(8)進化の実り
アマミヤの塔の管理層に戻ってきた考助は、すぐにシュレインのところへ向かった。
シュレインはその時、偶々くつろぎスペースにいたので、すぐに捕まえることが出来た。
勢い込んでやってきた考助に、シュレインは多少驚いた表情になっている。
「コウスケ? そんなに慌ててどうした?」
「シュレイン、<ヴァミリニア宝玉>を見にいくよ!」
「は? あ、いや。見に行くのは構わないが、どうかしたかの?」
いきなりそんなことを言いだした考助に、シュレインは首を傾げた。
本来であれば、<ヴァミリニア宝玉>は吸血一族の至宝だ。
そうそう簡単に見せられるものではないのだが、そもそも<ヴァミリニア宝玉>自体が考助の物だと思っているシュレインは、特に抵抗もなく許可をした。
わざわざ断りを入れる必要もないと思っているのだ。
首を傾げているシュレインに、考助は先ほど<地の宝玉>で見れたことを説明した。
「なるほど~。それで<ヴァミリニア宝玉>ですか」
考助と一緒に付いてきていたピーチが、納得をしたように相槌を打った。
「<地の宝玉>と同じように、うちの宝玉も同じように見えるかもしれないと?」
「ああ、なるほど!」
シュレインの補足に、コレットがようやく納得した声を上げた。
「まあ、そういう事だね。<ヴァミリニア宝玉>だったら、他とは何か違いがあるかも知れないしね」
「そういう事なら吾が案内しよう」
シュレインがそう言って、ソファーから立ち上がった。
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北の塔にあるヴァミリニア城のある一室。
一族の者にさえ秘匿されているその場所に、<ヴァミリニア宝玉>は置かれていた。
この階層には、吸血一族とイグリッド族しかいない上に、イグリッド族はヴァミリニア城に入ってくることは無いので、秘匿される意味はほとんどないのだが。
イグリッド族はともかく、吸血一族は今でもアマミヤの塔を経由してから外へ出ることがあるので、念の為の処置である。
当然ながら吸血一族の者達も<ヴァミリニア宝玉>の重要性は分かっている。
分かっているからこそ、その位置をあえて聞いてこないという徹底ぶりだ。
勿論ここまでの過剰な対応は、過去の経験から来ている。
その<ヴァミリニア宝玉>の傍に来た考助は、右目の力を使って見た。
その結果、予想通りその力が見事に発現することになった。
<進化の実り>
不足条件:より多くの結晶石
考助は、思わず声が出そうになった。
初めて違う条件と名称が出て来ている。
「ねえ、シュレイン。結晶石って何のことかわかる? <ヴァミリニア宝玉>に関わることで」
考助の疑問に、シュレインが即答した。
「ああ、それはこれの事だな」
シュレインはそう言いつつ、<ヴァミリニア宝玉>が置いてある台座の引き出しを開けた。
その中から赤く発光している球状の物を取り出した。
色とかを見る限り宝石のルビーにも見えなくはないが、発光していることから違うことが分かる。
「それ、何?」
「いまコウスケが言った通り結晶石と言う。簡単に言えば、血の塊だな」
「なにそれ、怖い」
反射的に言った考助に、シュレインは苦笑した。
「吾らが一族が使える魔法で、自身の血を使って作ることが出来る物だな」
「え? それ、大丈夫なの?」
「勿論そうそう簡単に創れるものではないが、作成者の健康に影響が出ない範囲というのは研究されているからの」
術者自身の血を使うため、長い歴史の間で、吸血一族の中で大丈夫な範囲というものが研究されていた。
昔は限界を超えたために死亡する者もいたが、今ではよほどのことが無い限りそう言った事故も起きないという事だった。
「よほどの事って?」
「術の最中に邪魔が入るとかかの? まあこの術を行うときは、複数の監視のもとに行われるからまずあり得ないがの」
この術は、準備さえできればあとは発動が終わるのを待つだけなので、準備の邪魔さえ入らなければ失敗はあり得ないのだ。
「そこまでして、作る意味ってなに?」
「ああ、言ってなかったか。・・・こう使うのだよ」
シュレインはそう言って、その結晶石を<ヴァミリニア宝玉>へと近づけた。
そして結晶石が触れるか触れないかのところまで近づくと、次の瞬間にはシュレインの手の上から結晶石が消えていた。
「<ヴァミリニア宝玉>に吸収された?」
「ほう。わかるのか。簡単に言えば、結晶石は吾らの力そのもの。その力を吸収して格を上げているのだ」
シュレインの話は、そのまま不足条件の内容と当てはまっていた。
ヴァミリニア一族の力そのものである結晶石を吸収して、<ヴァミリニア宝玉>が進化するという事なのだろう。
「なるほどね。わかったよ有難う」
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「それで? 見に行った意味はあったのか?」
ヴァミリニア城から管理層へと戻ってきたシュレインは、考助にそう聞いてきた。
今まで考助は、考えに没頭していたので、周りにいた者達は特に質問したりしなかったのだ。
ついでに他のメンバーがいる所で話をした方が、二度手間にならなくて済むとも考えた。
今は夕食時で全員が揃っている。
「ああ、うん。ある程度はね」
考助は、<ヴァミリニア宝玉>で見えた内容を話した。
その話を聞いた一同は、しばらく沈黙していたが、やがてシルヴィアが話し出した。
「その話を聞く限りでは、その力は進化の過程にあるものを見ることが出来る、ということですか?」
「うーん。そこも微妙なんだよね。そうなんだとしたら一度でも進化した後の眷属たちでしか現れていないというのが分からない」
進化前の眷属たちでは、<進化の萌芽>は出ていない。
もし進化の途上にある個体に<進化の萌芽>が出るのであれば、一度も進化していない眷属に出てもおかしくないのだ。
「それについては、前から思っていたことがありますわ」
「え? 何?」
「ただ単純に力を上げるだけでの進化する場合は、表示されないのではないでしょうか?」
シルヴィアの考察に、フローリアが納得したように頷いた。
「逆に言えば、何か特殊な条件がある場合にのみ表示されるという事か?」
「そうですわ」
もっと言えば、初期スキルを伸ばすだけで進化する種に関しては、右目の力では表示されない。
進化の際に、ある条件を満たさないといけない場合に、右目の力が発動するという事になる。
「うーん・・・確かに。当てはまっていると言えば当てはまってるな。・・・いや待って。だとしたら灰色狼達が、黒狼と白狼に分かれるのも特殊な条件に当てはまらない?」
「あ・・・そうですね」
考助の指摘に、シルヴィアが俯いた。
「いや、でも視点は悪くないと思うがな」
黙って話を聞いていたシュレインが口を挟んできた。
「その右目の力は、進化をしようとしている、あるいは、進化の途中にある者を見ることが出来るのではないか?」
「灰色狼達で見れないのは、進化の過程に入る前にすぐに進化してしまうから?」
「そういう事かの」
「そうか。例えばスキルを取得できただけで進化が出来るのであれば、取得した瞬間に進化が出来るからその間の事は右目では見れないということ?」
右目の力は、あくまでも進化の途上にある物が表示されるという事だ。
一つの条件を満たしただけで進化をしてしまう場合は、その条件がそろった瞬間に進化するので、右目の力では見えないということになる。
「コウスケのその力は、進化の途上にある個体を識別することが出来る力という事かな?」
コレットが、今までの話をまとめるように、意見を言って来た。
そしてその言葉が、考助の中で一番しっくりときた。
「・・・ああ、何かそれが正解みたいだ」
自分の中でそれが正しいという認識になっていた。
「どうやら、それが新しい権能の一部のようですわ」
「一部?」
「神の力だという事を忘れてはいけません。ステータス表示だって、全てが表示されているわけではないのですから、今回のもそうであると考えるべきですわ」
シルヴィアの言葉に、考助が納得したように頷いた。
少なくとも今回の件で、右目の力が発動する条件が分かったと言うだけでも大きいだろう。
後はこの力をどう使っていくという事なのだが、ステータス表示とは違ってすぐに役立てないことに頭を悩ませる考助であった。
<進化の実り>という名前を考えるのに、30分も使いました・・・orz




