1話 西大陸
第20章スタートです。
ピーチはあることを確認するために、第七十九層の里を訪れていた。
目的はジゼルからサキュバスの伝承を確認するためだ。
「サキュバスの上位種?」
「はい~。何でもいいので、何か伝承とか知りませんか?」
ピーチの質問に、ジゼルが腕を組んで考え込んだ。
「うーむ・・・聞いたことないな」
「そうですか~。何かあればと思ったんですが・・・」
ジゼルの回答に、ピーチが俯いた。
「ただ、わしは知らんが、お婆なら何か知っているかもしれんぞ?」
「お婆様ですか」
二人が言っているお婆というのは、ピーチ達一族の生き字引だ。
ジゼルが知っているのは、あくまでも一族をまとめるための知識で、伝承やら物語となるとお婆の出番となる。
「わしはお伽話までは詳しくないからな。そう言う話ならお婆の方がいい」
「わかりました~。後で行ってみます」
「うむ」
「ところで、こちらはどうですか?」
「今までにないくらい順調だな。塔の庇護に入れたのは、幸運以外の何物でもないな」
塔に来る前の逃げ隠れる生活だと、圧迫した生活の為、死者が少なからずいた。
だが、塔に来てからはそういった死者が確実に減っていた。
任務が任務の為、外に出ている者達で死者がゼロというわけにはいっていないが、それでも塔に来る前に比べれば雲泥の差なのだ。
加えて生活が安定しているために、赤子や子供が死ににくくなっている。
明らかに塔に来たことによって、一族の将来がいい方向に向かっていた。
「そうですか~。それはよかったです。コウスケさんは、一族が裏の仕事をしなくても何も言わないでしょうが、それに甘えないようにしてください」
「無論だ。せっかくの幸運を自ら手放すような愚は冒さぬよ」
闇として生きる道を捨てたとしても、いまさら考助もサキュバスを見捨てるようなことはしないだろう。
とはいえ、今更闇として生きる道を捨てるつもりはない。
塔にとって、必要だという事は分かっているのだから、恩を返す意味でもあるのだ。
「まあ、それはともかくとして・・・つい先ほど耳に入ったのだが・・・」
そう前置きをしたジゼルの話に、ピーチは早急に考助に伝える必要があると判断して管理層へ戻るのであった。
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以前より訓練してきた神威の抑え込みも順調に成果を上げているところで、ピーチからその話が入ってきた。
勿論サキュバス一族からの情報だということは分かっているので、考助はすぐに確認するために第五層へ向かった。
シルヴィア曰く、今の状態だと直接目にしない限り現人神だとばれることは無いという事なので、多少注意しつつ目的のところへ向かう。
そうして考助が向かったのはアレクのところだった。
そもそも考助は行政府に来ることがほとんどないために、直接アレクのところへ向かうルートはもっていない。
以前のコウヒの騒ぎの時は、傍に高官がいたためにすんなりアレクのところへ行けたのだ。
というわけで、そういった者がいないときに直接アレクに会いたいと言っても簡単に会えるはずもない。
「お約束が無い方との面会は認められません。お引き取り下さい」
受付のところで、丁重にお断りされた。
「ですよねー」
全くと言っていいほど第五層に来ていなかったのも災いしている。
考えてみれば、第五層の町で考助の顔を知っているのは、数えるほどしかいないのだ。
大々的に顔を見せたのは、以前の神殿の落成式の時ぐらいなので、全くと言っていいほど顔を知られていない。
まああえてそうしている所もあるので、考助としても受付嬢の対応に文句を言えるはずもなかった。
当然の様に一緒に来ていたコウヒが、なんとなく不快そうな表情になったのは、見なかったことにするのであった。
クラウン本部は、クラウンカードがあればいけない所が無い。
警備の人材も立ってはいるのだが、カードの認証が通れば、基本的に通れるようになっているのだ。
そうしないと、管理層へと出入りする転移門まで行き来することが出来ないので、最初からそういうシステムを採用していたのだ。
そんなわけで、ワーヒドのところまではほぼ直行で行けるので、さっさとワーヒドのところへ向かった。
突然の考助の訪問に目を丸くしていたワーヒドだったが、事情を聴くとすぐに行政府まで同行してくれることになった。
ワーヒドがいれば、行政府の受付で止められることもなく、今度はアレクのところまですぐに通してくれた。
直前に面会を断った考助が、いきなりワーヒドという第五層における最高権力者を引っ張ってきたのを見た受付嬢は、さすがに目を丸くしていたが。
ワーヒドを連れて来たかいがあったのか、アレクはすぐに考助たちが通された部屋にやってきた。
「おや。珍しい。貴方もいらしていたのですか?」
考助の顔を見て、アレクはそう言って来た。
「うん。というか最初はワーヒドなしで来ようと思ったけど、受付で止められた」
考助が笑ってそう言うと、アレクは苦笑いになった。
「いい加減、こっちにも認証システム導入しませんか?」
塔におけるクラウンカードは、既に身分証としては最高の物になっている。
その判別を瞬時にやってくれる認証システムは、防犯としてはこの世界においては最高レベルの物なのだ。
それでも行政府に認証システムが導入していないのは、あくまでも一組織でしかないクラウンに、おんぶにだっこ状態なってはまずいという観点からだった。
「その話はまた今度しましょう。それよりも、今日は考助様のお話を聞いてください」
話を振られたワーヒドが、考助に話をするように促した。
「アレクの事だからもう話は掴んでると思うけど、西大陸の動きはどうなってるの?」
考助の問いかけに、アレクはピタリと動きを止めた。
「・・・その話はどこで?」
「いや、彼らしかいないでしょう?」
アレクは、塔というより考助が、闇の一族を使っていることは知っている。
アレクの情報の一部は、彼らから得ているのだから知っているのは当然だ。
とはいえ、塔に彼らがいることを知っているのはごく一部の者だけなのだ。
「そうですか・・・。いえ、私の所にその情報が入ってきたのもつい先ほどだったのです」
アレクは一旦区切って、すぐに話を始めた。
「西の街からの情報なのですが、西大陸のある王国が、こちらに軍を差し向ける動きをしているという話です」
その王国は、セントラル大陸の西の町と一番近い王国で、コラム王国という。
コラム王国は、もともとセントラル大陸から特に西の街との交易で成り立っている国家だ。
そのため、現状のクラウンが大陸を支配しつつある状況を苦々しく見ていた所があった。
いつこういう状況になってもおかしくはなかったのだが、アレクにしてみれば、いよいよといった所だった。
「ふーん。・・・で? 西の街はどうなの?」
「今まではのらりくらりと躱して来たようですが、今回は駄目なようですね。最終的には、こちら側に付くということで収まりそうです」
本来であれば、今までのように独立都市的な状態でいるのが理想なのだが、コラム王国の動きでそうも言っていられなくなった。
そもそもコラム王国の目的が、どちらに付くのかはっきりしろという事なのだ。
今回動きを見せている軍は、本気で侵略をしようとしているわけではない。
あくまでも見せかけでしかないのだ。
ただ覚悟を見せるためのブラフとも言える。
だが、そのブラフが今回の様な時には重要になるのだ。
結果として西の街が決断するまでに追い込まれたのだから、コラム王国としても結果がどうあれある程度の目的は達していると言える。
「こちら側に・・・という事は、あれが使えるかな?」
考助の言葉に、アレクが首を傾げた。
「あれ、と言いますと?」
「前に塔の機能を話したじゃない?」
「・・・・・・使うんですか?」
「どうせだったら一番最初の時に前例として見せるのもいいかなって思ったんだけど、どう?」
考助の言葉に、アレクはしばらく腕を組んで考えていた。
「塔として動いてくれるのでしたら、こちらも否やはないですね。それを前提として動きますがいいですか?」
「うん。構わないよ。詳細決まったら教えて」
「わかりました。すぐに手配に入ります」
そう言ってアレクが頷くと、これで話は終わりとばかりに考助が立ち上がった。
この時の話し合いで、今後のセントラル大陸の命運が決まったと言っても過言ではないのだが、この時の考助達はそこまで意識していたわけではなかった。
いよいよ他大陸が動き出しました。
今章は、コラム王国との話がメインになる予定です。
・・・第19章の最終話で、考助の新しい力の話が続くと書きましたが、あれはこの話のあとに書きます。
ここらで他の大陸の勢力出さないと話が全く進まないので、先に入れることにしました。




