(7) 暴走(その二)
前回の話でタイトルが解禁になりました。
「塔と代弁者と愚か者たち」
そのまんまですねw
考助達が第七十九層のデフレイヤ一族を訪ねた時には、既にコウヒはいなかった。
まあ追い付いていたとしても、今の彼女を止められるとは思っていないのだが。
考助が来たことに気付いたデフレイヤ一族の長であるジゼルが、複雑な視線で見て来た。
一族が持っている情報を勝手にコウヒに渡したことに対して、不安になっているのだろう。
だが、コウヒに情報を渡さなければ、どうなっていたかわからない。
「ああ、うん。今回の事に関しては、特に何も言わないから安心して」
考助がそう言うと、ジゼルがあからさまにホッとした表情になった。
「でも、あの噂に関しては、デフレイヤ一族も情報をつかんでいたんだよね?」
考助の言葉に、ジゼルが苦虫を噛み潰したような表情になった。
「勿論です。ですが、言い訳になりますが、情報を持っていた者の認識が薄くて私のところまで報告が上がって無かったのです」
「あー、なるほどね」
基本的にデフレイヤ一族が優先しているのは、直接的な被害がある場合に限られている。
勿論、噂と言うレベルでも直接的な被害を及ぼす場合があるので、無視するわけではない。
だが、今回に関しては、考助個人を中傷する内容とあとは周囲の受け止め方が笑い話程度で止まっていたので、担当した者が他の件を優先していたのだ。
人数が限られているので、どうしても優先順位が出来るのは、しょうがないことなのだ。
「今回の件を期に、一族の者達の意識も変わるでしょう」
「というか、変わらないとデフレイヤ一族も対象になる可能性があるかも?」
ジゼルは、その言葉でギョッとした表情になり、重々しく頷いた。
「・・・今後は徹底させましょう」
「そうした方がいいね。それで? コウヒはどこに行ったの?」
考助は、ようやく肝心の事を聞いた。
「サジバルという北の街とリュウセンの間にある都市です。そこに愚か者どもの拠点があります」
「なるほどね」
考助は、一つ頷くとミツキに向かって聞いた。
「一応聞くけど、コウヒを止められる?」
問われたミツキは、ニコリと笑って答えた。
「なぜ止めなければならないの?」
「はあ。やっぱりか。・・・さて、どうしようかな?」
悩み始めた考助に、ジゼルが聞いてきた。
「止めないのですか?」
「うーん。ああなったコウヒを止められない、というのもあるけど、止める意味もないかなって思ってね」
「なるほど」
ジゼルは考助が言いたいことの意味が分かった。
サジバルへ向かったコウヒが、どう行動するのかは分からないが、目的は分かっている。
あえて止めずに、今回の件を終わらせてしまうのもありだと考えているのだ。
「と、いうわけだから、現地にいる人たちには、余計な手出しはしないように伝えてね。まあわざわざ手を出す人もいないと思うけど」
「伝えておきます」
考助の忠告を有難く聞きながら、ジゼルは重々しく頷くのであった。
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サジバルの街の長を務めているジザリオンは、その時執務室で決済を行っていた。
業務のほとんどを手下に任せているのだが、ジザリオン本人がやらなければならない業務と言うのもきちんと存在している。
そんなサジバルの執務室に、部下の一人が駈け込んで来た。
「ジ、ジ、ジザリオン様・・・!!」
「何事だ!? 騒々しい!」
普段であれば、ジザリオンのその声に動揺するはずの部下が、今回に関してはそれどころではないと言った様子で、窓の外を指しながら続けた。
「そ、外。窓の外をご覧ください! 早く!!」
部下のその様子を見て、本当に何かあったのだろうと見当をつけたジザリオンは、言われたとおり窓まで近づいて外の様子を見た。
「なんだ、何もないでは・・・あれは、何だ?」
最初はただの空が、いつも通り広がっているように見えたのだが、ある違和感に気付いた。
その違和感を注視すると、すぐにそれが何であるのか理解できた。
いや、理解させられてしまった。
サジバルの街の上空に、一つの人影が浮かんでいた。
正確には、二対の翼を持った人影だ。
普通であれば、小さくしか見えないはずのその人影は、遠くから見ているのにもかかわらず、強烈な存在感を示していた。
神の使徒、代弁者、等々。
まさしくその姿は、言い伝えの通りに語られているままの姿だった。
その姿から感じる威圧感も、言い伝えのままの強さを示している。いや、実感してしまえば、それ以上にさえ感じる。
「な、なんだ!? なぜあのような者が、ここに!?」
そのジザリオンの問いに答えられる者は、ここにはいないはずなのだが、ごく普通に答えが返ってきた。
「それを貴方が言うのですか? 白々しい」
「な、何者だ!?」
聞いたことのない声に、ジザリオンがきょろきょろと辺りを見回したが、それらしいものは誰もいない。
「どこを探しているのですか。先程の貴方の問いに答えただけですよ?」
「・・・ま、まさか!?」
ジザリオンが、無意識的に避けていた方を見た。
「ようやく気付いたのですか? 貴方のような者を、愚か者と言うのでしょうか?」
「なっ・・・!?」
いまだかつて言われたことのないその暴言に、ジザリオンの頭が沸騰しかかる。
だが、反論する言葉は出てこなかった。
無理やり止めさせられたのだ。
「取りあえず、これ以上貴方の言葉など聞きたくありません。黙ってそこでこれからの事を見ていなさい」
ジザリオンは口を開こうとしても開けないことに気付いた。
何かに縫い付けられたように、口を開けようとしてもピタリと閉じられたまま開けられない。
気づけば、移動しようとして足を動かそうとしても、それさえままならない状態になっていた。
助けを求めようにも口を開けないので、どうしようもない。
ジザリオンは、結局これから起こることをその場で見ている事しかできなかった。
「サジバルの民よ。良くお聞きなさい」
二対の翼を持つ代弁者のその声は、サジバルの街中に響き渡った。
決して大きな音ではないのに、町の全体でその声を聴くことが出来る不思議な現象だった。
「この街の愚か者三名が、吾が主を不当に穢す行為を行いました」
その告白に、住人達が心の中で悲鳴を上げた。
代弁者の言葉が何を意味しているのか、すぐに理解できたのだ。
過去から脈々と受け継がれてきた物語と同じようなことが、ここでも起きようとしていると察した。
「ですが、吾が主は寛大です。たった三名の愚か者の為に、街の全てを犠牲にする必要はないと仰せです」
その言葉に、住人達の間で、ホッとした空気が流れた。
「ただし、主は寛大でも私は見逃せません。愚か者の処分はそなたたちに任せますが、対処が甘ければ過去の結果と同様の結果がこの街に降り注ぐでしょう」
少し前に弛緩した空気が、再度引き締まった。
二対の翼を持つ代弁者が言う過去の結果というのが、どういう物だったかは、伝承で嫌というほど伝えられているのだ。
「愚か者共の名は、ジザリオン・サベス、ファット・リーネス、キキ・フラネス。愚か者とそれに連なる者達に、この街がどういう結果を残すのか、十日待ちますのできちんと示しなさい」
代弁者はそう言い残すと、サジバルの上空から姿を消した。
その姿が消えてすぐ、それまでサジバルの街の中にいつの間にか発生していた威圧感が消えた。
街の住人は、緊張から解放されたように動き始めたが、代弁者の言葉を忘れたわけではない。
むしろその怒りを買うわけにはいかないと、すぐに行動し始めたのであった。
怒りのコウヒ回でした。
サジバルの住人が愚か者達をどうするかは、次の話です。




