(8)「あの方」とは
意識が浮上する感覚が全身を包んだ。
何となくだが、今まで肉体と魂が切り離されていたんだということを理解した。
体の欲求にこたえて、考助はそのまま目を覚ますことにする。
目を開けると、そこは腰を下ろしたはずの岩の傍ではなく、きちんとベットの上に寝かせられていた。
視界に入ってきた天井を見て、その部屋がアスラの屋敷にあてがわれた自分の部屋だと理解した。
ふと視線を横にずらすと、エリスがいたのだが、なぜかその表情は驚きを示していた。
「エリス? どうかした?」
「ああ、いえ。・・・少し驚いてしまって・・・。いえ、その前にあまり心配させないでください」
一瞬口ごもったエリスだったが、すぐに気を取り直して小言を言って来た。
状況を見る限り、あの岩の傍で寝入ってしまったあと、こちらに連れてこられたのは理解できた。
「いや、ゴメン。歩き疲れたから少し眠ってしまった・・・んだけ、ど?」
言い訳をしようとした考助が、自分の体の調子と、エリスの様子を見て何やら様子がおかしいことに気付いた。
「・・・ええと? もしかして、結構寝ちゃってた?」
「貴方がこの屋敷から出て行ってから約一日半経っていますね」
「・・・マジ?」
「はい。貴方の身体はすぐに見つけたのですが、その時には魂が入っていませんでした。戻ってきたのはつい先ほどです」
エリスのその言葉で、考助は魂だけであの世界に行っていたことを察した。
「はー。なるほどね。それで? 驚いていたのはなんで?」
エリスが驚いていたのは、考助が起きてからだった。
考助はその時は寝ていたのだが、何となくそんな感じがして聞いてみた。
その質問に、エリスは虚を突かれたような顔になる。
「気付いていたのですか」
「ん~? 何となく?」
「・・・そうですか。いえ、そのことは私よりもアスラ様から聞いた方がよろしいかと思います」
「なるほどね。わかった」
エリスは意味もなく回答を避ける性分ではないことは、考助も分かっている。
こういう言い方をするという事は、本当にアスラから直接聞いた方がいいのだろう。
「それで? 今はアスラは?」
「執務室で仕事をしています。ですが、心配されていたので、顔を見せた方がいいでしょう」
「そっか。じゃあ、そうするか。・・・って、そう言えば、向こうに連絡は?」
向こうというのは、勿論塔の事である。
「それなら私が、連絡をしておきました。心配すると思って目が覚めないことは言っていませんが、連絡の取れない所にいると言ってあります」
「そうか、有難う」
エリスの配慮に考助は、礼を言った。
それに、エリスの言ったことも嘘ではないのだ。
まさしく連絡の取れない場所に行っていたのだから。
まさか一日以上たっているとは、思っていなかったのだが。
さらに言うなら、何となくすぐには塔に帰れない予感がしていた。
あの世界記録との邂逅が、ピーチの占いの内容と合っているかは分からないが、目が覚めた時から何となく今までと違った感覚が身を包んでいるのだ。
「じゃあ、アスラの所に行ってみようか。・・・って、おっと!?」
寝かされていたベットから降りようとした考助は、立ち眩みを起こしたようにふらりと揺れた。
「考助様!? 大丈夫ですか?」
「あー、うん。・・・体の変化に脳の処理が追いついてないみたいだ。いや、魂の変化に、かな?」
「取りあえず、まだ横になっていてください。私はアスラ様を呼んできます」
考助の言葉に、一瞬頭痛のようなものを覚えたエリスだったが、すぐに気を取り直して寝ているように言った。
言うまでもないが、一度作られた魂などそうそう簡単に変化する物ではない。
ましてやそれを本人が察することなど、出来るはずがないのだ。
そんなことは、この神域にいる女神達でも不可能だ。
勿論、エリス本人も含めてである。
唯一出来る者がいるとすれば、それはアスラだけという事になるだろう。
「あー、ゴメンそうしてくれるかな?」
そう言った後、素直にベットに横になる考助を見たエリスは、すぐにアスラの元へと向かうのであった。
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「へー。これはまた、面白いことになったわね」
考助の部屋に来るなり、アスラがそう言って来た。
ちなみにアスラが来たと分かった考助は、上半身だけを起こしていた。
未だに立ち上がるのは、違和感があるので無理をするのは自重している。
「・・・なんか、嬉しそうだね?」
アスラの表情に何となく嫌な予感を覚えた考助は、顔を引き攣らせつつそう聞いた。
「それはそうよ。ようやくこの世界でも本当の意味での神と言える存在が出て来たんだもの」
そう不穏なことを言うアスラ。
アスラの横にいたエリスは、驚きの表情になっていた。
「何となく聞きたくない気がするんだけど、駄目だよね?」
「別に聞かなくてもいいけど、あの方に会ってしまった以上、避けられないわよ?」
考助もわざわざ誰の事かは、聞かなかった。
この世界で一番の頂点に立つアスラが敬意を払う存在など、先ほど会った世界記録くらいしか思い当たらない。
「それはそうか。それじゃあ、教えて」
「いいわ。といっても簡単な話ね。エリス達が<天女>となっていることからでもわかるでしょう? 彼女たちは本当の意味での神じゃない。あの方に会う前の考助もそうだった。けれど、今の考助は正真正銘の神よ」
世界記録に会ったことで、考助の魂は進化を果たしたと言える。
現人神であることは変わっていないのだが、その本質が大きく変わったのだ。
簡単に言えば、エリス達女神は、あくまでもアースガルドの世界だけで通じる神であり、アスラや考助は他の世界に行っても通じる神という事になる。
「・・・なんていうか。全く実感がないな」
「何を言ってるのよ。今、まともに立てないのは、魂の変化に身体が付いていけてないからでしょう?」
「まあ、それはそうなんだけどね」
下手をすれば、魂の変化に身体が合わないという事もあるのだが、その心配は考助もアスラもしていなかった。
もしそんなことになっていれば、もっと激しい拒絶反応が起こるからだ。
「ともかくしばらくの間は安静にしておくことね」
「そうするよ。それで・・・」
「・・・ん?」
「あの方が何なのか、って言うのは聞いてもいいのかな?」
「それは無理よ。というか、私にも分かっていないもの」
ある意味予想通りの回答に、考助は納得したように頷いた。
そもそもあの存在を完全に理解できる者がいるとは、なかなか考えづらかった。
「なるほどね」
「もし完全に理解できたら、神々の頂点に立つことも出来るかもしれないわね。目指してみる?」
「いやいや、勘弁して。今でもあり得ないと思ってるのに」
「そう。それは残念ね」
考助の返答に、予想通りだったのか含むようにアスラは笑うのであった。
二人の会話が終わったのを見計らって、エリスが口を挟んできた。
「それで、今回の件は発表しましょうか?」
アスラがどうする、という表情で考助の方を見た。
「勘弁して。今の立場で十分だよ」
アースガルドの世界では、既に考助は現人神として広まっている。
わざわざ余計な火種を蒔くつもりはなかった。
「そうですか」
エリスは、幾分ホッとした表情を見せた。
考助の返答いかんでは、簒奪という事もあり得たのだ。
もちろん考助がそんな性格ではないことはわかっているが。
別段エリスも今の立場に固執しているわけではない。
だが、そのようなことになれば、間違いなく世界が荒れることになっただろう。
そんなことになるのはエリスも望んでいない。
「いやいや。そこでホッとするって、どんな風に思われていたの?」
「そう言わないで上げてよ。エリスの立場からすれば、しょうがないでしょう?」
「それはまあ、理解するけれど」
アスラのフォローに、考助は納得した。
エリスを含めた女神達が、よくある理不尽なことを要求するような神々であれば、考助も色々やらかしただろう。
だが、幸か不幸かそんな事はするような存在ではないので、わざわざ世界を乱してまで立場を簒奪するようなことは考えるはずもない。
むしろそんなめんどくさい立場はごめんだった。
「なんだったら、いっそのこと私と立場変える?」
「勘弁してください」
とんでもないことを言って来たアスラに、速攻で頭を下げる考助であった。
ようやくアスラと他の女神達(天女)達の違いが出せました。
エリス達はあくまでもアースガルド限定の神という事になります。
こんな違いを作っていますが、特に他の世界の神が登場する予定はありません。




