(9)女神とドラゴンの関係
考助は、微妙に緊張感を漂わせているコウヒとミツキの肩をポンと叩いた。
「主様?」
「考助様?」
コウヒとミツキが同時に振り向いてきたが、考助はそれには答えずに、ドラゴンを見ながら聞いた。
「それで、アスラの眷属が、わざわざこんなところにまで呼び出しをして、なにかあった?」
考助がそう問いかけると、ドラゴンはわざとなのか、フンと一度だけ大きく鼻息を鳴らした。
その風が考助たちに当たることはなく、気を使っているのかと、考助は一瞬どうでもいいことを考える。
考助がそんなことを考えていると知っているのかいないのか、ドラゴンはその大きな目を考助に向けて答えた。
「そんなに警戒する必要はない。当初の目的通りに、イグリッドを安全に匿って貰えたお礼をしたかっただけだ」
「イグリッドを?」
考助が首を傾げてそう聞くと、ドラゴンは同意するように瞼をパチパチと動かした。
「うむ。イグリッドは、私が作ったあの地下都市で暮らしている者たちだからな」
「作ったってことは・・・・・・そういうことね」
ようやくあの地下都市の謎が分かって、考助は何度か頷いた。
地下都市にまで導かれるあの不思議な魔法から始まって、巨大な空間や見たこともない疑似太陽など、それらを誰が作ったのかというのは、考助にとっての疑問の一つだった。
それを目の前のドラゴンが作ったと言われて、納得できる理由があったのだ。
「あなたとイグリッドは、アスラが神となる前か、神になった直後辺りにいた種族ということかな?」
「ほう。なぜそう思う?」
目を細めながらそう聞いてきたドラゴンに、考助は首を左右に振ってから答えた。
「いや、普通にステータスに書いていますから。【古の種族】って。まあ、何故かイグリッドにはないのですが・・・・・・今も認識されている種族だからですかね」
のんびりと考助がそう言うと、ドラゴンは不意に大きな声で笑いだした。
不思議に思った考助がクラーラに視線を向けると、彼女も面白そうな顔になって口元に手を当てていた。
「考助。普通はそんなものは見えないという認識は、完全に無くなっているのね」
「うむ。さすが神といったところか」
クラーラの同意するように、ドラゴンが相変わらず楽しそうな感じでそう続けてきた。
二人(?)の言葉を聞いた考助は、一瞬虚を突かれたような顔になってから「あー」と頭をかく仕草をした。
いま言われたとおりに、ステータスを見ることが当たり前になっていて、さらに周囲にいる者たちもそれをごく自然に受け入れていたので、すっかり忘れていたのだ。
他人のステータスをなんの補助もなしに見ることができるというのは、それこそ神の御業と言われてもおかしくないことなのだ。
自分よりも上位者に感じるクラーラやドラゴンから感心されて、考助としては恐縮することしかできない。
「あー、いや。そんな褒められるようなことでは・・・・・・あ、いえ。ごめんなさい。勝手にステータスを口にしてしまって」
途中まで謙遜しかけた考助だったが、それもおかしいと思い直して頭を下げた。
言葉にした途中で、過ぎた謙遜は嫌味になるという言葉が思い浮かんだのだ。
「構わぬよ。どうせこの場には、知られて困るようなものはおらんからな」
「そうそう。それに、知られたからって、どうにかなるようなことではないからね」
ドラゴンに続いて、クラーラがそんなことを言ってきた。
てっきり目の前にいるドラゴンは、秘匿すべき存在なのかと思い込んでいた考助は不思議そうな顔になった。
「あれ? 隠さなくてもいいの?」
「そもそもアスラ様のことを話せないのに、どうやってその眷属の話をするの?」
「それもそうか」
クラーラから逆にそう聞き返された考助は、納得した顔で頷いた。
ドラゴン自体はアースガルドにも存在しているので、それ自体は不思議なことでもなんでもない。
ただ、神に匹敵するほどの寿命を持っているドラゴンがいるということが、あり得ないことなのだ。
ただし、そういうドラゴンの存在は、神話の世界では普通に語られていたりするのだ。
目の前にいるドラゴンは、そういった存在のひとつなのだろうなと思いつつ、考助はさらに続けて言った。
「まあ、そもそも言うつもりもないんだけれど・・・・・・本当に用事はそれだけ?」
多少警戒をしつつそう聞いた考助を見て、ドラゴンは視線をクラーラへと向けた。
「随分と警戒されているようだが、普段、其方たちはこの神になにをしているのだ?」
「失礼ね。そんなにおかしなことはしていないわよ。あなたの図体が大きすぎるからじゃないの?」
ドラゴンの言葉に、クラーラは少しだけ憤慨する様子を見せた。
その女神とドラゴンのやり取りを見ていた考助は、両者の間に気安さが含まれていることに気付いた。
「随分と仲が良さげだけれど、付き合い長いのかな?」
「そうねー。それこそ、私が神域に入れるようになったころからだから」
あっさりとそう答えたクラーラに、考助は呆れたような視線を向けた。
「いや、それって、相当昔ってことじゃない?」
「むー。それって、私が年寄りってことかしら?」
なにやらふくれっ面のような顔になるクラーラに、考助は慌てて首を左右に振った。
その動きをした後で、さらに続けて弁解をしようとした考助よりも先に、ドラゴンが笑いながら言った。
「ワハハ。確かに、単純な年齢といえば、相当上になるだろうな。年を重ねているかといえば、微妙なところだろうが」
「・・・・・・少し黙りなさい。駄竜」
「・・・・・・ほう。久しぶりにやるか?」
揃って低い声を出し始めたクラーラとドラゴンを、考助が慌てて止めた。
「コラコラ。ここで暴れても困ることはないかも知れないけれど、巻き込まれる存在がいるということは、忘れないで」
アスラが作ったというこの場所で、普段考助の戦闘の手助けをしている妖精たちが、存分に力を発揮できるかわからない。
そんな場所で、女神とドラゴンが戦いが起これば、考助など余波で吹き飛ばされてもおかしくはない。
もっとも、そうならないように、コウヒとミツキが全力で守るだろうが。
思わず素の口調でそう言った考助に、クラーラとドラゴンがぴたりと動きを止めた。
「・・・・・・そうね。止めておこうかしら」
「・・・・・・そうしよう」
しぶしぶという調子なのは否めないが、とりあえずクラーラとドラゴンが戦闘(喧嘩?)を行うことはなかった。
それを確認した考助は、内心でホッと胸をなでおろすのであった。
クラーラとドラゴンだと、ドラゴンのほうが年上です。




