として毎日こうして一定量の書類がこの部屋に持ち込まれる。
そんな書類整理中のバームの元をある人物が訪ねて来た。
いつもの事なので、ノックをすることすらしなかった。
公務中は、時間の無駄だからそんなことはしなくてもいいと言いつけているのだ。
そもそもこの私室までたどり着けるような賊がいれば、それは相当の腕を持っていることになる。
当然ながら、私室と言ってもすぐ傍には護衛の騎士が複数いるので、いざというときも無防備というわけではない。
そんな中を潜り抜けられるのは、当然ながらコラム国の重要人物くらいしかいないのだ。
今バームの元を訪ねて来たのもそんな人物の一人であった。
「・・・ガドリア元帥か。何用だ?」
「ハッ。・・・セントラルから返答が届きました」
その言葉に、バームはようやく書類から目を離して、ガドリアの方を見た。
その視線は、先を続けるように促している。
「端的に言うと、予定外のところからの返事でした。いや、ある意味予想通りと言えますかな?」
ガドリアはそう言いつつ、一枚の書面をバームへと手渡した。
一通り目を通したバームは、顔を歪ませた。
「お主はどう見る?」
そこには、アマミヤの塔から警告が書かれていた。
勿論、警告とはっきり書いているわけではないが、歪曲して遠回しに警告されているのだ。
即ち、セントラル大陸を武力で抑え込むような真似は許さない、という内容だった。
コラム王国が、セントラルの西の街に軍事行動をしようとしているのは、まぎれもなく事実だった。
ただし本格的に武力侵攻するつもりはない。
そうするだけの人数もわざと揃えていない。
そうすることはいつでもできるという、いわばブラフだった。
当然読まれている事も織り込み済みだ。
だが、いつでも攻め込む用意があるということを見せるだけでも意味があるのだ。
「はっきり申し上げれば、わかりません。あそこに関しては、情報がオープンであるように見えて、肝心の所は全く見えません」
バームにしてもガドリアにしてもこの段階でアマミヤの塔が出てくるのは、予想外だったのだ。
出てくるとすれば、もっと後になっての事だと考えていた。
そもそもアマミヤの塔は、積極的に大陸を支配しようとしているとは見えない。
現状転移門がある町は恭順を示してるようだが、それも塔側が積極的に動いていたという事実は出ていない。
あくまでもそれぞれの町が判断して軍門に下った感じだった。
だからこそ手遅れになる前に、西の街への見せしめのために軍を動かしたのだが、逆にそれが仇となった。
「だが、これでどの程度の力を持つのか、知ることが出来る、か?」
「そうなります」
ガドリアは、バームの言葉を否定せずに頷いた。
「他の国の動きはどうなっている?」
「こちらが動いているのを見て、動きを抑えているようですな」
「ふん。日和見か」
現在のセントラル大陸の状況を苦々しく思っているのは、何もコラム王国だけではない。
東西南北の街には、それぞれの大陸に対応した王国が縄張りを主張しているのだ。
もちろんコラム王国とて、西の街一つを手放したところで、すぐにつぶれるほどの結果をもたらすわけではない。
だが、そこから得ている利益は無視できない金額であるからこそ、今回のように実際に動くことを決めたのだ。
「それで? どうしますか?」
「どうもせんよ。予定通りに行く」
アマミヤの塔の街は、確かに大きくなってきているという報告が上がってきている。
だが、軍事的に脅威になっているかと言えば、そうは見えない。
確かにクラウンという組織が抱える冒険者の数は脅威と言えるが、その全てを動かせるとは思っていない。
当然そうした分析をしたうえでの今回の軍事行動だ。
今の段階で塔が出てくるとは思っていなかったが、後々出てくるとことはきっちりと予想していた。
懸念があるとすれば、出現したという代弁者の存在だが、その理由もきっちりと調べ上げている。
過去の代弁者の行動と合わせて、軍事的な理由では出てこないと分析もしている。
きっちりとした分析に基づいての行動なのだ。
そうそう簡単に動きを止めるつもりはないのであった。
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「吉と出るか、凶と出るか」
セントラル大陸の西の街にある屋敷で、そう呟いたのは、西の街の領主であるリーリル・バシウムだ。
その視線の先には、一枚の書状が置かれていた。
そこにはアマミヤの塔の行政府から今回の件に関しての要望が書かれていた。
要望と言っても要は、西の街がコラム王国から離れて、アマミヤの塔の傘下に入らないかというお誘いだった。
そもそも西の街は、コラム王国との貿易で栄えている町であることは間違いない。
とはいえ、近くにあるがゆえの軍事的脅威から、かなりぼられていたのも事実である。
ついでに言えば、その書状に書かれていることが本当に出来るのであれば、コラム王国の軍事力よりアマミヤの塔の方が脅威といえるのだ。
それを先んじて見れるのであれば、書状に書かれている要望を飲むくらいは許容範囲内だった。
書状に書かれていることは、実に簡単な話だった。
今回のコラム王国の軍事行動に関して、アマミヤの塔が動くことを黙認してほしい。
アマミヤの塔は、大陸外の軍事勢力の介入を認めない。
実際に介入してくる際には、アマミヤの塔も軍事的な対処をする。
そんなことが書かれていた。
特に三番に関しては、リーリルとしても無視できない物だったのだ。
今回のコラム王国の介入がどの程度の物かははっきりしていないのだが、軍事的な対処が出来るのであれば、それはセントラル大陸の歴史的瞬間になる。
モンスターの脅威が大きいセントラル大陸において、他大陸の軍事勢力に対抗できるような戦力を持つことが出来なかった。
それが、歴史的にひっくりかえることになる。
もしそんな戦力をアマミヤの塔が有していることになると、今までの様な立場でいられなくなるだろう。
だからと言って、コラム王国に唯唯諾諾になるのも違っている。
だからこそ、今回の事に関しては、アマミヤの塔側の要望を飲むことにしたのだ。
要するに様子見をするということだ。
「もし本当にコラム王国の勢力を追い払えるのだとすれば・・・」
その先のことを考えて、リーリルは首を振った。
現状どう転ぶか分からない以上、考えても仕方がないと思い直したのだ。
アマミヤの塔の要求も今のところは、法外なものではない、というより問題が無いレベルだった。
何しろ、アマミヤの塔が対処に失敗しても、西の街としては知らぬ存ぜぬを通すことが出来る内容だったのだ。
もちろんそれを分かっていてアマミヤの塔側が出していることは、リーリルも察している。
どういう結果になるのか、全く予想が出来ないだけに、今後の事にどうしても意識が向かってしまうリーリルであった。
今回のコラム王国の動きに絡む当事者たちでした。




