(12)イグリッドの行く末
ドラゴンがいる場所からイグリッドの地下都市へは、来たときと同じようにクラーラの魔法によって戻った。
考助だけなら魔法陣を使って戻ることもできるが、女性陣がいるのでそういうわけにはいかない。
それに、せっかくクラーラが用意してくれたものをわざわざ断る必要もない。
目的地まで時間がかかるが、それもまた旅(?)の醍醐味だという感覚は、考助も女性陣も持っている。
たとえ道中の道がなにもない一本道だとしても、クラーラに対して文句を言うのは筋違いだということは理解しているのだ。
そんな話は別にして、来た時と同じ時間を使って戻った考助たちは、イグリッドの里でもう一泊してくことになった。
ドラゴンのところに行く前に、地下都市で買った物を受け取らなければならないし、なによりも他にも見てみたい場所はまだ残っている。
イグリッドの地下都市からはすぐに戻らなくてもいいと言われているので、特に女性陣が張り切っていた。
それほどまでに、イグリッド作の装飾品の類は女性陣の心を打ったようである。
ちなみに、考助は考助で気になるものを見つけていたが、それは工具関係の物だったので、女性陣と別れて手に入れていた。
そして、ドラゴンと別れて三日後、考助たちはようやくイグリッドの地下都市からアースガルドへと戻ることになった。
「随分とお世話になりました」
考助が代表に向かってそう頭を下げると、代表は少し慌てた様子で右手を振った。
「いんや。世話になったのはこちらだべ。まんず、あの方と会えたのは、おんしらのお陰だからの」
「そう言っていただけると、こちらも気が楽になります」
「んだか。んだば、おんしも皆も元気で」
代表がそう言いながら右手を上げると、考助を含めた全員が頷いた。
その中にはクラーラも混ざっている。
彼女は、考助たちが地下都市に滞在している間は送還されることなく、ちゃっかりと一緒に都市見学を楽しんでいたのだ。
見送る側には、滞在していた地下都市の住人たちや、それ以外の都市の代表たちも集まっていた。
考助たちがこの都市に来た時よりも人数が多くなっているのは、この数日間で多少なりとも交流をしてきたからだろう。
その顔には、どことなく寂し気な表情が浮かんでいた。
それでも考助たちは、また会いましょうとは言えなかった。
イグリッドの地下都市が特殊な空間で、気安く来れる場所ではないことは、十分に理解しているからだ。
見送り側のイグリッドもそれは分かっているのか、別れの挨拶はしてこなかった。
なんとなく話を終えて、なんとなく次の目的地に向かって歩き出す。
それがイグリッド特有の別れだということを、考助たちはラングから聞いていたのだ。
これまで長い間、そうした別れを繰り返してきたイグリッドたちの習慣を変えるつもりはない。
そのため考助たちは、慣れない風習に従って、なんとなくの別れを済ませて地下都市を後にしたのである。
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「なんとも寂しいものだの」
アースガルドへと戻る最中の道で、シュレインがそうぽつりとつぶやいた。
シルヴィアとフローリアは口に出してはいないが、その表情から同じようなことを考えていることはわかる。
「次がいつになるかは分からないけれど、そのうちまた来ることはあると思うよ」
なんとなく考助がそう答えると、シュレインが意表を突かれたような顔になった。
「ふむ。理由を聞いても?」
「いや、具体的になにかというのはないけれどね」
考助は、首を左右に振りつつシュレインにそう答えた。
ただ、ほかの者たちがなにかを言うよりも先に、考助は少しだけ間を空けてから続けて言った。
「ただ、その次の機会のときに、あのイグリッドたちがいるかはわからないけれどね」
「なるほどの・・・・・・」
考助の言葉に、シュレインは寂しそうな顔になって頷いた。
確かに、神族になっている女性陣や、神そのものになっている考助であれば、また来る機会は訪れるかも知れない。
それでも考助がイグリッドの流儀で別れをしたのは、その時に今回訪ねた時にいたイグリッドが残っているかは分からないからである。
微妙な空気になったところで、先を歩いていたクラーラがことさらに明るい調子で考助に話しかけてきた。
「ところで、アマミヤの塔はこの先どうするの?」
「うん? どうとは?」
「イグリッドを受け入れて行くのかどうかってこと」
「いや、どうもこうもあのドラゴンに答えたとおりだよ。受け入れられる限りは受け入れて行くよ。でも、無理だと判断したらそこで止めるよ」
考助はそう言いながらシュレインを見た。
イグリッドを受け入れているのはヴァンパイアであって、守り切るのにも数の制限がある。
無制限に受け入れるということは、どう考えても不可能なのだ。
考助の答えを聞いて、クラーラはなるほどと頷いた。
その答えが返って来ることは分かっていたが、暗くなりかけていた話題を変えるためと、もう一つ別の理由があって、敢えてこの場で聞いたのだ。
そのことに気付いた考助が、クラーラを見ながら逆に問いかけた。
「なにかあった?」
「いいえ。特になにかあるというわけではないわよ。ただ、こうしてあのドラゴンと会ったからには、考助のことだからどうにかするんじゃないかと思ってね」
そのクラーラの答えを聞いて、考助は苦笑いを返した。
イグリッドを無理に受け入れるつもりはないという言葉を取り消すつもりはないが、あの状況を実際に目の当たりにしてしまえば、どうにかしてあげたいという気持ちが以前よりも強くなっているのも確かだ。
だからといって、今すぐになにかいいアイデアが思い浮かんだかといえば、そういうわけではない。
なにかないかと考える考助に、シルヴィアがふと思いついたように言った。
「ほかの階層に住まわせるのは駄目なのでしょうか?」
「いや、忘れているかも知れないけれど、イグリッドは誰かの守りがないと生きていけない種族だからね」
考助が改めてそう言うと、シルヴィアは「そうでした」と言いながら肩を落とした。
シルヴィアにしては珍しいポカだ。
フローリアが、落ち込むシルヴィアの肩をたたいて慰めつつ、考助を見ながら言った。
「眷属に守ってもらうのは駄目なのか?」
「うーん。それは考えたんだけれどね。どこまで実効性があるかは微妙なところじゃないかな?」
人型に化けられる狐であれば、意思の疎通に困るということはないだろうが、それ以外の眷属だとやり取りが上手く行くかが分からない。
さらに、狐にしても人型になれるものは少なく、そのほとんどが宿の運営に関わっているか、同族を守っているので簡単には手を放すことができない。
今のところは、イグリッドのために狐を分けるというのは、難しいと言わざるを得ないのだ。
どうにかならないかと首をひねっていた考助だったが、やがて諦めて首を振った。
「駄目だね。無理に進めれば事故につながりかねない」
「そうだの。多くの命を預かることになるのだから、勢いだけで決めるべきではないだろう」
考助の言葉に同意するように、シュレインがそう続けた。
可哀そうだという感情を殺すつもりはないが、それだけに左右されて重要なことを決めてしまえば、さらにそれ以上の事故につながるかも知れない。
とにかく、この問題に関しては、じっくりと腰を落ち着けながら考えようという結論になるのであった。
イグリッドの話はこれで終わりになります。
あまり方言は出せなかった気が……。




