8話 魂の原型
考助は、実際に作業を行う前に、アスラからきちんとした説明を受けた。
お互いにきちんとやるべきことが分かっていないと、上手くいかないことがあるとのことだった。
まずはお互いの『力』を混ぜ合わせて、魂の核となる物に宿らせる。
これがその魂が持つ神力になる。
魂が持っている神力は、生まれてくる個体にとっては、根幹をなす物になるので非常に重要な存在だ。
魂が出来れば、後はその魂が宿る肉体をアースガルドに用意をすればいいと、アスラがあっさり言っていた。
考助は、作業の工程そのものは理解できたのだが、実際の作業そのものは半分も理解できなかった。
ただそこに関しては、アスラがフォローしてくれるとのことで、問題がないという事だった。
一通りの説明を受けた後は、実際の作業をすることになった。
作業机を挟んで、考助とアスラが向かい合って座る。
「両手を机の上に出して」
アスラの言うままに、考助は両手を机の上に乗せた。
アスラはその手を取り、お互いの右手が下になるように合わせる。
考助から見れば、右手の上にアスラの左手が乗り、左手をアスラの右手の上に乗せている形になっている。
繋がった手を輪になるように若干広げて、アスラが一言つぶやいた。
「・・・召喚」
その一言だけで、考助はアスラから強い力を感じた。
とてもではないが、今の考助では同じことは出来ないだろう。
後から聞いたのだが、エリス達にも出来ないらしい。
とにかく、その言葉の後には、二人の両手で作られた輪の中央に球体のような物が浮かんでいた。
「・・・これは?」
「うーん、説明が難しいんだけど・・・魂の器、のような物かしらね」
「この中に神力を入れるという事?」
「そうそう。入れる作業は、私がやるから考助は神力を循環させて」
アスラの言われたとおりに、自分の体の中で神力を循環させ始めた。
するとアスラの方から両手を通して、彼女の神力が伝わってきた。
その感覚で、考助は自分がやるべきことを理解した。
同じように自分の神力を彼女の方へと送り込む。
この時、考助は作業に集中するために目を閉じていたので確認できなかったのだが、傍で作業を見守っていたエリスとジャルが驚いたような表情になっていた。
ついでに、目の前のアスラは少しだけほほ笑んだような顔をしていたのだが、考助は最後まで気づくことは無かった。
「・・・こんな感じで、どう?」
「ええ、十分よ。思った以上に上手くいきそうだわ」
「それはよかった」
二人の神力の流れは、繋がった両手を通して両腕の輪をゆっくりと回っていた。
何となくコツをつかんだ考助は、目を閉じるのを止めた。
すると開けた視界の中に、先ほどまではただの透明な球体だったものが、様々な色に輝いていた。
考助は、思わず呆けたようにその輝きを見てしまった。
アスラも目を細めている。
「これは凄いわね。どんな魂が誕生するのかな。・・・そうそう。この光が収まるまでは、手を離さないでね」
「わかった」
手を離さないという事は、当然神力の循環も行うという事だが、さほど負担は感じていないので問題ないと判断した。
時間がどれくらいかかるのかは聞いていないのだが。
もし考助が持たないくらい時間がかかるようなら、最初にそう言っているだろうと考助は考えているのだ。
そして、実際にそうなのだから問題が起こるはずもなく、その作業は終了することになる。
球体の輝きは、それから数分もたたずに収まったのだ。
「・・・・・・もういいわよ」
アスラからそう言われた考助は、慎重に神力の循環を止めた。
慎重に、といっても時間にすればほんの数秒だった。
やろうと思えば一気に止めることも出来たのだが、他人の神力を受け入れているので、なるべく乱暴な方法を取りたくなかったのだ。
「・・・・・・ええと?」
神力の循環を止めたのに、いつまでも手を離さないアスラに、考助は首を傾げた。
その考助を見て、アスラはくすぐったそうに笑って言った。
「折角だからもう少し繋いでいない?」
「・・・・・・ええと・・・」
少しだけ戸惑っている考助に、アスラは益々笑みを深めた。
「頻繁に来れるわけじゃないんだから、来たときくらいはこうしていてもいいじゃない?」
「え、いや、まあ、別に不満とかがあるわけじゃないけど」
考助にしてみれば、不満どころか、むしろどんと来い状態なのだが、アスラとのこうした触れ合いが初めてだっただけに少しだけ戸惑ってしまったのだ。
「そう。よかったわ。それよりも、そろそろ安定するわよ」
二人の神力を受け取った球体は、その場でふわふわ浮いていたのだが、アスラの言葉に合わせるようにピタリの空中でその動きを止めた。
「・・・これが?」
「あらゆる生命に宿っている魂の原型ね。まあ今は分かり易く視覚化しているんだけど」
普通は目視できるような物ではない。
今回は考助が作業に加わっているので、アスラが分かり易いように見えるようにしたのだ。
「原型? 魂そのものじゃないんだ」
「それはそうよ。魂は肉体に宿って初めて存在できるのよ。魂そのものだけで、むき出しの状態になったら即消滅するわよ」
「げ、そうなんだ。あ、そういえば、ここに初めて来たときそんなことを言っていたっけ」
「そうね。貴方の場合は、生まれたばかりの魂ではなかったことが幸いして、何とかここまで存在できたというわけね」
「実は、相当危なかった?」
「ええ。・・・かなりね」
今にして思えば、ぞっとする話だが、当時はそんな知識もなかったために、美人にあえてラッキーくらいしか考えてなかった気がする。
実際は色々と考えていたのだが、その時の感情などほとんど覚えていない。
勿論、話の内容までは忘れてはいない。
「そっか」
考助は、その一言だけで済ませて、ありがとうとは言わなかった。
既に何度もお礼はしていて、アスラからももういいと言われているからだ。
考助にしてみれば、何度お礼をしてもし足りないのだが、アスラからそう言われては、無理強いするわけにもいかない。
考助もお礼の押し売りをするつもりはないのだ。
「・・・それで? その魂の身体はどうするつもり?」
「それは、エリス達に用意してもらったわ」
「・・・・・・達?」
思わずジャルの方を見た考助に、視線を向けられた本人は頬を膨らませた。
「なによう。なにか文句でもあるの?」
「ないない。ないです」
「むー。・・・まあ、いいわ。それに、ここにはいないけどスピカの手も入っているからね」
気軽に話しているが、エリスを筆頭に彼女たちは、アースガルドでは三大神と呼ばれている者達だ。
その彼女たちが創った魂の器はどんなものになるのか、楽しみでもあり怖くもある。
「・・・まさか、コウヒとかミツキを超えるとかは・・・ない、よね?」
確認するような考助に、エリスとジャルはそっぽを向いた。
「・・・え!? まさか?」
「いえ。勘違いしないでください。確かに私達で体は創りましたが、実際の強さとかは魂が入らないと分からないんです」
「・・・そうなの?」
考助の視線を受けたアスラが、頷いた。
「ええ、そうよ。勿論、ある程度の予想はたてられるけれどね。流石にコウヒとかミツキを超えることは無いと思うわよ」
アスラの答えに、内心でホッとした考助である。
流石にコウヒとミツキで抑えられないような存在が誕生した場合に、上手く抑えられる自信が無い。
「まあ、取りあえずやってもらう作業はここまでよ。後はこの原型を器に入れるだけだから。それは考助が向こうに戻るときにやるわよ」
「わかった」
考助としてもそれには異論はないので、素直に頷いた。
「よーし! それじゃあ、宴会に行きましょうか。皆も待っているだろうし」
ジャルの言葉に、考助は若干表情をひきつらせた。
「ええと・・・欠席する、というのは・・・」
「「「却下」」」
一瞬にして三方から否定された考助は、逃げ道がないと悟ったのであった。
考助が神力を循環させたときに三人が驚いているのは、その速さの為です。
普通はあんなにあっさりと循環させることはできません。
エリスでも無理です。アスラが二人いれば別ですが。




