(8) 暴走(その三)
戸惑い、不安、疑問、等々。
サジバルの民が代弁者から通告を受けてから浮かんだ感情は、決していいものではなかった。
それだけ受けた衝撃が大きかったと言える。
代弁者が去ってから動き出した民衆だったが、結局何が原因で代弁者を呼び込んだのか、愚か者たちと呼ばれた三人が何をしたのか、すぐには確認できなかったのだ。
そうこうしているうちに、動いていた民衆の間に、やがて一つの噂が流れ始めた。
先ほど現れた代弁者は、偽物であると。
当然その噂は、ジザリオンの手の者が流している噂だ。
人と言うのは信じたくない物からは、目をそらす生き物だ。
一日でその噂が人々の間で浸透し始めたころ、一つの大きな動きがあった。
サジバルの街にある神殿が、統一した見解として昨日現れた代弁者は本物であると発表したのだ。
しかも、ミクセンの三神殿のお墨付きまであった。
流石にこれを疑う民衆はいない。
代弁者とは神の代理を指す。
当然その神を祀っている神殿が、このタイミングで虚偽を発表することは考えられない、というのが人々の噂の主流になった。
中には、最初の偽物情報は、代弁者の言う愚か者共が流した噂だという話まで出て来ていた。
この時点で、完全に町の住人の怒りの矛先は、代弁者の怒りを買った犯人に向いていた。
「まさか、神殿が動くとはな」
執務室でジザリオンがそう呟いたが、その彼に向かって一人の男が慌てた様子を見せた。
「な、何を言っているのですか! 完全に流した噂は、裏目に出ているんですよ?!」
「ファット殿、少し落ち着きなさい。今ここで慌てても意味がないでしょう」
「し、しかし、キキ殿!」
ファットと呼ばれた男が、今度は自身を諌めたキキの方へと向いた。
「今焦っても良いことなど無い。それに、神殿はこれ以上の事は出来んよ」
確かにジザリオンたちが流した噂は、神殿によって否定されてしまった。
だが、神殿はそれ以上の事は出来ないという事も読んでいた。
「民衆共が我々の事を掴んだとして、彼らに何が出来る?」
続いたジザリオンの言葉に、ファットは少し落ち着いたように座りなおした。
それほどまでに、彼ら三人の立場はこのサジバルの中では突出しているのだ。
「ただ、神殿があの者を本物だと認定したことは、気になりますね。しかも動きが早かった。最初から代弁者がいたことが分かっていたかのようです」
キキの言葉に、ジザリオンがフムと考え込む様子を見せた。
「どうせいつもの神の威を借るなんとやら、だろう。ここぞとばかりに神殿の権威を強めたいのであろう?」
「な、なるほど」
「そうですか」
ジザリオンの言葉に、納得した様子を見せた二人。
完全に自分の信じたい事だけを信じているために、このような結論になる。
あの威圧を受けてからまだ丸一日もたっていないのに、このありさまだった。
「よくもまあ、そこまで自分たちに都合のいいように考えられるわね」
弛緩した空気の中、一人の女性の声が響いたのは、その時だった。
「誰だ・・・!?」
今三人が集まっているのは、ジザリオンの執務室だ。
ここまで許可なく入り込めるものは、存在しないはずだった。
三人が声のした方に顔を向けると、そこには、一人の女性がいた。
その姿を見た三人は例外なく息をのんだ。
これまで見たことがない程の美貌の持ち主だったのだ。
ちなみに昨日代弁者の顔をはっきり見ていれば、並び立つ美貌、という感想を持っただろうが、残念ながら上空にいた代弁者の顔ははっきり見ることが出来ていなかったのだ。
一瞬だけその顔に気を取られたジザリオンだったが、すぐに我に返って声を張り上げた。
「何をやっている! 侵入者だぞ!!」
ジザリオンがそう声を張り上げて、常にドアの外にいる護衛に呼びかけたが、しかしその声に反応する物はいなかった。
怒りで顔色を変えたジザリオンだったが、それを目の前の女が嘲笑するように笑った。
「いくら叫んでも無駄よ。声が通らないように結界を張ってあるから」
「何・・・!? ば、馬鹿な!」
キキが、何かごそごそと何かを取り出してみた物を見て、顔色を変えた。
女の言っていることが本当だと分かったのだ。
「わかったかしら? ねえ、私達はいつでも貴方たちの命なんて取れるのよ?」
ニコリと笑った女に、ようやく状況が理解できたジザリオンが、強く睨みつけた。
「・・・何が目的だ?」
「あら。目的は既にあの娘が、伝えたじゃない?」
「・・・何?」
ジザリオンたちの反応に、女は呆れたようにため息を吐いた。
「あのねえ。このタイミングで、来れるはずのない場所に、女一人で来るのよ? 少しは察しなさいよ」
ここに集まった三人は、流石にそこまで言われて理解できないほど鈍い頭をしているわけではなかった。
ジザリオンが、歯ぎしりをした後、女を再度睨みつけた。
「・・・代弁者とやらの使いか」
「あらいやだ。そんなわけないじゃない」
「何?」
「私は別にあの娘のつかいっ走りじゃないわ。単に事情でここに来れなくなったあの娘に代わって、貴方達の末路を見届けに来たのよ」
結果を報告する必要もあるしね、という呟きは、三人には届かなかった。
「使いでないのなら、お前は・・・何者だ?」
「なぜ貴方程度に私の名前を教えないといけないの?」
心底不思議な様子で、目の前の女が首を傾げた。
今まで受けたことのないような屈辱に、怒りで目の前が真っ赤になるが、それでもジザリオンはそれを抑えて、目の前の女に問いかける。
既に目の前の女がその気になれば、自分たちの命などすぐ取れることは察している。
だが、同時にそれをしないのにも何か理由があるという事も見当を付けていた。
「お前の名前などどうでもいい。何者かと聞いているのだ」
「あらあら。ほんとに分からないのかしら? おバカさん・・・いえ、あの娘が言ったように本当に愚か者だったのね」
話がかみ合わない。
ジザリオンには、女がわざと話をそらしているかの判断はつかなかった。
「それでは、質問を変えよう。お前は何をしにここへ来た?」
「ただの見学よ?」
「・・・何?」
「さっきも言ったじゃない。貴方達の末路を見に来たって。ねえ、気づいている? この街の人たちが貴方達をどうしようと、結果は変わらないって?」
「・・・何が言いたい?」
「あら。本当に分からないの? 代弁者に見捨てられた都市がどうなるのか分からないはずがないわよね? 何しろ、子供に言い聞かせる話として伝わっているのだから」
女の言葉に、ジザリオンはフンと鼻を鳴らした。
「そのようなことが・・・」
「できない、と? だから愚か者と言われるのよ。まあ、物理的にやることも可能だけど、今回はそんなことは必要ないけれどね」
女の楽しそうな表情に、一瞬ジザリオンは寒気を覚えた。
理解した、いや、理解させられたのだ。
目の前の女は、本当にこの街を一瞬で破壊することが可能だと。
「だ・・・代弁者!?」
ジザリオンの後ろからキキの声が聞こえた。
同時に、ファットの「ヒッ」という短い悲鳴も聞こえて来た。
「ば・・・馬鹿な。なぜ二人も代弁者が・・・?!」
ふとようやくジザリオンは、自分たちがなにをやらかしたのかを思い出した。
「ま・・・まさか、アマミヤの塔の支配者が神というのは、本当の・・・!?」
「だから愚か者と言っているのよ。神殿からも正式に発表されているのに、自分達が信じたい情報しか信じないから馬鹿な真似をすることになるのよ」
事ここに至って、ようやくジザリオンたち三人は、自分たちがしでかしたことを理解した。
「あら。勘違いしないでね。これでも私は貴方達、愚か者に感謝しているのよ? これで二度と馬鹿なことをする愚か者は出てこないでしょうから」
そこまで言った後、女はふと首を傾げて苦笑した。
「いえ。前例があったからまた馬鹿なことをする者は出てくるかもしれないわね。まあ、いいわ。それじゃあ、三人とも残り少ない栄華を楽しんでね」
女はそう言い残して、唐突に姿を消した。
女が姿を消すと同時に、ドアがノックされる音が響いてきた。
「ご主人様! ご主人様!! どうされました!?」
その音に、ようやく三人も現状が把握できたように動き出した。
ドアを開けて入ってきた部下の話を聞いて、既に時間が半日以上過ぎていることに気付かされた。
女が何かをしたのは明らかだったが、どのタイミングで何をしたのかは全く分からないままなのであった。
というわけで、愚か者三人組でした。
ちなみに、コウヒが何をやっているかというと・・・
コ「あ、あの、主様、私もサジバルに・・・」
考「ハウス!!」
コ「・・・シュン」
というわけです。




