(11)ドラゴンとイグリッド
ドラゴンからイグリッドの故郷についての話を聞き終えた考助は、短く挨拶をしてから話を終えた。
考助たちはこれで用事はなくなったのだが、一緒に着いて来ていたイグリッドが話があるということで、実際にはもう少しだけ巨木のある場所に滞在していたのだが。
考助は、イグリッドが熱心にドラゴンと話をしているのを見ながら、感心した様子で頷いた。
「慣れているからなのか、もともとそういう性質を持っているからなのかは分からないけれど、よくもまあなんでもないように話せるね」
「普段から神のような存在として崇めているからなのか、崇拝の念のようなものは持っているようだがの」
考助の呟きを聞いたシュレインが、付け加えるようにそう言った。
この場所に残されていた女性陣は、考助たちが特別な領域に行っているときにイグリッドとドラゴンについて話をしていた。
ドラゴンに圧倒されて近寄るのがやっとだったので、イグリッドがなぜいつも通りに動けていたのか不思議で、イグリッドに確認をしたのだ。
さらにシュレインは、意味ありげに考助に視線を向けた。
「それに、コウスケも普通に話していたではないか」
「まあ、そうなんだけれどね。自分自身のことはともかく、いつものイグリッドと比べて積極的に見えたから」
考助が知っているイグリッドは、むやみやたらに強者に話しかけるような性質をしていない。
温泉宿で働いている者たちは、それこそ特殊な訓練(?)を受けているからこそ、お客様にたいして物怖じすることなく話ができているのだ。
そんなイグリッドが、積極的にドラゴンに話をしているのは、やはり不思議に見えるのだ。
考助よりもイグリッドとの付き合いが深いシュレインだけに、考助に気持ちはよくわかる。
だからこそ考助の言葉を聞いて深く頷いていたのだが、ここで事情を深く知るクラーラが話に混ざってきた。
「イグリッドは、この場所で長い間ずっとドラゴンと会ってきたわ。だからこそその話が親から伝えられていくうちに、耐性でも付いたのでしょうね」
「耐性って・・・・・・そんなことあり得るの?」
考助が懐疑的な視線を向けると、クラーラは肩をすくめながら答えた。
「実際にそうなっているのですもの。あり得るのでしょうね」
クラーラは、軽くそう答えた。
そんなクラーラの顔を見て、考助は一瞬とある疑念を抱いた。
ただ、考助がそれを口にするよりも早く、クラーラは少しだけ不満げな顔になって付け加えた。
「言っておくけれど、私たちがイグリッドの性質に直接手を加えたなんてことはないわよ?」
「あ、そうなんだ」
聞こうとした質問の答えを先に言われて、考助はバツが悪そうな顔になってそう答えた。
アスラを筆頭に、普段の女神たちを見ている限りではそんなことをするとは思えなかったが、考助はついそんなことを考えてしまったのだ。
その考助をジト目で見ていたクラーラは、やがてため息をついてからさらに続けて言った。
「これはやっぱり、ほかの子たちにも言ったほうがいいのかしら?」
「ごめんなさい。許してください」
クラーラの冗談交じりの脅し(?)に、考助は速攻で頭を下げた。
勿論、クラーラが今の話を他の女神に暴露したからといって、これまでの態度が変わるとは思わない。
だが、本気で怒ることはしなくても、本気で揶揄ってくることはあり得るので、それは勘弁してほしいとことだ。
いつぞやの時のように、またアスラに匿ってもらわなくてはならなくなる。
それどころか、今回は完全に考助に非があるので、匿ってもらえるかどうかは微妙なところだ。
むしろ、進んで考助のことを差し出すかもしれない。
素直に謝った考助に、クラーラは少しの間探るような視線を向けていたが、やがてその表情を柔らかくした。
「まあ、いいわ。とりあえず、今の話は黙っていてあげる。それよりも、そろそろイグリッドの話も終わりそうよ」
クラーラにそう言われて、考助がドラゴンとイグリッドのいる方へ視線を向けると、確かに話が終わったのか揃ってこちらを見ていた。
「・・・・・・なんで見ているだけ?」
「さあ? なにか聞かれたら困る話でもしていると考えたんじゃないかしら?」
考助の疑問に、クラーラも首を傾げながらそう答えてきた。
考助たちがドラゴンとイグリッドのいるところに行くと、確かに両者の話は終わっていて、考助たちが来るのを待っていた。
「お待たせしました?」
「いいや。こっちが少し話し込んでしまったからな」
考助の言葉に、ドラゴンがそう応じてきた。
「普通は簡単に来ることが出来ないのですから仕方ないよ」
考助は、申し訳なさそうな表情になっているイグリッドを見回しながらそう答えた。
今回は考助たちを迎えるということで、わざわざクラーラが来ていたが、普段の場合は時間と準備を重ねたうえでしかドラゴンとは会えないのだ。
折角の機会だからとイグリッドが話し込むのは当然だろう。
考助の答えを聞いたイグリッドの数人が、ホッとした表情になっていた。
それを目ざとく見つけた考助は、気付かなかったふりをしながらドラゴンを見た。
「それでは、これで本当にお別れかな?」
「うむ。わざわざ来てもらってすまなかったな」
「いやいや。こればかりは仕方のないことだからね」
目の前にいるドラゴンがアースガルドに来ることができないということは、既にクラーラから説明を受けていた。
そのため考助は、申し訳なさそうにしているドラゴンに、首を振りながらそう答えた。
それに、今回の件はドラゴンだけではなく、女神たちも動いていたので断ることはできなかったはずだ。
もっとも考助は、事情を聞けば女神たちが動いていなくても、断ることはしないだろうが。
考助の答えを聞いたドラゴンは、その大きな頭を上下に動かして頷いた。
「そうか。それでは、これで本当にお別れだ」
「うん。なにかあればまた来るよ」
「そうか? まあ、其方ならそれもよかろう」
考助の返答に、ドラゴンも軽い調子で返してきた。
普通はそう簡単に来ることができない場所のであるはずなのにということは、ドラゴンの口から出て来ることはなかった。
考助が特別な存在であるということは、ドラゴンも十分に理解しているのである。
考助が別れの挨拶を済ませると、ほかの面々も短く別れの言葉を口にした。
あまり言葉を交わしていない女性陣もそれは変わらない。
そして、一通り挨拶を終えたところで今回の目的は終わりとなり、考助たちはドラゴンの住まいを後にするのであった。
これでドラゴンとお別れです。
この章も次の話で終わり……かな?




