エピローグ(前)
アスラが管理をして多くの女神たちが住んでいる神域は、かなりの広さがある。
ほとんど出歩くことがない考助は、神域が実際にどれくらいの広さがあるかは把握していない。
これまで特に知る必要がなかったし、これからも知る必要はないと考助は考えていた。
必要があるのであれば、その時に聞けばいいというのが考助のスタンスなのだ。
考助は、そんな神域のある場所を目指して歩いていた。
その場所は、考助にとって絶対に忘れることができない場所だ。
考助がその場所を目指しているのは、自分の為ではなく、エリスからとある依頼――というかお願いをされたためである。
その依頼の目標を見つけた考助は、右手を上げながら軽い調子で言った。
「――――こんなところでなにをしているの?」
「考助・・・・・・」
考助にとっても思い出深い岩の上に腰かけながらそう返してきたのは、エリスからのお願いを受けて探していた対象であるアスラだった。
岩の上に腰かけているアスラは、考助がこの世界に来てから初めて見るような寂しげな表情になっていた。
「エリスがいつもと様子が違うから見てきて欲しいって言っていたけれど、本当になにかあった?」
アスラの表情は、考助にそう言わせるだけのものがあった。
そして、その考助の問いに、アスラは少しだけ苦笑をしてからすぐに首を左右に振った。
「特別ななにかがあったわけではないわよ。……ただ、女神であってもこうして悩みたいこともあるだけよ。おかしいかしら?」
「まさか。そんなことを言ったら、僕なんか常におかしいということになるんじゃない?」
考助が混ぜっ返すように言うと、アスラはクスリと笑いながら「そうね」とだけ返してきた。
普段であれば、そこは否定してほしかったとでも言うのだろうが、今の考助はそう返さなかった。
ただ、黙ったままアスラの隣に腰かけた。
そして、しばらくの間岩に腰かけたまま黙って時を過ごす。
「……なにも聞かないのね」
「うーん。話したいんだったら聞くけれど、こっちから聞き出すつもりはないかな?」
そもそも考助は、自分の話術が優れているとは思っていない。
勝手な思いだが、変に話を切り出して的外れな答えを返すことになるよりも、黙って寄り添っているだけのほうがましだと考えているのだ。
考助のその想いが通じたのか、それとも話術で慰めてくれるのを期待していないのか、アスラは再び黙り込んだ。
それが嫌ならば、はっきりと離れるように言ってくると分かっているので、考助もそのまま黙っていた。
そんな時間が十分ほど経ってから、アスラが普段はあり得ない気弱な声で聞いてきた。
「――――ねえ。考助は、セントラル大陸を独立させて、別世界として管理していきたい?」
「・・・・・・・・・・・・はい?」
アスラの唐突すぎる質問に、考助はたっぷり十秒は空けてからようやくそれだけを返した。
本気でアスラがなにを言っているのか分からなかったのだ。
その考助の反応を見て、アスラはわずかに苦笑を返した。
「そう。考助は、そういう反応なのね」
「えーと、言っている意味が分からないんだけれど・・・・・・?」
アスラは、本気で首を傾げている考助を見ながら、今度は小さいながらもいつも通りの笑顔を浮かべた。
「あら。考助らしくないわね。今までで、結構ヒントは出ていると思うのだけれど?」
らしくないと言われた考助は、目の前にいる未だに気弱なところを見せているアスラを見ながら、どういうことだろうと考えた。
このタイミングでアスラがこんなことを言い出したということは、先日会ったあのドラゴンが関係しているということはすぐにわかった。
そもそもあの件は、女神が動いていたことからもわかる通り、アスラが多少なりとも関係しているはずだ。
だが、そのことと、先ほどアスラが言った言葉が考助の中ではすぐに繋がらない。
そのため、今度は考助が少し時間をかけて考え始めた。
先ほどの考助と同じように、アスラは黙ったままなにも言わずに待っていた。
そして、考え始めてから五分ほど経ってから、考助はとあることを思い出した。
「あのドラゴンは、アスラの眷属だったよね?」
「ええ、そうよ。もっと言えば、初めて塔で召喚をした眷属だったわ。最初はあんないかつくなくて、小さなトカゲみたいな姿だったけれど」
「いや、トカゲって」
「あら。本当のことよ。塔に登録されていた種族名はリザードだったもの」
比喩でもなんでもなく、あのドラゴンが本当に元はトカゲだったと知って、考助はかなり驚いた。
なにをどう進化させれば、あそこまでの生物になるかが、まったく見当がつかない。
そんなことを一瞬考えた考助を見て、アスラはクスリと笑った。
「なにを他人事のような顔をしているのよ。あのナナだって似たようなものじゃない」
「いや、それはさすがに言いすぎじゃないかな?」
今のナナは、あのドラゴンを相手に戦うことができるかと言われれば、かなり難しいところだろう。
あのコウヒやミツキをして戦うのが厳しいと言わしめた相手だ。
さすがにナナはそこまでの力はないはずなので、アスラの言い方は少し大げさだと言える。
そう考えた考助に、アスラは小さく首を振った。
「そんなことはないわよ。少なくとも私は、いずれ考助はそこまで成長させると思っているわ」
アスラがそう言ってきたのを聞いて、考助は評価されていると喜んでいいのか、期待されすぎだと返していいのか分からずに、困ったような顔になった。
そんな考助の表情を見て、アスラは彼女らしい笑顔を浮かべた。
「――本当に。考助は変わらないわね」
「え、ええと? ・・・・・・ありがとう?」
考助のその返答を聞いて、アスラは今度こそ本当にいつものように笑い始めた。
そのアスラの笑い顔を横目で見ながら、考助は自分の中にある考えをまとめるように話し始めた。
「あのドラゴンはアスラの眷属・・・・・・で、アスラも元は塔の管理をしていた。それは以前に行ったあの塔からもわかる通り」
「ええ、そうね」
「僕と同じだと考えれば、アスラも最初は神様ではなかったと思われる」
「それも、その通りね」
自分の言葉を肯定してくるアスラを意識しながら、考助は最後の言葉を言う前に少しだけ時間を空けた。
「――――ということは、当然ながら僕自身も管理している塔を切り離して、別世界として管理することができる・・・・・・?」
ここでようやく先ほどのアスラの言葉と繋がって、考助は確認するような顔をアスラに向けた。
そして、その考助の顔を見ながら、アスラは「正解」と答えつつ、パチパチと軽く拍手をし始めるのであった。
突然ですがエピローグになります。
詳しくは一時間後に上がる(後)にて。




