(10)与えられる目標
狼と狐の拠点を見回ってくつろぎスペースに戻ってから、なぜかそこでワンリが人型になって聞いてきた。
「お兄様は、仲間たちをどうされたいのですか?」
拠点を見回っての質問なので、それに関係していることがわかる。
ただ、なぜ拠点で聞かずにくつろぎスペースで聞こうとしているのかが分からない。
思わず目をパチクリとさせた考助は、真っ直ぐにワンリを見ながら答えた。
「どうと言われてもね。いまのところは特になにも考えていないよ?」
「そう・・・・・・ですか」
考助の答えが欲しかったものと違ったのか、ワンリは少しだけ残念そうな顔になりながら頷いた。
その顔を見て不思議に思った考助は、首を傾げながら逆に質問をした。
「そんな顔をするってことは、なにかしてほしいことでもあった?」
ワンリがわざわざ人型に戻ってあんな質問をしたということは、逆にいえばなにかを望んでいるということになる。
それがなにか分からなかったため、素直に聞くことにしたのだ。
そんな考助に、ワンリは困ったような表情を浮かべながら答えた。
「最近のお兄様は、狼や狐たちに対して、なにも望んでいないように思えます」
「え、いや、そんなことはないと思うけれど? ・・・・・・あれ? そうなのかな?」
改めて突っ込まれると、自信がなくなってくる。
ただ、なにかを望むにしてもそれは、人や対象によって様々変わってくる。
それを考えれば、考助が眷属になにも望んでいないというのは、少し言いすぎな気がした。
そう考えた考助は、それをそのまま言うことにした。
「例えば、ちゃんと拠点を維持してほしいとか、みんなが元気でやってほしいとか、いろいろと思っていることはあるけれど?」
「いえ、そういうことではなく・・・・・・」
ワンリもまだ自分の考えがまとまっていないのか、どう言葉にしていいのか分からないという顔をしている。
狐としての自分の想いを、どう表現すればいいのかが分かっていないのだ。
そんなワンリを手助けするように、傍で話を聞いていたシルヴィアが口を挟んできた。
「ワンリが言いたいのはそういうことではなく、なんのために加護を与えているのか、ということではありませんか?」
シルヴィアがそう言うと、ワンリがぱっと明るい表情になって頷いた。
自分の中でもやもやしていたものが、すっきりしたという顔だ。
その顔を見て、今度は考助が難しい顔になった。
「なんのためにって、加護を与えたら進化するかどうかを調べるため・・・・・・だったよね?」
「それは、当初の目的だったのではありませんか?」
「え?」
不思議そうな顔で聞き返してきた考助に、シルヴィアがなにかを思い出すような顔になって続けた。
「最初の頃は、私たちのこともあって、確かに加護を与えるとどうなるかを調べていたかと思います。ですが、今はどうでしょうか? 勿論、結果がどうなるかを調べるということ自体を否定するつもりはありませんが、それだけだと眷属たちが戸惑うのではありませんか?」
シルヴィアの言葉を聞いた考助は、考えるような顔になって腕を組んだ。
しばらくそのままの体勢で黙ってしまった考助に、シルヴィアがゆっくりと自分に言い聞かせるようにさらに続けて言った。
「コウスケ様は、人様になにかを押し付けるということを嫌っているということは分かります。ですが、野生で生きているような眷属たちにとっては、やはり明確な目標などがあったほうがいいのではないでしょうか?」
「・・・・・・明確な目標ね。なるほど・・・・・・」
考助は、シルヴィアがなにを言いたいのかわかって頷いた。
いまの眷属は、ただ考助から加護を与えられているだけの状態である。
以前であれば、より高い階層に拠点を作るという目標があって、そのために強くなるというのも一つの目的であった。
それが、いまでは、ナナやワンリといった存在のお陰で、そこまでの強者を考助が求めなくなっている。
そんな状態が、眷属たちには明確な目標がなくただいまの状態を維持するという状態につながっているのではないか、とシルヴィアは言いたいのだ。
思い当たる節がありすぎるだけに、考助としても反論の余地はない。
そもそも、ある程度まで育ったらあとは自分で考えて伸びてほしいというのは、以前の世界での考え方である。
本来生きることで精いっぱいのはずの魔物や獣に、なんの目標も与えずに成長しろといっても無理がある。
眷属たちに知恵がないとは言わないが、考助がなにも指示をしなければそのまま惰性で生きていくのも当たり前のことなのだ。
シルヴィアの言葉で、考助は改めてそのことに気付かされた。
「とはいってもねえ・・・・・・ただ単に強くなれって言っても意味がないしなあ」
そもそも考助自身に、眷属たちに強くなってほしいという思いがあるわけではない。
強い種に進化してほしいという思いと矛盾するようだが、別に戦いで勝てるようになるために進化してほしいとは考えていないのだ。
とはいっても、眷属にとっての進化が戦いに強くなるとほぼ同義であることは、紛れもなく事実である。
あるいは、考助のそうした考えが、眷属たちの進化に影響を与えている可能性も無きにしも非ずだ。
意外なところで進化の足踏みの理由が分かったかもしれないと、考助は内心で頭を抱えていた。
とはいえ、どうすれば解決するのかは、すでにワンリやシルヴィアが教えてくれている。
あとは、考助が決断をすればいいだけなのだ。
すなわち、明確な目標となるようなものを、眷属たちに与えればいいということだ。
「とはいっても、それが難しいんだよなあ・・・・・・」
考助自身も、眷属に関しては現状で満足してしまっているところがある。
そのため、いきなり成長するための目標をくださいといっても、思いつくはずがない。
悩ましい顔になって唸りはじめた考助を見て、ワンリが困ったような顔になっていた。
悩む考助はそれには気付いていなかったが、傍にいたシルヴィアはそれに気づいて、黙ったまま首を左右に振った。
今の考助は、変に口を挟むよりも黙ったまま結果を待ったほうがいいと分かっているのだ。
ワンリにもそれがきちんと伝わったのか、一瞬開きかけた口を閉じて、そのまま様子をうかがっていた。
結局、この日この時の考助は、結論を出すことができなかった。
眷属たちに明確な目標を与えるのは、当分先のことになるのであった。
目標が与えられないから現状で満足してしまうのか、それとも生きるだけになってしまうのか。
非常に微妙なところですが、今のままでは駄目じゃないか、というワンリからの問題提起でした。
ちなみに、ナナも傍にいてきちんと話を聞いています。(ワンリの側に立って)
 




