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塔の管理をしてみよう  作者: 早秋
第12部 第1章 引っ越し
1341/1358

(17)温泉旅館

 現在、ヴァンパイアとイグリッド族が運営している観光地は、セントラル大陸における一大温泉地となっている。

 当初は温泉に入るという習慣がなかったのだが、いまでは温泉に入って寛ぐということが定番の保養の方法になっている。

 その温泉地は、現在ではクサツと呼ばれている。

 勿論、その名前を付けたのは考助だ。

 温泉地の規模が拡大していくときに、お客から名前がないと不便といわれて困ったイグリッドの者たちが、考助に頼み込んで付けたという経緯がある。

 万が一、元の世界から転移してきた者がいれば一発で気付かれると思うが、それはそれでいいだろうと考えていたりする。

 決して、名前を考えるのが面倒になったからではない。

 ・・・・・・温泉地として、一番馴染みがある名前を付けたほうがいいという考えはあったが。

 

 考助は、そんなクサツに、嫁さんズ全員を連れて訪ねていた。

 数日前に皆の予定を確認したところ、珍しく全員の予定が空いていたために、急遽温泉でも入ってのんびりすることにしたのだ。

 あまりに急すぎて、部屋が空いているかは心配だったが、シュレインを通して確認したところ、問題ないと答えが返って来ていた。

 ちなみに、今回の温泉旅行(?)は、子供たちは抜きで、本当に久しぶりに考助+コウヒ&ミツキ+嫁さんズ五人だけが揃ったことになる。

 そんな状況に、考助も含めて皆が浮かれている様子になっていた。

 

 

 考助たちが案内されたのは、クサツの中で一番古い旅館の離れだった。

 当然ながら誰もが泊まれるようなところではない。

 その部屋は、客室というよりも、関係者が泊まるために用意された場所なのだ。

 普段は主に、ヴァンパイアやイグリッドの関係者が泊まっている。

 どちらかといえば、高いお金を落としてくれる上客よりは、身内を泊めるための部屋なのだ。

 

 ちなみに考助は、この部屋があることを知っていた。

 敢えて別の高級な部屋ではなく、この部屋を望んだのは、いつもの通りに目立ちたくなかったためだ。

 それに、目立つ目立たないという意味では、女性陣を連れて歩くだけで十分に人目を引き付けることはわかっている。

 折角のんびりするための温泉に入りに来ているのに、変な騒ぎには巻き込まれたくはないのである。

 

 

「――――――そう考えていたときがありました」

 遠い目をしながらそんなことを言った考助に、シュレインが苦笑を返してきた。

「まあ、このメンバーで、トラブルに巻き込まれないようにするというのは、少し無謀じゃたの」

「あら。それには、貴方も含まれているのですよね?」

 シルヴィアがそう言いながらシュレインを見た。

 

 彼女たちは今、ひとっぷろを浴びて、旅館側が用意した浴衣に身を包んで館内を歩いていた。

 そんな恰好で歩いていて、美形ぞろいの集団が目を引かないはずがない。

 それが分かっていてなぜ部屋に引きこもっていなかったのかと言われればそれまでだが、折角温泉宿に来たのに部屋にこもっているだけでは寂しいと考えるのは自然なことだった。

 いくら考助が、トラブルを避けたいがための引きこもり体質だとしても、温泉宿に来てまでそんな寂しいことはしない。

 女性陣に誘われるがままに部屋を出るのは、当然のことだった。

 

 考助たちが泊まっている温泉宿には、たんに宿泊場所としての部屋や温泉だけではなく、ちょっとした遊び場所も完備されている。

 宿に泊まりに来る客には、そこそこ稼ぎのある冒険者も泊まったりすることもあるので、軽く体を動かせるようなところもあるのだ。

 そして、宿の施設を見学して、ちょっとした土産屋に顔を出した考助たちがトラブルに巻き込まれたのは、部屋へ帰る途中でのことだった。

 離れに続いている廊下を歩いている考助たちに、話しかけてきた者がいたのだ。

 

 それは別に、女性陣の美しさに惹かれて寄ってきた男たちというわけではなかった。

「――ちょっといいかな?」

 先頭を歩いていた考助にそう話しかけてきたのは、初老といっていい年頃の男性だった。

「はい?」

 その男性の物腰から、変な絡まれ方をするわけではないだろうと、考助が安心してそう返答をしたのが間違いの始まりだった。

 

 考助が素直に返答をしたことに気をよくしたのか、夫人らしき女性を連れたその男性は、満足げに頷きながら問いかけてきたのだ。

「一つ聞きたいのだがね。あの離れには、どうすれば泊まれるのかね?」

 その問いを聞いた考助は、心中で『これはやばい奴だ』と考えていた。

 部屋自体はさほど豪華というわけではないのだが、関係者しか泊まれないあの部屋は、リピータの一部から幻の部屋として知られていることを聞いていたのだ。


 一瞬言葉が詰まってしまった考助に変わって、フローリアが笑みを浮かべながらすぐに返した。

「私たちも詳しいことは存じていないが、旅館関係者しか泊まれないということは聞いていますがね」

 初老の男性は、フローリアの言葉に顔を一瞬しかめつつ、なるほどと頷いた。

 その表情は、フローリアが聞きようによっては乱暴に聞こえる言葉遣いをしたからなのか、回答に満足ができなかったためなのかは判断がつかなった。

「だが、現に君たちはあの部屋に泊まれているわけだ。――どういった関係者なのかね?」

 そこまで踏み込んで聞いてきた男性に、考助は思わず内心で呆れてしまった。

 なぜそこまでプライベートに関わるようなことを、初対面の人間に話をしなければならないのか。

 考助がそう考えるのは当然のことだ。

 

 当然と言うべきか、そう考えたのは考助だけではなかったようで、女性陣のほとんどが似たような反応を示していた。

 ただし、フローリアだけは、男性の言葉ににこやかな笑みを浮かべて言った。

「なぜそんな個人的なことを、私たちが話をしなければならないのだ?」

「――なっ!?」

 フローリアの口からそんな言葉が聞かされるとは考えていなかったのか、男性が少し驚いたような顔になった。

 

 さらに、言葉の意味が頭に浸透してきたのか、少しだけ顔を赤くしてからさらに続けて言った。

「この私が声をかけてやっているのに、なんだその言い草は!」

 このセリフを聞いた考助は、心の中で呆れでも驚きでもなく、ごく単純に『おー、これもテンプレの一種か』と感心していた。

 男性の身なりからは、同じような浴衣を着ているのでわからないのだが、その話し方や態度からはそれなりの地位についているということは分かっていたのだ。

 そこから判断して、こういう流れになるだろうと予想していたのだ。

 

 うれしくない予想が当たった考助は、さてこの後どうするかと考えていた。

 別にまともに相手をする必要はないのだが、対応を間違えると面倒なことになるのは、男性の様子を見ればわかる。

 それは他の面々も同じようなことを考えていたようで、男性の言葉に反応することなく黙っていた。

 

 その様子に気を良くしたのか、男性がさらになにかを言おうしたその瞬間、考助たちと男性の間に割って入る者がいた。

 普通の人族ではありえない小さい体型をしていたその人物は、旅館の仲居のひとりだった。

「そこまでにしていただけますか? ――様、ほかのお客様にご迷惑をおかけしては困ると、以前も注意したはずですが?」

 どうやら常連の迷惑客だったと理解した考助は、内心で呆れていた。

 勿論、仲居に迷惑がかかると分かって、表情に出すことはしない。

 

 そんな考助を余所に、男性が怒ったまま仲居に言った。

「いや、しかしな!」

「しかしもなにもありません。このことは女将にもきちんと報告させていただきます。――あ、お客様は、ご迷惑をおかけいたしました。お部屋に戻られて、どうぞお寛ぎください」

 仲居のその言葉に便乗して、考助たちは男性と視線を合わせることなく、その場を離れることにした。

 背後からその男性の視線を感じつつ、考助は気付かないふりをしたまま離れに向かって歩き始めた。

 ちなみにその時考助が考えていたことは、『訛りもなくて、きちんと研修を受けているんだろうなあ』というものであり、男性のことは既に消えかけているのであった。

次は、トラブル抜きでクサツの紹介でもしましょうか。

(まだ未定)

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