閑話 二人の巫女
リリカは今、現人神の神殿で清掃作業をしていた。
現人神の神殿は、アマミヤの塔の第五層に存在する神殿だ。
今のところその神殿の正式な名称は付けられていない。
その神殿で祀られている主神が現人神であることから便宜上、現人神の神殿と呼ばれていた。
リリカは過去、この神殿の扱いにおいて、今思えばかなり恥ずかしいことをしてきたという思いがある。
その贖罪の意味も込めて、パーティーの冒険活動が無い時間は、こうして神殿の清掃を行うようにしているのだ。
折角の休みの日に、わざわざ疲れるようなことをしなくても、とパーティのメンバーも言っているが、リリカもこの活動は止めるつもりは無かった。
こうして神殿で清掃活動を行うのは、過去の行いの償いという意味もあるのだが、今はそれ以外の目的もあった。
それは、自分と同じようにこの神殿を清掃している者達との触れ合いであり、また神殿を訪れる信者たちとの触れ合いでもあった。
現在、現人神を信仰している者は、冒険者の中でも一部の者達だけだった。
それでも、このアマミヤの塔を攻略して、更に周囲の六つの塔も攻略してしまった。
その上で、人間から神へと祀られるようになったのだ。
その功績は、冒険者たちの間ではありえない程の成功物語として語られるようになっている。
それにあやかろうとする者達が出てくるのは、ある意味で当然と言えるだろう。
付け加えるなら、リリカもその内の一人となっていた。
勿論巫女である以上、元々の信仰している神もいるのだが、別に巫女が複数の神を信仰してはいけないという決まりはない。
基本的には、巫女となった者は、一柱だけを信仰対象とするのだが、複数を信仰してはいけないというわけではないのだ。
何度か通っているうちに顔なじみになったおばあさんと一緒に、御参りをするための礼拝の間を清掃しているときに、入口の方からざわめきが起こった。
「え? な、なに!?」
「へー、これはまた、珍しい」
戸惑うリリカに、おばあさんがそう言った。
「ああ、リリカちゃんは初めてかね?」
「えーと、何がでしょう?」
何が起こっているのかさっぱり分からないリリカは、首を傾げつつ隣のおばあさんに問いかけた。
「ここの主神の巫女さんが来たのさね。そうそう来ることが無いから、中々会えないんだがね」
「・・・え!?」
リリカは驚いた声を上げた。
現人神が祀られていることは知っていたが、その現人神に巫女がいることは知らなかった。
しかも、その巫女がこの神殿を訪れることがあるという事も知らなかったのだ。
「まあ、あの巫女さんがなるべく広めないようにと言っているから、こうして実際に見た者しか知らないのかもしれんがね」
おばあさんの声を聴きながら、リリカは騒ぎが起こっている方を見た。
そこには二人の女性がいた。
一人が巫女服を着ており、こちらがその現人神の巫女なのだろう。
もう一人は、巫女服を着ているわけではないので、巫女ではないことはわかるが、巫女の仲間だという事はわかる。
そして、信じられない程の美貌の持ち主だった。
巫女の方も、普通の感覚で言えば、かなりの美の持ち主で、一人で町中を歩いていれば、間違いなく異性同性に関わらず注目を集めるだろう。
だが、もう一人の女性は、それ以上の完成された美の持ち主だったのだ。
「あれまあ、これはまたたまげたね」
おばあさんの声で、リリカも我に返った。
「あのきれいな人は、今まで来たことなかったの?」
「さてな? 少なくともわしは初めて見るの」
そんな会話をしながらその二人を見ていると、二人は注目されつつも礼拝の間を進んで行き、祭壇の前までたどり着いた。
現人神の神殿では、偶像は祀られていない。
三大神をはじめとして、メジャーな神は大体偶像が創られているが、そういった物が全くない神も珍しくはないので、それに対して何かを言う者はいなかった。
そう言った神の場合は、神そのものではなく、代わりに神を象徴する物が置かれたりしている。
この神殿における現人神の場合は、板が祀られていた。
勿論ただの板ではなく、現人神の最大の功績とされているステータスカードを模したものだ。
ちなみに、それが祀られると聞いた考助が、なんじゃそら、という感想を漏らしたのだが、メンバーたちは賢明にもそのことは他には話していないので、そのことはどこにも伝わっていない。
巫女服を着た女性が、その板の前まで進み祈りをささげた。
すると、そこかしこからため息が漏れた。
ただ単に祈りを捧げているだけなのに、その姿は一幅の絵のようだった。
リリカもそれに目を奪われつつも、もう一人の女性の様子にも気づいていた。
その女性は巫女の方を見ながらもそれとなく周囲の様子を見ていた。
ついでに、巫女の女性の祈りの姿に、これほど惹かれる理由も察することが出来た。
その巫女と現人神との確かなつながりが、感じることが出来たのだ。
「・・・・・・あ」
そして、それと同時にただの板だと思っていた象徴にも縁が結ばれていることを感じた。
今までは、ただのステータスカードを模した物だと思っていたのだが、それは全くの勘違いだと思い知らされた。
リリカのその声を聞きとがめたのか、巫女ではない方の女性がリリカの方を見た。
その視線を感じたリリカは、思わず肩をすくめたが、その後女性は何をするわけでもなく視線を巫女の女性の方へと戻した。
だが、それだけで終わると思っていたリリカだったが、残念ながらそうは問屋がおろさなかった。
祈りを終えた巫女に、その女性が何かを耳打ちすると、今度は巫女の女性が興味を持ったのかリリカの方を見た。
それだけでは終わらずに、リリカの方へと寄ってきたのだ。
「初めまして。私の名前はシルヴィアと言いますわ。貴方の名前を聞いても良い?」
そんなことを言って来た。
内心でうろたえつつもリリカは、名前を答えた。
「リリカと言います」
「そう。貴方、私と現人神とのつながりを感じ取ったそうね?」
「え・・・!?」
まさか気づかれているとは思わなかったリリカは、つい聞き返してしまった。
「ああ、驚く必要はないわ。ピーチも巫女の格好はしていないけど、素養はある人だから」
「そんなことはないですよ~」
ピーチと呼ばれた女性は、そんなことを言っていたが、それはあり得ないとリリカは思った。
そうでなければ、自分の事に気付くはずがない。
そんなことを考えていたリリカを、シルヴィアと名乗った女性がジッと見つめて来た。
「な、なんでしょうか?」
「いえ・・・貴方、もしかしたらあの方との縁を結べるかもしれないわ」
「え・・・ほ、本当ですか?」
勢い込んで聞いてきたリリカに、シルヴィアはクスリと笑って答える。
「ええ。・・・そういうそそっかしいところを直せれば、かしら?」
リリカは、今日会ったばかりのシルヴィアに、自身の欠点を見透かされて顔を赤くした。
「え、ええっと・・・」
「まあ、そう言うわけだから、精進することです。それを、望むも望まないも貴方次第ですわ」
シルヴィアは、最後にそう言い置いて、ピーチを伴って去って行った。
一連の出来事にのまれっぱなしだったリリカは、後になって何故神官や巫女を配置しないのか聞くのを忘れたことに、気付いて後悔することになるのであった。
完全に放置しているわけではないですよ、という意味でなんとなく書いてみました。




